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異世界に召喚されたけど、その代償で召喚者が死んでしまいました

作者: インコ大佐
掲載日:2018/10/08

 テストが始まる5日前の夜。

 高校2年生の立川たちかわ真申まさるは机に向かって真面目に勉強していた。

 ラノベ、アニメは絶っている。

 その2つに傾倒している真申にとって苦行であった。

 しかし、真申のおこづかいの額は学校の成績で決まる。

 好成績をとるほどたくさんの新しいラノベを買えるのだ。

 そのため、真申の集中力は高かった。

 だから突然視界が切り替わっても、すぐにはそれに気づかなかった。

 あまりにも急な出来事に体は無意識に現状を保持しようとする。

 足に力が入って、空気椅子の状態になった。

 椅子に座っていたままの姿勢だ。

 当然1秒も保たずに真申は尻をもちをつく。

「つぁ、あ?なんだ?」

「ひゃ、ヒャハハハッ! ハヒャハハハハハハハハァッ!!」

 痛みでようやく真申は異常事態に気づく。

 すると前方から老人の嗄れた、されど大きい笑い声が聞こえた。

「は? は?」と真申が声を漏らしていると、次第にその声は苦悶の色を帯びていく。

「はヒャフッ……? ヒャ、ヒヤ……ヒャアアアアアアァァァァァァァァァァア!!」

「おい……なんなんだよ!? おいって!」

 そんな声の主に真申は問いかける。

 しかし、ついにその場には静寂が訪れた。

 真申の下には緻密に過ぎる電気回路のような模様の刻まれた低い台座。

 真申が向いている方。

 台座の下には杖を持ちローブに身を包んだ人型が倒れている。

 部屋の壁、床、天井の材料は嫌に光沢のある青い何か。

 よく見れば、そこにも濃い同色で模様があった。

 そこまで観察して、真申は何がなんだか分からなかった。

 読んだことがあるラノベに、似たような状況のものがある。

 だが実際に起こったら、どうすればいいのだろう。

 しかも保護してくれそうなものは倒れて動かない。

 今自分がどんな状況に置かれているのか。

 それが全くもって分からなかった。

「おい! 誰か説明しろよ!?……ていうか、あんただよ! なんだよ、どういうことだよ、意味わかんねえんだよッ! なぁ、おいって! 勝手に死んでんじゃねえよ、死んでねえんだろ!? 説明しろって、おい聞いてんのか!?」

 真申は立ち上がって、倒れ伏している人型に向かった。

 叫びながら、しゃがみこんで人型の肩を揺する。

 反応がなかったので、うつむけを仰向けにした。

 真申は殴ってでも、起こそうとしたのだ。

 しかし、それは結局やらずじまいになった。

「……っ、なんだよこれ……」

 ローブのフードから覗いた顔。

 それは眼窩が窪んで影ができ、体表からは水分という水分が吸い尽くされていた。

 最早、男だったのか女だったのかも分からない。

 ただ元は人と同じ容姿をしていたのではと推測はできた。

 それでもあまりにも生気がないせいで作り物めいている。

 これを見た真申が取り乱さないくらいだ。

「どうすんだよ……どうすれば」

 グロテスクなものを見ずに済んだのは幸運だろう。

 だが、唯一すがれる謎の人物は完全に死んでいた。

 真申が体を強く揺すっても反応はない。

 この不可思議な現象と同様の不思議なことが起きることを期待したが、そうはならなかった。

 死して動くなんてことにはならない。

 その時の真申は、ただ呆然するしかなかった。

 そんなことをしても何にもならないと分かってはいた。

 それでも暫く、感情を落ち着ける時間が必要だった。


 ・


「仕方ない」

 時計がないから、どれだけ経ったかは分からない。

 しかし少なくとも真申が空腹を自覚する時間。

 それだけかかって、真申は結論付けた。

(どうしようもないものはどうしようもないもない)

 この場合懸念しているのは、元の場所に戻ることである。

 しかし現状は何も分からずじまいだ。

 それなのに帰ることはできるのだろうか?

