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15:vsコルセット

 

 パーティー当日、シルフィアは完成したドレスを前に、メイド達によってコルセットを締められていた。

 ……といっても、


「もう少しきつく締めても大丈夫よ?」

「もう、少し、です、か!」

「私を気遣って緩くしてるのね。でもせっかくの綺麗なドレスなんだもの、ウエストはできるだけ絞りたいわ」

「そう、です、ね! もっと、しぼり、ましょう!! 誰か、手を貸して!」


 と、シルフィアとメイド達の間では若干の温度差があった。

 コルセットを締め付けてもシルフィアは平然としており、対して締めるメイドの額には汗が浮かんでいる。その上ついには二人体制だ。

 メイドの「せーの!」という合図が部屋に響けば、ぎゅっとシルフィアの腰元に衝撃が加わる。ほんの少し、微々たる程度に窮屈だ。

 もっときつくしてもいいのに、とシルフィアが背後に声を掛ければ、ぜぇぜぇと息を荒くしていたメイドが両手をあげていた。完敗のポーズである。一人はどこからともなく取り出した白いハンカチを降っている。


「これ以上は無理です。お嬢様の逞しい腹筋を前には、コルセットなどただの布……」


 メイドの弱々しい訴えに、シルフィアが己の体を見下ろす。

 ついうっかり無意識で鍛えてしまうトレーニングを除き、ここ最近は鍛えてはいない。せいぜいミリーに付き合って学園内を散歩する程度だ。

 ルーファスが共に鍛えようと誘ってきても、涙ながらに断っている。鍛える愛しい弟を眺めはするが。

 それでもシルフィアの体は衰えることなく、コルセットの下には逞しい腹筋が……。


「私をコルセットから守ってくれているのね。ありがとう」


 思わずシルフィアが己の腹部を撫でれば、額の汗を拭っていたメイドが肩を竦めた。




 ドレスを纏い、髪を編む。コルセットで腰を絞る事こそ出来なかったが、メイドに「お嬢様はコルセットいらずですよ」と宥められた。

 そうしてパーティー会場へと向かい、馬車を降りれば……。


「シルフィア!」


 と、ライオネルが出迎えてくれた。

 黒いスーツに、薄紫の刺繍。胸元には同色のスカーフ。

 落ち着いた色合いは彼の凛々しさを引き立たせ、シルフィアが歩みよれば片手を差し出してくる。貴公子、とはまさに彼のためにある言葉だ。

 シルフィアがドレスの裾を摘んでお辞儀をし、彼の手を取った。今日は肘まである長いグローブで手を包んでおり、手首に飾ったブレスレットがキラリと光る。


「本当はマードレイ家まで迎えに行きたかったんだが、ヘンリーに呼び出されて学園でのミリーの生活を聞き出されてたんだ。すまない」

「そんな、謝らないでください」

「いや、エスコートを申し出た身としては、最初から最後まで案内するべきだろう。なのにこの体たらく……。どうにかここから挽回できるといいんだが。どうだろう、挽回できるかな?」


 ライオネルに問われ、シルフィアが小さく笑みをこぼした。

 失態を挽回出来るかと、それをシルフィア当人に尋ねるのはおかしな話ではないか。もちろん冗談であり、だからこそシルフィアが「頑張ってください」と返した。

 軽いやりとりでシルフィアの緊張を解き、そしてスムーズな流れで会場へと誘う。

 これだけでもう十分なのに。


 ※


 さすが公爵家のパーティーだけあり、なにからなにまで華やかで豪華だ。とりわけ力が入っているのが料理で、並ぶ品々も数え切れぬほど豊富、全種網羅するのは一人では不可能と思える程である。

 その中には先日シルフィアが考案したミリー用の減量メニューもあり、これには嬉しさと同時に恥ずかしくもある。マードレイ家のシェフ達に伝えたらきっと感動するだろう。

 そんなパーティー会場を、時にライオネルの知人に紹介されつつ歩き、ふとシルフィアは周囲を見回した。


「どうした?」

「いえ、なんだか見られているような気がして……。いつもの事なんですが、今日は着飾っているぶん視線に過敏になっているのかもしれません」


 話しつつ、シルフィアはチラと余所に視線を向けた。

 数人の男達が慌ててそっぽを向く。なんとも白々しく分かりやすい。

 それに気付かぬふりをしてライオネルに向き直れば、再び熱い視線を送られるのだ。詰め寄られるのも困るが、かといってこうも遠巻きにされるのも困る。


「もしかして、ドレスで動きづらいだろうと狙われているのかもしれませんね。確かに、ドレスにヒールではいつものようには動けません」

「シルフィア、あまり強く拳を握るとせっかくの綺麗なグローブに皺がつくぞ。……まぁ、狙われているには狙われているだろうけど」

「やはり! ならばいつでもお相手をいたします!」

「いや、今夜の君の相手は俺だけにしてくれ」


 ライオネルの言葉に、シルフィアが彼を見上げた。

 だが次の瞬間びくりと肩を震わせたのは、ライオネルがシルフィアの右手を掴んできたからだ。

 エスコートのため差し出された手に応じた時とは違う。こちらの許可など求めず強引で、放すまいと強く握ってくる。彼の手は大きく、シルフィアの手はいとも簡単に覆われてしまった。


