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六話 ロウシンの非日常

 地面が砕け、土煙が舞う。

 衝撃の余波により、一部の天井や壁からポロポロと。細かい岩石や土砂が地面に降り注ぐ。


 もろに受ければ、大抵の人間ーーいや、生物が一溜りもない一撃。

 しかし、ブラッディオークの表情は晴れなかった。


「…………」


 やがて土煙が晴れ、明瞭になる視界。

 大地に突き立つ、己の腕。その真横に、ロウシン(そいつ)はいた。


「ふぅん、間近で見ると、やっぱり凄いものだねぇ。……僕の腕の何倍になるんだろう?」


 殺すつもりが、躱され、生きている。

 それだけでも業腹だというのに。あまつさえ、なんとそいつは、振り下ろされた己の腕をペタペタと無遠慮に触っているではないか。


 これには、さしものブラッディオークも怒りはどこへやら、暫し我を忘れて呆然としてしまう。


 --コイツハ、一体何ヲシテイル?


 予想もしていなかった反応。

 だが、すぐさま怒りが再燃し、ギリと歯を噛みしめる。


 振り下ろしていた腕を、そのまま横薙ぎに。

 手のひらをロウシンへと向け、握り潰さんと試みる。


「……よっと」


 だが、それも躱された。

 軽い声と共に、軽やかなバク転。

 ブラッディオークの巨大な手は、ただ空を掴むのみに終わる。


「……チョコマカト、逃ゲ足ダケハ早イヨウダナ、人間」

「ふふん、それはどうもありがとう」


 息一つ乱さず、余裕の笑みのロウシン。

 それが益々ブラッディオークを苛つかせる。

 そんな己の感情をぶつけるかのように、ブラッディオークは咆哮を上げた。


 右腕、左腕、両腕。

 右足、左足。

 全身で繰り出すタックル、落ちている岩石による投擲。


 体の部位、ありとあらゆる箇所を用いて。

 息をも吐かせない、連撃。

 しかし、それでも。それが続いているということは、対象が生きながらえていることを表し。


「……おっと?」


 その、全てにおいて手応えが無かったことは癪であったが。

 壁際に追い詰めた。


 ブラッディオークの怒涛の連打を全て躱したものの、しかし。

 背中が洞窟の壁についたことに気づき、振り返るロウシン。

 ニヤリ、とブラッディオークが口の端を吊り上げる。

 

 ……コレデ、終ワリダッ!!


 引き絞る、右腕。

 その剛腕が、唸りを上げてロウシンに迫るがーー彼の表情に、依然、焦りはなく。


「ほいっと!」


 飛び越える。

 ブラッディオークの赤い巨体を、軽々と。

 空中で一回転し、ブラッディオークの背後に、たんっ、と危なげなく着地。

 ほぼ同時に、洞窟の壁を破壊する、ブラッディオークの右腕。


「……貴様ッ、本当ニ昼ト同ジ人間カッ!?」


 いよいよ、ブラッディオークも認識を改めざるを得なかった。

 眼前の人間は、昼間の何もできなかった無様なゴミとは異なると。


「え? うーん……まあ、同じと言えば同じだけど」


 その、ブラッディオークの問いに。

 頭を掻き、これまでとは別種の困ったような笑みを浮かべるロウシン。

 その返答を、聞いているのか、いないのか。


「ソウカ、捕マッタノモワザト……オレ様ノ住処ヲ探ルタメカ?」


 勝手に推測を立てていくブラッディオーク。


「いやー、わざとではないんだけどね……」


 一応、ロウシンが律儀に返答してはみるものの。

 ぶつぶつと呟くブラッディオークに、その声は恐らく届いていない。

 それから少しして。ブラッディオークは顔を上げ、再びロウシンを睨んだ。


「認メテヤロウ。……確カニ、昼ハ貴様ノ演技ニ騙サレ、力量ヲ見誤ッタ」

「……あれ?」

「ダガ、ソレダケダ。オレ様ヲ倒セルト踏ンデ、捕マッタノハ愚カダッタナ」

「……うーん、ん?」

「思エバ、先程カラ避ケテバカリ。攻撃シテキテハドウダ?」

「……まあ、そだね。このままじゃあ、いつまで経っても終わらないからね」


 ブラッディオークの挑発。いや、本心かもしれないが。

 それに応じるように、ロウシンは剣を抜いた。


「はっ!」


 やったことは単純だった。近づいて、剣を一閃。

 だが、その速度は尋常ではない。


 ブラッディオークにも劣らず、一瞬で彼我の差を詰めての攻撃。

 ただのオークであれば反応すらできない速さ。


「……フンッ!」


 しかし、相手はその数段上にあたるモンスター、ブラッディオーク。

 しっかりと反応し、ロウシンの攻撃の軌道に合わせて腕を振ってきた。


 --ガァンッ!!


