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八話 疑惑

 --な、なんだってそんなピンポイントな場所に落としてきてんだ、俺はっ!?


 内心、ロウシンは絶叫した。

 思わず頭を抱えそうになったが、寸でのところで両腕を押し止め、脳内に留める。


 だが、完全に動揺を抑えきることができるほど、ロウシンは器用ではない。

 心臓は早鐘を打ち、目に力が入る。


「…………」


 無言。いや、言葉が出なかったというのが正しいか。

 そんなロウシンの様子を、しかし少女ーーエリザと名乗った彼女は、特に突っ込むことなく。

 変わらぬ調子で、言葉を続けた。


「さて、これが誠にお主のものであるというのならーー」


 その翡翠の瞳が、チラとロウシンの顔を一瞥する。


「--何故、あのようなところに落ちていたのか。聞いてもよいかのう?」

「……っ」


 ドクン、と一際強く鼓動が跳ね上がる。

 その美しい双眸と目が合ったからーーではない。いや、平時であったら間違いなくそれが理由であったろうが、しかし今のロウシンの胸中を占めていたのは如何にしてこの状況から逃れるかのみであった。


 --ど、どうする? どうするっ!?


 瞬きすることも忘れ、ロウシンは必死に考える。

 その結果。咄嗟に思い浮かんだ、反応は。


「……あ、あれー!? なんだ、よく見たらこれ、俺のじゃないな! い、いやー、似てるから勘違いしたなー!」


 受け取っていた袋を下から見、横から見、最後に中を開いて見。そうしてまじまじと凝視した後、エリザの手に押し返す。

 つまりは、この袋は自分の物ではない宣言。そうすれば、この袋がどこに落ちていようがロウシンは無関係であることがアピールできて、追及から逃れられる。


 まだ誰の物か確定していない現状、これがきっと最善手。

 少なくともロウシンは、そう確信していた。


「……ふむ。であれば、何故あそこに落ちていたのか、お主に訊ねても分かるまいな」


 果たしてエリザは、(それ)を受け取った。


 --よっし、ごまかせた!


 その行動を見て、その言葉を聞いて。ほっと、ロウシンは安堵した。

 咄嗟の判断、自らの機転に、冷や汗を浮かべつつも心の奥で歓声を上げる。


「--じゃが、本当かの?」

「……え」

「先程、お主らのやりとりが耳に入ったが……この袋にあるのはお主の依頼対象である高山キノコばかり。そして、妾がコーラル山で見つけたと話した後で、お主は自分の物やもしれぬと言った。つまりーーお主がここ数日の内にコーラル山に行っていたというのは、ほぼ間違いないことになる」


 しかし、それも束の間のこと。

 再び、エリザの翡翠の瞳がロウシンの顔を捉える。


 ……まずい、これはまずいぞ。


 まだ疑われている。

 それを理解して、ロウシンは再度必死に頭を回転させる。


 袋が自分の物ではない作戦は失敗に終わった。

 いや、完全に失敗したわけではないのだが、このままではボロを出しかねない。

 となると、別の切り口で否定する必要がある。


 刹那、これだとロウシンの脳裏に稲妻が走った。


「そ、そうだっ! え、えーっと……その袋は、オーク達のいた洞窟にあった。……そうだろ?」

「うむ、その通りじゃな」


 コホン、と一つ咳払い。一拍間を置いて、言葉を、己を落ち着かせる。

 ロウシンが見出した、別の切り口。

 それはーー。


「じゃあ、仮に俺がその牢にいたとして……」


 自分の実力ーー冒険者ランクと状況の不一致。

 オークの、なによりあのブラッディオークがいた洞窟の牢にいて、今こうして生きているという現実。


 ランク1の冒険者ーーつまりはロウシンがあそこにいたとして、こうして無事なはずがない。

 そう、誰もが考えるはず。


「……もしそうなら、ランク1の冒険者でしかない俺が、今ここに無事でいられるわけがない。違うか?」


 一つロウシンに想定外があったとしたら。

 自分で言ってて、少し落ち込んでしまったことか。


 だが、間違いなく理にはかなっている。


「……ほぅ、それはどうしてじゃ?」

「どうしてって……いや、だってその場合、無傷で脱出したことになるわけだろ? 高ランクならまだしも、ランク1の冒険者がそんなことできると思うか?」


 ならば後は、務めて冷静に。慌てて余計なことを口走らないよう、考えながらロウシンは言葉を選ぶ。


 それは、事実といえばある意味事実。

 いずれは、()もそれほどの実力のある冒険者になりたいという思いはあるものの。今の()ができると少しでも考えるほど、ロウシンは自惚れてはいない。


 そしてそれは、間違いなく正論だった。少なくとも殆どの人、というか冒険者が納得できる理屈ではあった。


 ーーオーク(推定ランク2)数十匹とブラッディオーク(推定ランク6)を相手にして、ランク1が生き残れると思うか?


