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11:楽しい食事会


 公爵家の嫡男ライオネルの訪問。それに彼が連れているのも公爵家令嬢。

 となれば、マードレイ家が騒然としないわけがない。事前にシルフィアが伝えておいたというのに、皆がそろって落ち着きをなくす。メイドは磨き残しは無いかと屋敷を駆け回り、御者は馬車を停める場所を幾度と確認し、しつこいくらいに掃除をする。

 中でもひどいのが、


「それで、どの部屋で押し倒すの?」


 と聞いてくるクレアである。瞳は期待で輝いており、話の内容さえ聞こえなければ美しい夫人である。

 だがばっちりとクレアの言葉はシルフィアの耳に届き、思わず眉間に皺を寄せて小さく唸りをあげた。


「お母様、身分ある女性が口にして良い言葉じゃないわ。それにミリー様もいらっしゃるのよ」

「ライバルも呼んだのね。一日で打ち倒して押し倒すなんて、やるじゃないシルフィア」

「友人を呼んで食事会よ!」


 いくら咎めてもクレアが発言を省みる様子が無く、シルフィアが痺れを切らして声を上げた。

 これ以上は話していても無駄だ。実の母親ながら参ってしまうくらいに話が通じない。

 かくなるうえは……! と、シルフィアが通路の先へと視線を向けた。スゥと息を吸い込む。


「お父様ー! お母様がドレスの仕立てのことでお父様に意見を聞きたいんですってー! お父様ー、お母様が呼んでるわよー!」


 誰もいない通路に向けて声をあげた。

 次いで待つこと数分……。


「クレアさーん、クレアさーん! 呼んだー!? 僕はここだよー!」


 と、パタパタと走りながら現れたのはエリオットである。相変わらず顔が良く、愛する妻に呼ばれているからか普段よりも輝いている。

 そんなエリオットの登場に、先程まで物騒なことを言ってシルフィアを怒らせていたクレアはと言えば、


「顔が良い……!」


 と、夫の顔の良さに感動していた。

 普段は麗しく気品漂う顔も今は耐えきれず歓喜も露わに、声も胸の内を絞り出したかのように震えている。今すぐに感涙しかねないほどで、実の母親の見たくない一面である。

 だがまんまとうまく言ったのだから口を挟むべきではない。そう考え、シルフィアは静かに、冷めた目で、娘のことも来客のことも一瞬にして忘れて二人の世界に入っていく両親を見送った。


(私もルーファスを見るときに同じような状態なのかしら……。気をつけないと)


 と心の中で己を省みつつ。




 最初にライオネルとミリーを迎えたのは、ちょうど通りがかったルーファスである。今日も相変わらず丸太を抱えていたのだが、もちろん対応の際には丸太を降ろす。いくら筋骨隆々なルーファスとはいえ、男爵家子息としてのマナーはわきまえている。

 来客を知らされてすぐさま迎えに出たシルフィアが弟に礼を告げ、歓迎の言葉と共に丸太を担ぎなおして去っていく背中を見送った。逞しく頼りがいのある背中だ。

 もっとも、微笑まし気に見送るのはシルフィアだけである。ミリーは「弟も鍛えてしまったのね……」と事態を察し、ライオネルはシルフィアとルーファスを交互に見ている。


「シルフィア、念のために聞きたいんだが、マードレイ家では丸太を担げない男は半人前なんていうしきたりは無いよな?」

「まぁ、ライオネル様ってばご冗談を。丸太を担ぐのは私とルーファスだけです。お父様なんて、三度挑戦して四度潰されてますから」

「そうなのか、よかった。……なんでエリオット殿は一回多く潰されてるんだ?」

「叔父がチャレンジした際に巻き添えで」


 あれは大変でした、とシルフィアが過去を懐かしむ。

 だがすぐさま「立ち話もこれぐらいで」と話を切り上げ、二人を屋敷へと案内した。

 ちなみに二階の窓からクレアがこちらを見下ろし妙なハンドサインをしてくるのは無視しておく。たぶん打ち倒せだの押し倒せだの言っているのだろうが、視界に納めるだけで鍛えあげた心と体が汚れそうだ。




 そうして二人を客室へと案内する。

 既に食事は並べており準備は万端。用意したメニューはどれもミリーの体を気遣ったものである。

 といっても病人食のように少量ではなく、おかわりを想定して量もしっかりと用意した。味付けも濃すぎず薄すぎずである。

 一見すると通常の食事、むしろ種類が多いくらいだ。

 だがテーブルに並ぶ料理は野菜を中心としており、肉がメインの料理も極力油を使わず、出来るだけ肉に似た食感の代替食品を使用している。といっても肉がまったく無いのも体に悪く、ここのバランスを計算するのに苦労した。

 デザートも同様、野菜を使ったクッキーや、極力砂糖を使わないものをそろえている。


「レシピもご用意しました。珍しい食材は使っていないのでアドセン家のシェフでも作れるはずです」

「ありがとう、シルフィア。こんなに立派な料理……」


 シルフィアが一通りメニューを説明すれば、ミリーが瞳を輝かせてそれを聞く。

 曰く、食事管理に同意こそしたものの、過酷な食生活を強いられるのではないかと不安だったという。すべては勘当エンドを避けるため……とはいえ、やはり食はミリーにとっての大事な要素なのだ。