 真申が召喚されたくらいの奇跡が起きない限り、それは否である。

(だから帰るということは今はおいておこう。とりあえずは生きる方法を模索しないといけない。それが帰ることにもきっと繋がる)

 真申は、こう考えたわけだ。

 そうと決まれば行動あるのみである。

 真申は部屋を見回した。

 先程から存在は認知していたが、扉が目に入る。

 それは1つだけだ。

 他にめぼしいものはない。

 なので、真申は扉の先に進むことにした。

「特に何もない……か」

 別に扉の先に何もなかったわけではない。

 真申は扉を開けることで、何かが起きることを警戒していた。

「実験室……いや、研究室か?」

 安堵し部屋の様子を見ると先程とは変わって木材を基調としたものだった。

 棚や机に置かれた本やら紙束やらが目立つ。

 何に使うか分からない道具も少ないがあった。

 軽く部屋中を歩き回るが、それだけで分かりそうなことはない。

「……次だ」

 更に扉が1つあったので、真申は先に進む。

 扉を開けた先は廊下だった。

 少し先の正面に扉が。

 側面にも片側3つずつ扉があった。

 真申は扉の中を次々に調べていく。

 右側手前は真申が召喚された台座のようなものだけがある。

 他には作業場、薬品の保管庫。

 右側を調べ終わり、左手奥の扉を開ける。

 すると広がっていたのは生活空間だった。

 台所に、電気式ではなさそうな冷蔵庫、そしてベッド。

 壁にしきられていたが、トイレと風呂もある。

 ここの食べ物が真申にとって有害でないなら、暫くは生きていられるだろう。

 そんな設備だ。

「っし、勝つるか? とりあえずのところは生きれるよな!?」

 これを見つけたとき、真申はつい喜びに声をあげてしまった。

 しかし、すぐに冷静に戻る。

 異常事態の真っ只中であることにはかわりないのだ。

 他の左の部屋も調べ、廊下の先の扉を目指す。

 廊下の先の扉の向こうは、端が分からないほど広かった。

 物がところせましに置かれているので、倉庫のようだ。

 天井は高く、真申は歩き回ってみるが一向に探索しきれる気が湧かなかった。

 迷っても困るので、30分くらいで真申は探索を切り上げる。

 探してみた限りは、どこにも外に直通するところはない。

「台座だけの部屋が怪しいよな……」

 転移陣とか、そういうものであれば外と行き来できる可能性が高い。

 真申はそのように考えていた。

「まあ、外に行けたところで……ってとこだが」

 どこに繋がっているかも分からない。

 人と会えても友好的に接触できるとは限らないのだ。

 であるなら、今はまだ中に引きこもる方がいいかもしれない。

 そもそも、使い方すら真申にはわからないのだが。

「ん~、どうしよっかねえ。資料とか読みたくはあるけど、文字なんて全く分からなかったし……作業場も下手に機材に触れるとな……。っ……」

 改めて考えると真申は泣きそうになってしまう。

 状況はあまりにも絶望的だ。

 ラノベとかでは、こういうとき不思議な力で文字が読めたりした。

 もしくは都合のいい展開で生活が保証される。

 無敵の力があったり、良い人がめんどうをみてくれたりだ。

 しかし、真申にはそれはない。

 生活環境はおそらく問題ないだろう。

 だが圧倒的に一人である。

 もしかしたら、誰か来るかもしれないので悲観するには早いかもしれない。

 だが今が大丈夫でなければ、どうして希望なんて持てるのだろう。

「……休むか」

 真申は絞り出すように呟く。

 歩き回って疲れたというのもあるが、それ異常に精神が疲れていた。

 何かする度にどうしようもないことを発見するくらいなら、今は……。

 そうして真申は適当に食べて腹を膨れさせると、ベッドで死んだように横になった。

 5日

 早いようで、長い時間。

 それが真申が再起するために必要とした休養期間である。


 ・


「まずは不思議な力がなんなのかだな……」

 再起の意を決した真申は昨日の様子が嘘のように、熱心になっていた。

 無論、虚勢である。

 それでも、虚勢を張れるだけ真申の調子は回復していた。

 不快な胃の重みは残っているものの、それに押し潰されることはない。

 絶望で心が再起不能にならなければ、どうとでもなかった。

 逆に言えば、今日まで真申は再起不能になってもおかしくなかった。

 時間は偉大だと、真申は思う。

「とりあえずはその事を魔法と呼称することにしよう」

 自身を召喚したり、各部屋の設備や灯りにまでも利用されている節がある。

 そんな不思議な力だ。

 魔法と呼んで差し支えないだろう。

「ただ調べようにも資料は読めん。基礎中の基礎は独力だけで何とかするしかないか……」

 そこが問題だった。

 真申がいる施設の設備は下手に触れられない。

 何が起こるか分からないからだ。

 その危険を冒して挑戦してこその発見もあるかもしれない。

 しかし何の見通しもないまま行動に移るのは真申には悪手としか思えなかった。

 最低限の知識と技術は本当に自分だけで習得する必要がある。

「かといって、力を感じるということもないんだよなぁ……でも、とにかくはその方向で試してみるしかないか」

 魔法の源となる力は意思だけでどうこうできるものなのか?