 適当な冒険者を選んで意見を聞いてみても、十人が十人、百人が百人、できないと答えるであろう。

 それほどに当たり前で、隔絶した実力差。

 故にロウシンも、ここで彼女が退くと考えていたのだが。


 ロウシンの言葉を受けたエリザは、ふむ、と顎に手をやると。


「--お主がオーク共を倒したのではないか?」


 ただ、そう一言。

 まるで、ロウシンの話を聞いていなかったかのような言い草。


「へ……いや、いやいやっ!! 俺の話、聞いてたか!?」


 これには、落ち着きを取り戻していたロウシンも思わず声を荒げる。


「無理だろ、どう考えても無理だって!! だって、オーク達もそうだけどーー」


 そう、どう考えたって無理なのだ。

 確かに、ランク1にも色々いる。冒険者に成り立ての新人もいれば、限りなくランク2に近い者だって。

 事実、ロウシンだって、一匹であればギルド推奨ランク2であるオークを撃破した経験もある。一口にランク1といっても、皆実力が同じわけではない。


 だが、今の話に限っては、それはどうでもいいことなのだ。

 なぜなら、今回の相手は。


「ーーなによりあそこには、ブラッディオークだっていたんだぜっ!?」


 ランク1どころか、その上だって瞬殺されるほどに格上の相手なのだから。


 ロウシンのその声は、比較的静かだったギルド中に響き渡った。

 これには、先程からロウシンと少女のやりとりを見ていた者達は元より。ロウシン達を気にしていなかった者達も、何事かと視線を向ける。


「……いた(・・)、か」


 にやり、と。

 エリザのその整った口元が、弧を描く。


「まるで、その場で見ていたような口振りじゃな?」


 その返答に、熱くなっていたロウシンの頭が、水をかけられたかのように一気に冷めた。


「え、あ……いや……」


 ロウシンはここにきてようやく、自身が間違いを犯していたことに気づく。

 つまりは、ブラッディオークがいる、それを前提でーー確定事項として考え、話をしていたことに。


 いや、いたのは確かなのだ。他でもないロウシンがそれは知っているし、なにより見ている。

 問題なのは。


 --それがよ、この近くに大物のモンスターが出たらしい。

 --そもそも、それが本当の話なのか疑問視している奴もいる。

 --今、何やらギルドの奥で話し合いが行われているらしいが。


 脳裏をよぎったのは、つい先程のギルド内での冒険者の男との会話。

 あくまでも、伝聞。本当なのかどうか、曖昧。

 ギルドからの正式な発表が無い以上、それが大半の認識だったのだ。……当事者を除けば。


「い、今のは言葉の綾ってやつで。……そ、そう、ブラッディオークがいたらしいじゃないか。さっき、聞いたんだ」

「その洞窟に、か? ちなみに妾は、オークのいた洞窟とは言ったが、ブラッディオークという言葉は出していないわけじゃが」

「…………」


 いよいよ、ロウシンは言葉に詰まる。


「まぁ、よい。ブラッディオークの話を聞いていたなら、オークから連想しても不思議ではない、か」

「へ? ……あ、ああ、そうそう。だから、もしいたとしたら、俺に倒せるわけがーー」


 しかし、当のエリザからの予期せぬフォロー。

 これ幸い、とロウシンは便乗し、再び同じ理由で否定しようとするが。


「--確かに、妾達が件の洞窟に辿り着いた時、オーク達は全滅していた。そしてお主の言うように、ブラッディオークもそこにいた。骸となってな」


 遮られる。

 翡翠の瞳が、眼光鋭くロウシンを射抜いた。


「何故、倒されていたと知っている?」


 プレッシャー。どうしてだろうか、声のトーンは今までとさほど変わらないというのに、妙な重圧をロウシンは感じた。

 一瞬にして、口の中がカラカラになる。


「……あ、いや。そ、れは……」

「それは?」

「その……誰かが……撃破したって話を、聞いて……」


 なんとか絞り出した声。


「して、それはお主ではないと? ……この袋にも見覚えがない、そういうことでよいのじゃな?」


 エリザの追及。言葉の代わりに、コクコクと頷く。

 そんなロウシンを、エリザはしばらく見つめていたが。


「そうかそうか、それは失礼したな」


 翡翠の瞳が、ようやくロウシンから逸れる。


 ーーでは、この袋はギルドに預けておくとしよう。


 最後にそう残し、エリザはロウシンの横を通りすぎていった。

 今まで無言でエリザの横にいた褐色の女性ーータリアも、小さく頭を下げ、それに続く。


 ……なんとか乗り切った。


 へなへな、と崩れ落ちそうになるのを、足を踏ん張って持ち直す。

 一先ず、場所を移動しよう。考えるのはそれからだ、とロウシンはやや駆け足気味にギルドを出るのだった。

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