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16:思い出のドレスとコルセット


「シルフィア、ここよ!」


 嬉しそうなミリーの声に呼ばれ、シルフィアとライオネルが揃えて足を止めた。

 見れば、両親と話していたミリーが小走り目に駆け寄ってくる。

 オフホワイトのドレス。全体に細かな花の刺繍がされており、髪にも花の飾りをあしらっている。嬉しそうな笑顔も太陽のように明るく、まるでミリーそのものが花畑のようだ。


「ミリー様、本日はお招きありがとうございます。このような素敵なパーティーにお招き頂いたこと、とても光栄に思います」

「もう、シルフィアってば相変わらず堅いのね」


 シルフィアの挨拶が不満だと、ミリーが拗ねた表情を見せて訴えてきた。唇を尖らせれば自然と頬もむにと山を作り、華やかなドレスと相まって年より幼く見せる。

 これにはシルフィアも困ってしまい、どうしたものかと悩んだ後、そっと彼女の手を取った。もちもちと揉んで、上下に振り、もちもちと揉む。シルフィアなりの精一杯のはしゃいでいるアピールだ。

 ミリーが肩を竦め、ライオネルが相変わらずだと苦笑を浮かべる。

 そんなやりとりの中、ふとシルフィアはミリーのドレスへと視線を向けた。


 花柄の刺繍がふんだんにあしらわれたドレス。彼女の小動物のような可愛さと朗らかな性格によく似合っている。

 聞けばミリーの母であるアドセン家夫人が昔着ていたドレスだという。年代物と言えるが古くささはなく、未だに新品同様の美しさとセンスを感じさせる。

 一級品とは時代を超えても輝き続けるのだ。


「小さい頃にお母様に見せてもらって、一目惚れしたのよ。いつかこのドレスを着てパーティーに出たいって夢見てたわ」


 ミリーが嬉しそうに話し、白くすべらかな手でドレスの裾を撫でた。

 だがそれを見てシルフィアが僅かに首を傾げたのは、ドレスを纏うミリーが妙に細く見えたからだ。ドレスのデザインゆえかとも思うが、それにしても一回りは細く見える。

 違和感を覚えて彼女の様子を伺えば、あれほどパーティーのメニューについて語っていたというのに一品も手を付けず、クッキーを食べる様子すらないではないか。

 そのうえ、次第に声にも覇気が無くなり、時折返答が遅いこともある。


「ミリー様、もしかして無理してドレスを着ているんじゃありませんか?」


 案じて尋ねるも、ミリーは僅かに間を空けた後、はたと我に返って「大丈夫よ」と笑うだけだ。この反応の遅さこそ、彼女の異変を物語っている。

 ライオネルもミリーを案じ、どこか休める場所をと周囲を伺った。


「大丈夫よ。こんなに大きなパーティーは初めてだから、緊張しているだけ……。だから、でも、少し座れば……」

「ミリー様? ミリー様、大丈夫ですか?」

「ダメだわ、ちょっと……くらくらして……きて………」


 言いかけ、ミリーが力なくその場にしゃがみ込んだ。

 シルフィアが慌てて名前を呼ぶも返事はなく、うずくまり伏せる顔を覗き込めば青ざめて額に汗を浮かべている。呼吸は荒く、返事をしようとしているのか掠れた呻き声を漏らすだけだ。

 周囲も異変に気付き、遠巻きに様子を窺う者や、どうしたのかと声を掛けてくる者もいる。小さなざわつきが波紋のように広がっていくのを感じ、シルフィアの胸に焦りが湧き始めた。


「ミリー様、ミリー様! ど、どうしましょう……、お医者様を……!」

「シルフィア、落ち着け。あまり騒がない方が良い。誰か給仕を呼んでくれないか」


 落ち着いた声色でライオネルが周囲に声を掛ければ、呼ばれたメイドがパタパタと駆け寄ってきた。

 いまだ力なくしゃがみこむミリーを見て息をのむも、ライオネルがそれを宥める。


「少し無理をしたようだ。休ませたいから一室用意してほしい」

「か、畏まりました」

「あとこの事をマードレイ家夫妻に伝えてくれ。あまり大事にしないよう、静かに対応を頼む」


 普段より少しばかり低めの声でライオネルが告げれば、命じられたメイドも落ち着きを取り戻したのか真剣な顔つきで頷いて返した。

 主人の不調を見た時こそ慌てていたが、そこは公爵家に仕えるメイドである。落ち着きさえ取り戻せば手腕は優れており、手配に移るやすぐさま戻り部屋の移動を促してきた。

 次いでミリーを立たせようと声を掛けるも、返事はない。


「ミリー、肩を貸すから移動しよう。誰か、手を貸してくれ」

「私が!」


 シルフィアが名乗り出て、ミリーへと近付く。

 名前を呼べば僅かに反応し、緩慢な動きで顔を上げた。随分と顔色が悪く、目も虚ろだ。掠れた声で「シルフィア、ごめんなさい……」と謝罪の言葉を口にしてきた。

 朗らかで愛らしいミリーらしからぬ様子に、シルフィアはカッと目を見開き……、


 そして、ミリーの体を抱え上げた。


 お姫様だっこである。


 ミリーを案じ、この事態に不安でざわついていた周囲が、揃えたように「おぉ」と感嘆の声を漏らす。

 だがシルフィアはそれに応えている余裕などなく、「ミリーお嬢様を軽々と……!」と驚愕するメイドを呼んだ。


「私がミリー様をお連れするわ。部屋まで案内して!」

「こ、こちらです! お医者様もすぐに来てくださるはずです!」


 メイドに案内され、シルフィアがミリーを抱えたまま歩き出す。

 周囲もこれにはすぐさま道を譲り、目を見張りながらシルフィアとミリーを見送った。中には「なんて逞しい」という囁きさえあがるほどだ。

 ライオネルだけが慌ててシルフィアを追いかけてくる。

 だが彼は一度立ち止まると振り返り、心配そうに見つめてくる者達に対して一度頭を下げた。ミリーに代わり騒々しくしてしまった事を詫び、そして気にせずパーティーを楽しんでほしいと告げる。