 そもそもの疑問はあったが、真申はそういうものだと仮定した。

 心の内に感覚を広げてみたり、逆に体外に意識を集中してみたりする。

 それは瞑想のような行いだった。

 非常に長い体感時間を経て1日が過ぎる。

 しかし偶々気づかなかっただけかもしれない。

 続けて2日経ち、3日、4日。

 5日目になって、ようやく真申は瞑想を止めた。

 結局何も発見はなかった。

 しかし集中力はついた。

 心の状態もだいぶ落ち着いてきている。

 だから瞑想によって過ぎた4日を、真申は決して無駄だとは思わなかった。

 心の調子が悪くないのだ。

 だが代わりに、ずっとベッドの上にいた肉体が鈍っていた。

 瞑想期間の前にも休養を取っている。

 その間、ほとんど動かない生活をしていたからだ。

「ちょっと歩くか」

 走らないのは、激しい運動が危険そうだから。

 ベッドから降りると真申は体ごと沈む感覚に襲われた。

 そのまま床に倒れる。

 幸い怪我はしていないし、すぐに起き上がれた。

 しかし、それくらいに真申の体は鈍っていた。

「ちょっとリハビリするか……?」

 実際そうでもしないとまともに動けそうにない。

 2日ほど居住空間で軽い運動をする。

 そして多少調子を取り戻してから、真申は倉庫を散策することにした。

 未だ動きが鈍いので、リハビリの一環である。

 迷わないように地図をとり、ちぎった紙を床においた。

 どちらも倉庫の入口近くにあった白紙の山を利用している。

 無風なので飛びはしないだろう。

 倉庫を歩いていると、うず高く積まれた木箱や、扉つきの箱をいくつも見かけた。

 それらの中には食料が入っているものもある。

 つまりは冷蔵庫だ。

 とは言っても、正確には食料を冷蔵しているわけではないようだった。

 扉を閉めているときだけ、時間を止めているようなのだ。

 居住空間のものもそうだ。

「居住空間にまだ貯蓄はあったが……」

 それでも、いつかは切らしてしまう。

 真申は地図上に食料の位置を記しておくことにした。

 他にも気になったものは、メモしておく。

「汚い文字だな……」

 下に平らなものを引かず、同じ紙を百枚くらい重ねているだけだ。

 当然書くときの紙面は曲がり、元々汚い真申の字は更に汚くなる。

「まあいいや……読めるしって、おお?」

 なんとか解読可能だと判断した真申は、少し先に妙なものを見つけた。

 今までほとんどのものが木箱におさめられていたのに、それは違う。

 真申の身長の2倍はある巨大な球が剥き出しで置かれていた。

 紫に神々しく輝くそれは、球面に沿ったいくつもの細い金属棒で支えられている。

 一番下は台座になっていて、支える棒はそこから伸びていた。

「なんだこれ……? 力……これが魔法の源なのか?」

 ついそう呟いてしまうほど真申は不思議な感覚に襲われていた。

 触れてもいない。

 なのに得体の知れない何かを感じる。

 これが魔法に関わるものなのだと真申は思った。

 魔法は不思議な現象だ。

 そして、この球からは不思議な力を感じる。

 どうして感じられるかは分からない。

 だが、その二つに関連があると考えても、おかしなところはないだろう。

 不用意に近づくのは危険であるが、無意識に真申は動いていた。

 この状況を打開する希望を見つけて、調子に乗ってしまったのだ。

 もっと色々と調べてからでもよかった。

 けれど、一度してしまったことに取り返しはつかない。

 とはいえ、これによりただちに真申に悪影響が出ることはなかった。

 むしろ逆だった。

 強大な力に当てられた真申は、魔法の源たる魔力を感じる能力に覚醒したのだ。

 完全なものではない。

 今まで分からなかったものが、なんとなく違和感として気にかかる程度。

 実用段階には全く達していない。

 だが、状況を打開する可能性がある手であるのは確かだ。

 真申は図らずしも、魔法研究の第一関門を突破することとなった。


 ・


「魔法の本質とは意思による物質の操作と見つけたり」

 もう一体何日経ったのか。

 それが分からなくなるくらい魔法の研究を真申は続けた。

 魔力感知能力を磨き、どうにか魔力を操作できないかと試行錯誤した。

 元の世界では全く経験のなかったことであるから、それはそれは難しいことである。

 体の動かし方を一回完全に忘れてから、もう一度動けるようにするのと同じようなものだ。

 それでも真申は成し遂げた。

 やりきれなくて1日ベッドの上で過ごした日もあった。

 どうしようもなくて発狂したことも。

 物に当たった回数なんて最早数えきれるものではない。

 けれど真申は自身の精神状態をきちんと把握していた。

 やればできるという、か細い希望だけにすがって休むときは休んだ。

 とにかく無理をしないように努めたのだ。

 意味不明が過ぎるのに、たった一人で頑張るしかない。

 そんな状況を切り抜けるには、一度でも壊れてはダメだと真申は確信していた。

 とにかくやらなければどうにもならない。

 それなのに精神を病んでしまっては出来るものも出来なくなる。

 その考えが功をそうして、真申はついに見つけたのだ。

 魔法の性質を。

 魔力を浸した物質を意思一つで自由自在に操れるという特性を。

「かといって、それでは出来ることに限りがある。所詮人間の思考能力に依存するんだ。魔力量によっては大したことはできるが、単純なことしかできない。なるほど……そのための模様だったのか、あれは」

 電子回路みたいなものだと、真申は思った。

 人の意思にある魔力の操作権能を模し、それで複雑な回路を作っていたのだろう。

 そうすれば人の思考では至れない事象も魔力で再現できる。

 真申が試してみた限り、物理現象を越える事象は起こせなかった。

 しかしだ。

 魔力存在はそもそも物理現象だろうか?

