三話 領域保持者
――領域保持者。
そう呼ばれる者達が、この世界には存在する。
それは、特定の状況、あるいは条件下において、特殊な力を発揮することができる能力及びその使用者を指す言葉だ。
読んで字のごとく、領域を保持する者。
ただしこれは、誰もが持つ能力ではない。むしろ、大半の人間は持っていないのが現状だ。
だが、当然全くいないわけではなく。世界各地には有名どころがちょこちょこいたりする。
例えば、西方の強国であるレムリアの騎士団団長。彼は、騎馬を用いた戦いにあれば敵なしの馬上の領域保持者として、その勇名を馳せ。
例えば、北の海で悪名を轟かせる海賊団の頭である女海賊。彼女は、海上において何者にも手の付けられない暴れ者、船上の領域保持者として恐れられている。
その他にも高名な者はいるが――まあ、それはさておき。
仮に無名であったとしても、領域保持者というだけで、周囲からはまず確実に一目置かれる理由となる。
それが、領域保持者という存在なのだ。
さて、それではロウシンがその領域保持者かというと。本人にとっては甚だ不本意ながら、イエスであった。
いや、本来、領域保持者というのは、誇ることはあっても不本意に思うことなどない。
それは、領域保持者にとっても、またそうでない者達にとっても、一般の共通認識である。
領域保持者を羨み、憧れる者は多数存在するのが現実だ。
では、自身が領域保持者であることを不服とするロウシンの感性がずれているのかというと――そうでもあり、そうでもない、というところだろうか。
ロウシンとて、不本意に思いはしなかった。……その条件がまともであるなら。
馬上であれば、敵なし? 船上であれば、手の付けられない?
ああ、なんて単純で、容易な領域なことか。
自分とて、そんな程度の条件であるなら、喜び、また己に誇りを持てていたことだろう。
――だが、そうはならなかった。
ロウシンの能力の領域。それは――囚虜状態。
つまりは、囚われた状態でのみ、その真価が発揮される。
それが、ロウシン・バーンウィッスルという少年なのであった。
――――
……全く、どんなマゾヒストだよ。
それが、自身の領域に関してロウシンが思う、偽らざる本音である。
言うなれば、牢獄の領域保持者。力を発揮するには、囚われることが前提という、なんとも頭のおかしな領域。
仮に、十全にこの力を振るえる者がいるとすれば……それは恐らく自ら喜び勇んで囚われにいくような変態的思考の持ち主だろう。つまり、マゾヒスト。どエムだ。
そのような存在を全否定するわけではないが――しかし生憎、ロウシンはそんな思考、性癖の持ち主ではない。
囚われるのを是とするのには抵抗がある。
囚われて、力を発揮するか。囚われないで、力を発揮しないか。
つまりはその二択であり、必然、ロウシンは後者を選んだにすぎない。
だからロウシンは今まで、この力を――自身が領域保持者であることを、秘密にしてきた。
知られたくない秘密。もし、これが周囲――いや、世界に知られたら、どんな目で見られることだろう。
少なくとも。尊敬や憧れの目で見られることは、絶対にない。それは断言できる。
なにせ、他ならぬロウシン自身がそう思うのだ。むしろ下手したら、変態を見るような目で見られるのではないかと、戦々恐々とするぐらいである。
だからロウシンは、己が領域保持者であることを喧伝せず、隠してきた。
好んで領域を使うことなく、己の素の実力で冒険者として頑張ろうと、今までやってきた。
――自分から意図的には、誰にも話したことがない、秘密。
……だったというのに。
「くふふっ、まぁ領域保持者とはいえ、領域の範囲外だと、他の方と変わらないただの人ですからねぇ。しかも、ロウシンさんの領域だと……うぷぷっ!」
「…………」
隠してきたその秘密を、よりにもよってこの女性に知られてしまったのは、これまで、そしてこれからを含め恐らく、ロウシン・バーンウィッスル一生の不覚であろう。
眼前で含み笑いをするラーラを、ロウシンは憮然とした面持ちで見やる。
「そんな状況なんて、普通であればそうそう起こるものでもないですしねぇ……まぁ、だからこそ、ロウシンさんのそのレアな体質なのでしょうが」
――囚われ体質。
ラーラの言う、ロウシンのレアな体質だ。
そのまんま、囚われやすくなる体質である。囚われるような状況によく遭遇する、或いは巻き込まれると置き換えてもよい。
「……体質をレアって言われても、全然嬉しくないんですけど」
そもそも、何故ロウシンの秘密をラーラが知っているかというと。
かつて、ロウシンがラーラと共に、とある屋敷に囚われていたことがあるからだ。
もっとも、その時はラーラと知り合いだったわけではなく。元々ラーラ及びその他の人間が囚われていたところに、後からロウシンが囚われた形となる。
領域に入ったことで、ロウシンの能力が発揮。ロウシンがラーラと知り合い、話す仲となった――ラーラがロウシンに絡んでくるともいう――のは、その時からである。
先程同様、かまをかけられ。うっかりというか、ラーラの話術――かまにひっかかったロウシンが素直に、馬鹿正直に口を滑らせてしまったというだけの話。
ただ、領域保持者にとって一番の秘密――領域保持者としての能力は、なんとか口を割らずに死守することができたのは、僥倖というべきか、どうなのか。
「いえいえ、そんなご謙遜を……いやぁ、でも、確かにその体質が欲しいかと聞かれればぁ――即答でノーサンキューですねっ!」
「…………」
「と、まぁ、そんなことはおいといて。それでそれで、先程の質問には答えてくれないんですかぁ?」
「……ノーコメントで」
怒涛の捲し立てである。
中々ボロクソに言われたような気がしないでもないが、ロウシンはもはや慣れてしまった。
こういう時は、聞き流すのが一番。これ以上彼女に余計な情報を与えないためにも、ロウシンは、それじゃ、と片手を上げ、ラーラに背を向けて歩き出す。
「あらら、今日揶揄えるのはここまでかぁ。……じゃ、またねぇロウシンさん! お店の方もよろしくですぅ!」
そしてそんなロウシンの背中を、ごく自然のようにラーラは見送った。
これが、別段珍しくもない、二人のやりとり。二人の、距離だった。
ロウシンの背にかけられた声。
一瞬、よろしくしたくないですぅ、とでもラーラの声のトーンに寄せて返事しようかと思ったが、止めた。
一応、ラーラには世話になっている部分もあるからである。
それが、彼女の店――道具屋だ。利用しなければ生きていけないわけではないが、ロウシンの冒険者生活の助けになっているのも事実。
あとは、あれだ。
単純に、そんな声を出す自分を想像して、気持ち悪かった。