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七話 邂逅

「……はぁ」


 重い溜息を繰り返す。その数もはや、今日だけで十に届かんばかりだ。

 それほどに、ロウシンは憂鬱な気分であった。


 昨日。

 ブラッディオークのーーもといオーク達の住処であった(・・・・)洞窟から出て、()に戻った時には、辺りは既に暗闇。そのまま、夜通しで野を駆けラーニャ村を目指し。借りている生活拠点にたどり着いたのは、既に日が昇り、人々が活発に動き始める頃合いであった。


 自室に戻るや否や、オンボロのベッドにダイブし、そのまま爆睡。

 数時間後に起床した時には、もう昼過ぎ。

 そうだ、ギルドへ依頼の納品に行かねば、と考えたところでふと気付いた。


 ……そういえば、規定数採取してなかったような?

 ……そもそも、高山キノコを詰めていた袋はどこにいった?


 確認しようと、徐に腰に手を伸ばし。そこに目的の感触が無いことに、顔を青ざめる。

 とどのつまり、溜息を繰り返すほど憂鬱であったのは、そんな理由であった。


 追い打ちをかけるのは、剣の存在。

 ()のブラッディオークとの戦闘の記憶(・・・・・)から、剣がおしゃかになったことは知っている。それも購入せねばならない。

 痛い出費、依頼失敗による収入ゼロ。

 低ランク冒険者であるロウシンの懐は、どちらも大打撃だ。


「……はぁ」


 取り合えず、再度コーラル山へ向かうことは報告せねば。

 溜息新たに、どんよりと力ない足取りで、ロウシンはギルドに向かう。


 --何だ?


 そんなロウシンを正気に戻したのは。ギルドを満たす異様な空気であった。

 ギルドの建物に着きのろのろと扉を開け、もたもたと中に入ったロウシン。そんな彼を迎えた、静寂とした空間。


 --いつもはそれなりに人がいて騒がしいのに、妙に静か。


 人が全くいないわけではない。……いや、むしろそこそこ多い方だ。

 だのに、静か。ヒソヒソ声のようなものはあるが、談笑している者もいなければ、酔っ払って騒いでいるような奴もいない。


 これには、憂鬱モードであったロウシンも流石に気付き、首を傾げる。

 目を瞬き、立ち止まること数秒。

 首を振り、それなりに顔見知りの冒険者の姿を見つけ、近寄る。


「どうも……なぁ、何かあったのか?」

「ん? ……おぅ、ロウシンか。ガハハ、この間はありがとうな。ただ酒飲ませてもらったぜ」


 ロウシンよりもだいぶ年上の、中年冒険者二人組。

 唐突に返ってきたお礼の言葉に、一体何のことかと思案を巡らせ。

 それが、つい数日前のロウシンのランク昇格結果の賭けのことであるのに気付き、眉を顰める。


「……やめてくれって。……で、何か今日のギルド、妙じゃないか? 何だって皆、真剣な顔してるんだ?」


 周りを見て気付いたのだが、ギルドにいる者は皆一様に真剣な面持ち。

 眼前の中年冒険者の男だって、ロウシンが声をかけるまではその顔に笑みは無かった。


「ああ、お前は知らないのか。……それがよ、この近くに大物のモンスターが出たらしい」

「……お、大物?」


 大物のモンスターと聞いて、すぐさま脳裏に浮かんだのは、昨日のブラッディオークである。

 ギルド推奨ランク6の、紛れもない大物。ここ数十年、比較的平和なこの村付近一帯では目撃例のなかったクラスのモンスター。


 ゴクリと喉を鳴らし、聞き返す。

 思わず声が上ずったが、その様を男は特に不審に思わなかったようだ。


「そうだ。大物も大物ーーなんと、討伐推奨ランク6」

「…………」


 焦らすように、溜めるように。その末に放たれた、その単語。

 心当たりがありすぎるそれに、思わずロウシンは無言となる。


ランク1のお前(ロウシン)が知ってるかは分からんが……そいつの名は、ブラッディオーク。オークの亜種だが、オークなんぞ比較にもならん程の凶悪なモンスターだ」


 もっとも俺も実物は見たことないが、と男は言葉を締める。


「ラ、ランク6のモンスター。……な、成る程、ソイツが出たから、こんなギルドがピリピリとしてるんだなっ?」

「それもある。が、本題はこっからだ。--なんと、そのブラッディオークを、誰かが撃破したらしい」


 --早くないっ!?