 だがいざ覚悟を決めてマードレイ家に来てみれば、豪華な食事が待っているではないか。野菜や代理食品を多用しているとはいえ、それすらもミリーにとっては好物なのだ。


「私のために考えてくれたのね。嬉しくて抱きしめたいけど、まずは食べてからでいいかしら」


 感謝しつつも空腹を訴えるミリーは何とも彼女らしい。

 思わずシルフィアもつられて笑い、自分もと席についた。

 ミリーは相変わらず瞳を輝かせて料理を見つめ、隣に座るライオネルも感心したようにテーブルの上を眺めている。時には二人で「これは?」だの「考えたなぁ」だのと話し、手渡したレシピと料理を見比べている。


 二人の様子に『会食』といった畏まった様子はない。


 仮にこれが公爵家と男爵家の交流や会食であったなら、二人ともそれ相応の対応をしていただろう。来賓として背筋を正してシルフィアの話を聞き、感謝と賛辞の常套句を口にしたはずだ。

 とりわけ、ライオネルは社交界では誰もが見惚れるほどの優雅な所作を見せる男である。今みたいに物珍しそうに料理を眺めたりなどするわけがない。

 だが今は違う。これが『友人だけの食事』だからこそ、ライオネルもミリーも彼等らしく席に着いている。

 そう考えればなんともくすぐったく、自然とシルフィアの表情も緩まる。


「では、どうぞ召し上がってください」


 シルフィアが声を掛ければ、ミリーとライオネルがさっそくと銀食器に手を伸ばした。


 友人との楽しい食事会の始まりである。



「シルフィア、心なしかフォークが妙に重い気がするんだが」

「ご安心ください。偏りが無いようマードレイ家ではナイフもスプーンも重く作らせております」

「それを聞いてどう安心しろと!」


 と、そんな会話が交わされ、途中で幾度かライオネルが腕をつって呻いていたが、楽しい食事会である。


 ※


 そんな楽しい食事会を過ごした夜、シルフィアはひとり部屋で寛いでいた。

 食事中の事を思い出すと自然と笑みがこぼれてしまう。穏やかで楽しく、充実した時間だった。


(これが友人と過ごすということなのね……)


 また次も機会があれば、と考え、シルフィアがそろそろ寝ようと準備に取り掛かり……、

 ダンベルに手を伸ばしかけていたことに気付き、はっと息を呑んで手をひっこめた。

 危なかった。つい習慣で寝る前の軽いトレーニングを行ってしまうところだった。――適度な運動は体を温め、なおかつ疲労感が心地よい眠りを誘ってくれるのだ――


「令嬢力を極めし者は寝る前にダンベルと戯れたりなんかしないのよね。それなら、お父様を真似てホットミルクでも飲んでみようかしら」


 心地よい疲労感は得られないが、ぐっすりと眠れるだろう。

 そう考え、シルフィアが厨房に行こうかと部屋を出ようとする。だがまるでそれを狙っていたかのようなタイミングで扉をノックされた。

 いったい誰かと窺いつつ開ければ、クレアの姿。


「お母様、どうしたの?」

「よかった、まだ起きていたのね。今日の進捗を聞こうかと思ったの」

「そう。おやすみ」


 話すことは無いわとシルフィアが扉を閉めようとすれば、冗談は通じないと判断したのかクレアが「嘘よ、手紙よ」と慌てて一通の手紙を差し出してきた。

 それを受け取り、とりあえず手紙を届けてくれたことには感謝を示しておく。もちろん「……でも、進捗があれば話してくれてもいいのよ?」という言葉は無視しておくが。


「手紙って誰から……ドム様!?」


 差出人の名前を見て、シルフィアがぎょっとして声を上げる。

 次いで慌てて封を開ければ、クレアがコロコロと笑った。


「シェフに話して、シルフィアが焼いたお菓子を横流ししてもらったの。ドム様に届けておいたわ」

「お母様、勝手なことをしないで!」

「あら、勝手なことだなんて。娘の婚約者候補に対して当然の行為よ。それに婚約者候補からの手紙を読んで眠りにつくなんて幸せじゃない」


 上品に、かつ楽しそうに笑い、クレアが「おやすみシルフィア、良い夢を」と一言残して去っていく。

 その背中をシルフィアはこれでもかと睨みつけ、唸るような低い声で「おやすみ」と告げた。さすがに「いい夢を」とは言えない。ちょっとぐらい悪夢を見て魘されるべきだ。


 そうしてベッドの上に腰かけ、恐る恐る便箋を取り出した。

 異国の便箋だろうか。変わった柄が描かれた便箋には、達筆な文字で……、


【親愛なる恋人 シルフィアへ。

 美味しい手料理をありがとう。共に食べる日が来ることを願っている。 ドム・バトソン】


 と書かれていた。

 シルフィアが悲鳴を上げ、手紙を机の上に放り投げ……それだけでは足りないと、上にダンベルを載せて封印した。




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