 洞窟内に反響する、鈍い音。

 直後、離れる二つの影。


「へえ、流石は推奨ランク6のモンスター。中々やるね」

「ハッ、ソンナ(なまくら)ガ、オレ様ニーーブラッディオークノ体ニ通ルト思ウナ」


 ブラッディオークが、余裕の表情を取り戻す。

 危なげなく反応したことも要因の一つだろうが、言葉通り、その赤色の肌には擦り傷一つついていない。


 それどころか、とロウシンは、己の手中にある剣を見下ろす。


 接触の寸前、ロウシンが咄嗟に衝撃を散らすように剣の軌道を変えたからよかったものの。

 まともにぶつかっていれば、この剣ではブラッディオークの破壊力に耐えきれずに粉砕されていただろう。


 とはいえ、未だなんとか形こそ保っているが、もうそう長くは使えまい。

 そう、冷静に自身の武器を観察するロウシンを前に。


「サテ、コレデ貴様ハ、オレ様ニ勝テナイ事ガ証明サレタワケダ。精々、全力デ無様ニ逃ゲ回レ。体力ガ尽キルマデ遊ンデヤル」


 ブラッディオークは、己の優位性を疑っていなかった。


「ソノ後ハ嬲リ殺シダ。コノオレ様ヲ、ココマデコケニシタノダ。楽ニハ殺サン」


 武器は、通じない。相手にできるのは、もはや逃げ続けることのみ。

 だが、いずれ体力は尽きるだろうし、そうでなくとも己の拳が捉えるかもしれない。

 そら、こちらは一撃でも当てれば致命傷。対してあちらは一撃どころか二撃、三撃と当てたところで、何の意味もなさない。


「--遊び、か」


 この糞生意気な人間はどんな悲鳴を上げるのか、とクツクツ笑い、想像していたブラッディオーク。

 その思考を引き戻したのは、正にその糞生意気な人間の、ポツリと零した一言だった。


「うん、確かに、君みたいなそこそこの大物相手は久々だったからね。つい、楽しくなってしまったよ」


 だけど、とロウシンは言葉をそこで切り。


「--遊びは、ここで終わりだよ」


 笑顔。今までとは異なる、どこか陰のある笑みだった。

 しかし、くだらないハッタリだ、と。ブラッディオークが鼻で笑おうとした、その瞬間。


 ズン、と重圧がのしかかった。

 けたたましく、脳が警鐘を鳴らす。


 思わず、後退った。

 後退ってから初めて、己の足が無意識に動いたことを理解した。


「確かに、()だとまだまだ勝てないとは思うけどーー」


 恐れたというのか?

 この上位の存在であるブラッディオークが、オレ様がーー人間相手に?


「--でも、まあ。ここはまだ、()領域(エリア)


 すぐ、真横から声。

 その姿を視界に捉えようと、振り向く。

 ブラッディオークの両眼が、これ以上ないほどに見開かれた。


 ーーだから悪いけど。

 ーー()の相手じゃあないね。



 --------


「ここかの? 件の、奥から降りてきたブラッディオークの根城やもしれぬ、という洞窟は?」

「……はい、可能性は高いかと。しかし、どうにも妙な感じがします」


 夜の帳が下り、夜空に輝く星々と月明かりのみが地上を照らす時間帯。

 山中にポッカリと口を開けた洞窟を前に、人影が二つ、立っていた。


 声は、双方共に女のもの。

 互いに軽く会話を交わした後、一つの人影が躊躇なく洞窟へと足を踏み入れる。

 慌ててその後ろに付き従う、もう一つの影。


「むう、酷い臭いじゃな。それに、何かの気配もなく、静か。……ふむ、灯りを頼む」

「はっ、ただいま」


 ぼぅっ、と人影を中心にして光が灯った。

 刹那、周囲に現れた光景は。


「これは、これは……」


 地面に倒れ伏す、オーク、オーク。

 寝ているのではない。ピクリとも動かない、骸。


 多数のそれに、感嘆の声を上げつつも。

 動揺した様子はなく、迷いなく声の主は歩を進める。

 それに続く人影もまた、無言で、しかし澱みない足取り。


「ほぅ、ブラッディオークまで。……しかも、死体にそれほど傷は見られない。まさか、一撃か?」

「……どうやら、そのようです」

「ふむ、あの村のギルドに所属する冒険者に、それ程の猛者が? そもそも、ランク6以上がいたか?」

「いえ、いなかったかと」

「だが……これは十中八九、人の手によるものだろう。仮に同レベルのモンスターに襲われたとして、死体がこれほど綺麗に残っているわけはない、違うか?」

「はい、恐らくは」


 人影は、しばしブラッディオークのその死体を見ていたが。

 周囲を見渡し、洞窟の更に奥に続く通路を発見。そちらに足を運ぶ。


「ここは……牢か?」


 一部が開いたーーいや、破壊されて穴は開いているが、木造の檻がそこにはあった。

 しかしやはり、人のーー生物の気配がない。


「どうやら、我々は無駄足だったようですね。戻られますか?」

「……いやーー」


 人影が、牢に入る。

 そして、何かに気づいたように歩を進め、屈んだ。


「これは……」


 牢の中に落ちていたのはーー緑色のキノコばかりがそこそこ詰められている、布袋。

 人影は、それを拾い上げて、しばしじっと見つめ。次いで、視線を巡らせて檻を見た。

 まるで、力付くでーー内側から破壊されたような、その檻を。


「何か、見つけられましたか?」

「うむ」


 そして、喜色に弾んだ声で、一言。


「これはもしかするとーー当たりを引いたかもしれぬ」

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