 思わず吹き出しそうになるのを、寸でのところでロウシンは堪えた。

 だが、徐々に頭が混乱に支配される。


「え……え?」


 何故なら、ロウシンがーー()が、ブラッディオークを撃破したのはつい昨日の夜のこと。

 そもそもからして、ロウシンが依頼を受けてコーラル山に出発する前のギルドの雰囲気は普通だった。つまり、ブラッディオークの話など無い、ないしは広まっていなかったことになる。


 要するに。

 ロウシンが依頼に出発するあたりのタイミングで、ブラッディオーク目撃の報がギルドに伝わり。

 ロウシンがブラッディオークを撃破した後からギルドに訪れるまでの間に、ブラッディオーク撃破の報がギルドに伝わった、ということになる。


 誰かが倒した、という話であれば撃破の現場は見られていないのだろうが。……そもそも、ロウシン(ランク1)が撃破したなどと、信じられぬであろうがそれはさておき。

 それでも、情報伝達の速度が異常。


 故に、混乱は必然。

 そしてそれを気取らせずに、冷静に振る舞うというのは、ロウシンには無理だった。


「まぁ、そうなるわな。ランク6の大物が出たかと思いきや、それが討たれたときた。……誰がやったのか、そんなことができる奴がこのギルドにいたか、まるで分からねえ」


 が、そのロウシンの混乱を、男は別の意味に捉えたようだ。

 腕を組み、眉根を寄せる。


「とはいえ、俺もこれ以上は詳しく知らん。そもそも、それが本当の話なのか疑問視している奴もいる。今、何やらギルドの奥で話し合いが行われているらしいが……おい、ロウシン聞いてるか?」

「ん、ん? ……あ、ああ、聞いてた聞いてた、ありがとう」


 一先ず思考を落ち着かせようと、礼を言って男達から離れる。

 男達は、そんなロウシンの様子を特に訝ることはなかったようで、互いに話を始めた。


「……まぁ、一旦、依頼の報告をしよう」


 ロウシンは頷き一つ、ギルドのカウンターに歩を進める。

 昇格試験とは異なり、ただの依頼には基本的に制限時間は無い。しかしまあ、ランク1の依頼で、しかも採取で何日もかけるというのは恰好もつかないわけで。


 採取の成果を失くしたというのも間抜けな話だが、何日もかかったと思われるよりはまだ。

 どっちもどっちな気がしないでもないが、そういう訳で、ロウシンは一度報告しようと思い至ったわけである。


「あー……すいません」


 雰囲気は異様ではあるが、職員の姿はカウンターにあるので、普段通りの営業は行っているようだった。

 ロウシンが向かったのは、つい先日に昇格試験不合格を告げられた、眼鏡をかけた銀髪の女性。美人だが、誰に対しても事務的で淡々とした対応を行うことで、人によって評価は様々なギルド職員。

 だが、物言いは冷めているものの、対応する冒険者によって態度を変えているわけでもなく手続きもちゃんとやってくれるので、ロウシンはそこまで彼女のことが嫌いではなかった。