 その姿は堂々としており、なんて立派なのだろう。

 さすがライオネルだと皆が口々に誉め、あげく彼が一緒ならば大丈夫だろうと安堵の表情さえ浮かべ始めていた。


「シルフィア、行こう」

「え、えぇ。そうですね。ミリー様、あと少しの我慢ですよ」


 苦しそうな呼吸を繰り返すミリーに声を掛け、シルフィアはライオネルに促されるまま歩き出した。



 用意された客室にミリーを運び、ベッドに横たえさせる。

 医師を手伝いつつドレスを脱がすも、どこもかしこもきつく、通常なら軽く外せるボタンや金具さえ無理矢理に止めて、中にはひもで括っている場所すらあるではないか。

 メイド曰く、ミリーはこれでもかとコルセットを絞り、強引に布を止め、数人掛かりでドレスを着ていたのだという。コルセットで絞った腰や腹部はもちろん、胸元も、それどころか首回りすらも無理に押し込んでいる状態らしい。

 当然食事など出来るわけがない。それどころか水も飲まず、無理が祟って立てなくなってしまったのだろう……と。それを聞き、シルフィアが「なんて無茶を」と溜息を吐いた。


 だが今はミリーの無茶を咎めている場合ではない。

 そもそも咎めようにも、いまだミリーは浅い呼吸を繰り返して返事すらできずにいるのだ。まず彼女を楽にさせるのが最優先。

 そう考え、ドレスを脱がしていき……。


「これは……」


 と、コルセットを見て言葉を失った。

 無理矢理に絞ったとあるが、これは『絞る』という表現ではすまされない。コルセットはミリーの白い肌に食い込み、肌が赤くなっている。紐は通常の倍近く巻かれて幾重にも結ばれており、見ているだけで息苦しさを覚えるほどだ。

 すぐにでも解かなければとシルフィアが結び目を解こうとするも、結び目は堅く解けそうにない。


「紐を解かないとコルセットを緩められないのに……」


 どうすれば……とシルフィアが小さく呟く。

 それとほぼ同時に扉がノックされた。誰かと問えば、ライオネルが答える。

 入室を促すとゆっくりと扉が開く音が聞こえてきた。だがドレスを脱がすためにベッド周りには衝立を用意しており、シルフィアからは扉は見えない。


「ミリー様、ドレスを着るために随分と無理をしていたようです。肌にも跡がついてしまって……」 

「女性のドレスはきついと聞くが、そんなに酷いのか」

「ミリー様はやりすぎです。コルセットなんて、きつく結びすぎてこれでは解けません」

「紐か……。それなら鋏かナイフを持ってこよう」


 待っていてくれ、とライオネルの声が聞こえてくる。

 それとほぼ同時に、

 ブチブチッ!

 と、豪快な音が室内に響いた。


「……引きちぎったのか」

「解けないとは言いましたが、引きちぎれないとは言っておりません。ミリー様、体調はどうですか? 楽になりましたか?」

「シルフィア……? 私、苦しくて立っていられなくて……それで……ここは……?」


 まだ意識が定まっていないのかミリーの話は辿々しい。ぼんやりとしており、不思議そうに周囲を見回している。

 医師が念のためにとミリーにいくつか質問し、最後に「無理はなさらないように」と優しく彼女の腕をさすった。その仕草や声色から大事無いとわかる。

 シルフィアがほっと安堵の息を吐き、改めてミリーに向き直った。メイドが用意してくれた上着を羽織ったミリーが申し訳なさそうに謝罪してくる。


「迷惑をかけてごめんなさい。どうしても着たいドレスだったの……」

「どんなに素敵なドレスでも、無理をして具合を悪くしては意味がありません。ミリー様が健康であって初めてドレスが映えるんです」

「そうね……。ありがとう、シルフィア」


 ミリーがシルフィアの手をぎゅっと握る。彼女の手はまだ冷たく、シルフィアは少しでも温めるためにと指で軽く擦ってやった。

 それが擽ったかったのか、もしくはシルフィアはもう怒っていないと判断したのか、ミリーが応えるように握り返してくる。


「せっかくの料理だもの、コルセットを絞りすぎて食べられないのは勿体ないわね」


 冗談めかして告げ、悪戯っぽく笑う。

 どうやら軽口を叩ける程度には体調も良くなったのだろう。青ざめていた顔色も幾分よくなり、メイドに替えのドレスと暖かい紅茶をと頼んでいる。

 これならしばらく休めばパーティーにも戻れるだろう。


「替えのドレスに着替えても、ピギー様には替わらないでくださいね」


 冗談交じりに忠告し、ライオネルと共に部屋を出ていった。




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