 綺麗な布に包まれた女性の手を、節の太い男らしい手が掴む。

 力強く、それでいてまるで大事なものを扱うかのように、そっと己の胸元へと誘ってくる。

 ライオネルの胸元に触れそうなほど近くに導かれ、より強く握られると、シルフィアの胸が跳ねあがった。


「ラ、ライオネル様……?」

「シルフィア、俺はずっと君をエスコートしたかったんだ。今夜と言わず、これからも」


 意を決するようなライオネルの口調。真っすぐに見つめてくる翡翠色の瞳。真剣みを帯びた表情は麗しく、それでいて凛々しさと雄々しさを感じさせる。

 見つめられているとシルフィアの胸の鼓動が早まり、体の中で心音が響く。握られた手の指先まで響きそうだ。

 いったい彼は何を伝えようとしているのか……。シルフィアもまたじっと見つめて返し、続く言葉を待つ。

 次の瞬間、ライオネルが何かを言おうと口を開き……。


「シルフィア、俺はずっと君のことが」

「やぁ、ライオネル。ようこそ」


 と、彼の言葉にかぶさる様に、穏やかな声が割って入ってきた。

 シルフィアが驚いて振り返れば、そこに居たのは一人の青年。金の髪に水色の瞳。全体的に細身で、遠目からでは女性と間違えられそうなシルエットだ。

 なにより目に付くのは、驚くほど真っ白な肌。顔色に至っては白い肌どころか些か血色が悪い。

 彼がミリーの兄のヘンリーだろう。シルフィアが深くお辞儀をすれば、穏やかに笑って「ようこそ」と歓迎の言葉をくれた。


「シルフィア・マードレイだね。ミリーから話を聞いているよ」

「本日はお招きいただきありがとうございます」

「ミリーに随分とよくしてくれているようだね。ミリーからの手紙には君のことがいっぱい書いてあるよ。……痩せたいからシルフィアに協力してもらっているって」

「いえ、協力なんて、私は出来ることを……」


 出来ることをしているまで、そう言いかけてシルフィアが顔をあげ……。

 ゾワリと背筋に冷たいものが走り、小さく体を震わせた。


 ヘンリーの笑顔が、なぜか妙に薄ら寒く見えたからだ。

 笑っているはずなのに心の内では笑っていないような、笑顔を見ているはずなのに冷ややかな眼差しで睨まれているような感覚。

 一瞬にしてシルフィアの胸の内がざわついた。


(この胸騒ぎは……まさか敵意? 鍛え上げた闘争心が戦えと訴えているの? でもヘンリー様はシャコロワには居なかったし、そもそも体の弱い方を倒すなんて出来ないわ)


 目を瞑り、己の中のざわつきと闘争心を宥めて深く息を吐く。

 次いで改めてヘンリーを見れば、彼はいまだ穏やかに笑っている。敵意など一切感じられない、優しく暖かな笑みではないか。

 瞳に期待を宿して「学園ではミリーはどう過ごしているんだい?」と尋ねてくる、その顔は妹溺愛の兄のものだ。ライオネルが肩を竦め「俺から散々聞いただろう」とヘンリーを宥める。


「ライオネルから聞くミリーの話と、シルフィアから聞くミリーの話は違うだろう? 僕はどんな些細なことでもミリーの事を知りたいんだ」

「だからって……。シルフィア、移動しよう。せっかくパーティーに来たのにミリー報告会になりそうだ」


 ライオネルがシルフィアの肩にそっと手を添え、移動するように促してくる。

 それに対してヘンリーが「失礼だな」と怒るが、声には怒気は感じられない。それどころか「後日ミリー報告会の招待状を送るよ」とまで言ってくるのだ。

 冗談か、もしくはライオネルの冗談にこれ幸いと乗じてミリーの話を聞くつもりか。どちらにせよ、この場ではライオネルとシルフィアを開放する気はあるようだ。


(さっきの違和感はきっと気のせいね。私ってば、無意識に戦うことを考えてしまってるのかしら。この世界はシャコロワじゃないんだから敵意なんて誰も抱いていないのに)


 自分の中の根強い闘争心を宥め、シルフィアはライオネルに促されるままパーティー会場の奥へと進んでいった。





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