「はい、いかがしましたか」


 そしてこんな雰囲気の中でも、彼女は普段通りであった。

 ロウシンに向け、きっちり一礼。背筋をピシリと伸ばし、その声に動揺の色はない。


「えっと、その……依頼の、報告なんですが……」

「かしこまりました。……ロウシン・バーンウィッスルさんの現在受注中の依頼は、高山キノコの採取ですね?」

「はい、あ、えっと! ……なんというか、その……」


 言い淀む。今にして思えば、馬鹿正直に言うのではなく、何か別のもっともらしい理由を考えればよかった。そんなことを、ここにきて思い始めるロウシン。

 だが、今更そんなことを考えても、後の祭り。もう話しかけてしまった。


 そんな彼の様子を、そのいつものニコリともしない顔の下で、どう思ったことだろう。

 だが彼女は、何も口を挟むことなく。身じろぎ一つせず、ロウシンの言葉の続き待っていた。


「そのー、あー、事情がありましてーー」

「…………」

「ーーキノコを集めてた袋を失くしたので、もう一回今から集めに行きます!」


 時間を稼いで見たものの、咄嗟の言い訳は何も思い浮かばなかった。

 ええいままよ、と。開き直って、勢いよく言う。


 ぷっ、と背後で、誰かが吹き出すような声が聞こえた。

 ロウシンは羞恥で顔を赤くさせながらも、それはそうだと自嘲する。今の自分を客観視できたとしたら、きっとさぞ滑稽なことだろう。

 流石にこれは呆れられたか、とチラッと女性職員を伺えば。


 変わらぬ無表情が、そこにはあり。


「かしこまりました。お気を付けて」


 いつもにように、綺麗に一礼。

 顔を上げた彼女の、その赤色の瞳と、ロウシンの視線がぶつかる。


「…………」

「…………」


 互いに何も言わず、無言。

 そんな、時だった。


「キノコの詰まった袋を失くした、と。ーーそれはもしや、これのことかの?」


 ロウシンのすぐ後ろから、声。

 反射的に、振り返ってみれば。


 ロウシンに向けて差し出された腕。その先に、少々薄汚れた袋。


「あっ……」


 それは、確かに見覚えのあるものであった。ロウシンが依頼の採取用として用いていた布袋。

 だが、とはいえ普通に売られている安い布袋。それだけでは判別がつかない。


「中には、緑色のーー高山キノコだったか? あればかりが詰まっていての。そうそう、見つけたのはコーラル山だ」


 しかし続いた言葉は、ロウシンに自分のものの可能性が高いと思わせるものだった。


 --見覚えのある袋、高山キノコばかり、コーラル山。

 これだけの要素が揃っている。


 とはいえ、他の誰かの失せ物の可能性がなくなったわけではないのだがーーその差し出された腕が、急かすように袋を振る。半ば無意識に、ロウシンが慌てて両手を動かせば、果たして袋はその手中に落とされた。


「うわっ、多分だけど、俺が失くしたやつだ!」


 一先ず礼を言おうと。ロウシンが若干の興奮と共に、ここでようやくその人物の顔を見。


「ありがとう、助かっ、た……」


 その口が、凍ったように止まった。


 ロウシンの視線の先にいたのは、彼が今まで見たこともない程の、美しい少女だった。

 滑らかで光り輝いているような、金色の髪。その下には、しみ一つない整った目鼻。

 宝石の如く映える翡翠の瞳が、ロウシンを見つめていた。


「……ああ、申し遅れたな。私は、エリザ。そしてこっちは、タリアだ」


 呆けているロウシンを前に、名乗る少女。

 次いで、その傍らに控える女性の名も告げる。そこで初めて、ロウシンは少女以外にもう一人いたことに気が付いた。


 少女が透き通るような白い肌なのに対し、こちらは褐色の肌の女性であった。

 少女も少女で目も覚めるような美しさであったが、この女性もまたそれに比肩するほど容姿が優れている。

 陳腐な表現であったが、ロウシンはぼんやりとそう思った。


 身長は見た通り上として、その年齢も少女より幾分か上だろう。

 そんな、少女にタリアと呼ばれた褐色の女性は、微かに一礼し。

 口を開くことなく、ただ静かにロウシンを見た。


「ところで、その袋。先程も言った通り、確かに見つけたのはコーラル山でな」


 古風で気取ったような話し方だが、その少女がやるとどうしてか様になっている。

 時が止まったように、並んだ二人の女性を見ていたロウシンであったが。少女が喋りだしたことにより、我に返ることになる。


 ……言うなれば、そうーー。


「コーラル山のーーオーク達のいた洞窟、その牢になる」


 多量の冷や汗が、生じる程に。

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