 意思で魔力を操作できる要因に関しても疑問が残る。

 謎の屍は真申を別世界(同世界にしても別位置)に瞬間移動して見せた。

 地球で暮らしたという記憶をもつ人形を作成した、という可能性はある。

 ただ、そのような事を考えてはきりがないだろう。

 何より、真申がそうであってほしくない。

 それは私欲が入った、理論的な考えではなかった。

 だが、それでも魔法には物理法則で説明がつかないことがある。

 真申はそう思うことにした。

 であるなら。

「非常に素晴らしいんじゃないか……?異世界」

 真申は自他共に認めるラノベ、アニメオタクである。

 これまでは不安や絶望の方が大きかったから、鳴りを潜めていた。

 しかし環境に慣れればこんなものである。

 精神を安定させるため、家族などのことを考えないようにしていたのも大きいだろう。

 真申は知るよしもない。

 だが実を言えば、地球時間で300日は時が過ぎている。

 その間、魔法には意識を向け続けてきたのだ。

 所詮、人間。

 トラウマでもないのに、そこまで記憶を強く保持することはできなかった。

 思い出そうとすれば、大体は思い出せるだろう。

 だが、日常に思考で意識下に上がることはない。

 300日というのは短いようで長い。

 その時間を極限に近しい状況で過ごした真申は、振りきれていた。

 それが良いか悪いかで言えば、良かったと断言できる。

 魔法の性質を確かめるなんて序の口にすぎなかったからだ。

 本題は仮称・術式。

 この仕組みを解明し、応用できるようにならなければならない。

 なのに、それについて書かれているだろう書物は読めない。

 何が意志の代わりを果たしているのか分からない。

 だからといって一から術式を編纂しようにも、取っ掛かりしかつかめない始末。

 下手な覚悟で挑んでいれば、容易に心は砕かれただろう。

 それを避けるように真申は、情熱を燃やした。

 最初は帰る方法を模索すること。

 ラノベやアニメで描かれる力を再現することを目的としていた。

 だが、その根拠はあやふやになる。

 情熱は執念に変わった。

 それくらいに術式の道は険しく、希望のないものであった。


 ・


「あ……食糧尽きた?」

 熱中するときは寝る間も惜しみ、寝るときは一日中でも眠り続ける。

 あの日から真申の人生は全て術式研究のためにあった。

 仮定し、調べ、成果を得られず、また同じことの繰り返し。

 成功は全ての偶然の産物だ。

 失敗例をひたすらに記録していたら、運良く成功に当たった。

 真申としては、何億つぎ込んでも当たらないガチャを引き続ける気分だった。

 それでも最近、ようやく全ての文字の解読が終わった。

 その折の出来事である。

 何があったのかは、そのままだ。

 食糧が尽きた。

 倉庫に何もないのは確定している。

 何故なら最初から食糧だったものはとうに尽きているからだ。

 ここ暫くを食いつないでいたのは、真申が作った謎食糧である。

 成分的に問題がなかったから、食べられる形に加工した。

 それだけのもの。

 味はまっとうなものではないが、生きられはする。

 真申にとっては、それで十分だった。

 しかし材料すらなくなってしまっては、まずいことになる。

 まだ人体を弄れる域には達していない。

 召喚者は人間を止め、生命機能の多くを魔力に依存していたらしい。

 だから召喚の代償で死んでしまったのだと真申は思ってる。

 召喚の際、魔力が全ての地球側に流れた。

 魔力のないところであるから、勢いが急激だったのだろう。

 体内の魔力を絞り尽くされた召喚者は、そのために生命機能を維持できなかった。

 おそらく召喚者は繋がる先に魔力があると思い込んでいたに違いない。

「そんなポカはあったが……便利は便利だ」

 生命維持に魔力しか必要しないと、まず食べなくても良い。

 よって排出はしない。

 代謝もないから汚くなりにくい。

 術式を介した魔法、魔術による肉体再生も非常に効きやすい。

 活動限界はあるが、疲労という意味ではない。

 極論、睡眠を必要としないのだ。

 できる範囲でなら、いくらでも動き続けられる。

 言ってしまえば、不老だ。

 死なない限り、死なない。

「生物というか、もはや道具に近いが……それでも素晴らしい」

 たどり着くべき到達点。

 まだ見ぬ憧憬に恋い焦がれて……。

 真申はそんな場合ではないと気づいた。

 今までずっと籠っていたが、外に出る手段は確保している。

 廊下側面の台座の部屋だ。

 書物情報から調査は済んでおり、転移装置だと分かっている。

 修復、作成は無理だが、起動だけならなんとかなる。

「倉庫に袋はあったはずだ。大量にはいるやつ……どこだ?」

 真申は魔術を使う。

 効果は探査。

 補助なしの思考だけでできる程度のものだ。

 魔力で物質を操作する際に、その動きを把握できるという性質を利用している。

 条件を術式に設定できるので、脳内に送られる情報は制限できた。

 動作反応の感覚制御というのは、おそらく物理法則に則っていない。

 魔力には魔力の法則がある。

 だが、同時に物理法則も働いているのは確かなようだった。

 そのあたりを真申は完全に理解できていない。

 だが、この程度なら造作もなかった。

 目的のものはすぐ見つかる。

 何故なら、一度の探査で住居全てを範囲におさめたからだ。

 真申の魔力量は大きかった。

 書物情報によると、故にこそ召喚されてしまったらしい。

 この事は幸か不幸か。

 真申にとって、どうでもよかった、

 あれば便利だが、なくても外部から補強できる。

 召喚者には及ばないが、真申の魔術の腕はかなりのものだ。

「っし、行くか」

 必要なものを揃えた真申は転移部屋に踏み込んだ。

 そして躊躇いもなく、転移陣を起動させる。

 今まで何故利用しなかったのか疑うほどだ。

 真申には既に感慨のようなものを感じる人間性は残ってなかった。


 ・


 転移陣の行き先は暗い洞窟だった。

 魔術で光源を出して進むと、道を阻む結界が現れる。

 ただ、脇に術式の刻まれた台座があった。

 少し調べ、構造に沿うように丁寧に魔力を流す。

 すると結界は解除された。

 洞窟の外には生い茂った木々が広がる。

 その光景に近づいて呆けていると、いつのまにか結界は修復されていた。

 外からは周囲と同じ岩肌にしか見えない。

「開けたときもだが魔力を感じない……流石だな」

 改めて真申は召喚者の凄さを思い知る。

 つまらないポカで死んだものの、その頭は人間離れしていた。

 実際に人間を止めていたくらいだ。

 魔術について神の如き叡知を持っていたのは間違いない。

「……ん?ちょっと待て、これどうやって戻るんだ?」

 感心して間もなく、真申は重要なことに気づいた。

 全力で魔力感知に集中する。

 しかし反応はない。

 各種、探査魔術も試した。

 これも反応なし。

「く……なんだ、この高過ぎる隠匿性は……っ」

 様々なアプローチをかけたが、結局結界を解くことは不可能だった。

 直接的に破壊すらできなかったのである。

 方法は書物にも記されていなかった。

 全ては召喚者の頭の中にのみ、あったのだろう。

「あ、あぁ!?……い、いや待て。焦るようなことじゃない。確かに中の書物や機材や素材は貴重だ。そんな言葉じゃ足らないくらいには、何者にも変えがたい。しかしだ……なくなったわけじゃない。今は食糧だ。生きる方針が立てば、どうにでもなる。神に近い叡知も所詮は元人間の産物だ。基礎は押さえた。あとは自分で何とかすればいい」

 時間が有限であれば本気で焦りもした。

 最悪自殺も考えたかもしれない。

 だが、真申は時間を無限にする方法を知っている。

 理論は理解できなくとも、暗唱できるくらいには読み込んだ。

「まずは狩りだ。人里があれば生活が楽か?」

 文字は分かるが、召喚者が暗号のつもりで使っていたものかもしれない。

 そうでなくとも発音が分からないので、言葉を交わせる気はしなかった。

 しかし魔術には思念による意思疏通を可能とするものがある。

 問題は文化がどの程度まで発展しているかだ。

「中世くらいの方がむしろ楽だな。近代化してたら身分がめんどくさい」

 法律による規制もある。

 近代化していたら、逆に楽にはならないだろう。

「なるようになれだ」

 それでも、真申は流れに身を任せるしかなかった。

 召喚者は魔術馬鹿で、世俗に関する資料は一つも残していなかった。

 そもそも人がいるかどうかも怪しい。

 屍が人型だから、召喚者と自分が同じような種族だと判断しただけだ。

 召喚者は高い知性を持つだけの、数が少ない生き物かもしれない。

「あれは……狼?多分、食えるか……どちらにせよ加工すればいいか」

 望みとしては、中世くらいの小さな人里。

 それが見つかればいいと、森を飛翔していた真申は生き物を発見した。

 黒い毛と三角耳を持つ四足獣だ。

 防御魔術を張り巡らせて、とりあえず近づいてみる。

 真申はむやみやたらに殺しまくるつもりはなかった。

 袋に内部停止の機能はついていない。

 なので下手に殺しまくったところで、対処に困る。

 長らく研究しかしてこなかった真申だが、多少の常識は残っていた。

 環境はあまり破壊するものではないだろう。

「ルゥウウウウウ」

 そう唸った狼は警戒するように後退りして、最後に逃げた。

 真申は狼の体内に魔力を感じていた。

 魔術行使の際の漏れを感じ取って、双方の実力差に狼は気づいたのだろう。

「普通の獣でも、魔力を扱うのかね」

 魔力がなければ、真申は弱い人間だ。

 あの狼が特別弱い肉体でない限り、逃げられる理由が見当たらない。

「襲いかかってこないのを、一方的に殺すのもな……探索ついでにどうせたくさん遭遇するだろ。そんなかで最初に先制攻撃してきたやつを食べることにしよう」

 そんな考えで飛翔を続けていたら、集落のようなものを見つけた。

 草木で作られた住居は原始的すぎる。

 井戸のようなものも見当たらない。

 汚物の処理もまともにしていないようで、ひどい臭いと景観だった。

「流石にこれは……」

 文明どころか、原始人レベルなのか?

 そのような疑問を感じるほどの光景だった。

「緑?人間ではないのか?」

 多くの者が出払っているような静けさだ。

 しかし今、森から4体の集団が集落に帰還してきた。

 人型ではあるものの、背が小さい。

 顔は醜悪で、何より肌が緑色だ。

 よくよく瞳を見てみれば、黄色一色で不気味だった。

「ぎゃぎゃっ、ぎゃあ!ぎゃぎゃぎゃごッ!」

 集落の上空にいる真申に気づいた彼らは騒ぎ出す。

 さっぱり言葉が分からないどころか、真申は同じ発音が多いように感じた。

 言葉ではなく、むしろ鳴き声に近しい。

 住居で雨風を凌ぐ知性はあるようだが、あまり高くはないようだ。

 暫く様子を見ていると、続々と同じ姿形をした者達が集まってきた。

「ガガガガガガガガガガッ」

 と騒ぎが絶えることなく続き、もはや騒音だ。

 それでも魔術を駆使して真申は聞き分ける。

 だが仲間内で叫びあってるものと、威嚇するように短く声をあげるものしかない。

 具体的な対応を話し合ってるわけでもないようだ。

 ただ騒いでるだけ。

「知性の高さからして、友好関係を築くのは難しそうだな」

 襲われないし、このまま騒がせるのも悪い。

 去るか。

 そう真申が考えたとき、石がどこからともなく飛んできた。

 投げ慣れてるのか、それなりに高い位置にいる真申のところまで届く。

 しかし防御魔術に弾かれた。

 このくらいで気を悪くする真申ではない。

 相手の知性を考えれば、反応を見ようとしただけなのだろう。

 人間だって、良く分からないものが動かないでいたらやるかもしれない。

 ただ、そこからが問題だった。

 次々と石が投げつけられたのだ。

 騒ぎ声は驚きによるものではなく、笑い声に様変わりしていった。

 時には罵声のようなものも入る。

 落ちた石が下の者に当たるのだから当然だ。

「あー……種族的に邪悪とかそんなんか?」

 それとも楽しい遊戯だと判断した?

 まあ、どちらにしろ被害はない。

 自分が来たことで引き起こされたのだから、むしろ悪い気さえした。

 さっさと移動して森を進む。

 すると少しして、新たに集落へと向かう集団を確認した。

 緑肌で小柄。

 しかし違う者もいる。

 多数の裂傷から滲み出た血やアザで分かりにくいが、白い肌をしていた。

 破けてはいるが服も着ている。

 背が高くて、2体がかりで担がれていた。

「お、人間っぽいな。服からしてそこそこ文明レベルがありそうだし」

 小柄な緑肌は、ぼろ布を纏っているだけだ。

 というか布でないかもしれない。

 草木から身を守るために毛皮か何かを被っているのかもしれないと真申は思った。

 それに比べれば、運ばれてる種族の方が交渉の余地がありそうである。

 弱肉強食の一環なのだから、邪魔するのはどうかと思う。

 だが真申は自分を優先することにした。

 これも弱肉強食だ。

 小柄な緑肌が弱く、真申が強かっただけの話。

「燃やすのは効率が良いが環境破壊になるよな……そもそも人間っぽい方は傷つけられないし、奇襲は前提として、だ」

 色々考えて真申は小柄の緑肌に直接干渉することにした。

 効率は悪いが、如何様にもできる。

 普通は不可能だが、圧倒的な魔力差があれば例外であった。

 多量の魔力を放出した真申は、緑肌の体内をぐちゃぐちゃにする。

 一瞬だから痛みはなかっただろう。

 側に変化はなかったが、緑肌は唐突に転倒した。

 既に近づいていた真申は人間っぽいのを落ちる前に抱えあげる。

 間近で見れば、外国人そのままのような姿形をしていた。

 胸部の膨らみもあるし、おそらく女性だろう。

 とりあえず魔術で回復させる。

 瞬時に全快は出来ないが、止血程度なら可能だった。

 道具さえあれば真申にももっと高位の魔術が使える。

 ただ残念ながら、持ち合わせに回復を補助するものはない

「っ……あ」

 幸運にもそれだけで、彼女は意識を回復させた。

 暫く呆けていたが、唐突にわめき出す。

 恐ろしい目にあっただろうことは、容易に想像できる。

 言葉は当然のように理解できない。

 なので真申は彼女は抱えあげたまま、周囲の光景を見せた。

 そこには外傷がないまま、倒れ伏している緑肌達がいる。

「あっ……ぅ、あああぁ……うああああああああああああああ!」

 それで彼女は涙を流し、一応は大人しくなった。

 大声を出すので、集落の連中にばれてはめんどくさい。

 移動しながら、真申は彼女が泣き止むのを待った。


 ・


 大人しくなった女性に念話を使う。

 戸惑っていた彼女だが、魔術の話をすると納得したようだった。

 聞くと魔術はあまり一般的ではないらしい。

 魔法が主流で、魔道具に術式を刻むくらい。

 それも彼女が住んでいるような村では、人伝てに聞いた噂話のようなものらしい。

 信憑性が低いわけではないが、詳細は分からないそうだ。

 とりあえず真申のことは他国から亡命してきた凄腕ということにしておいた。

 冤罪をきせられ、国にいられなくなった。

 研究職をしていたので、あまり情勢に詳しくない。

 そう伝えると、半分も理解されなかったが、納得はしてくれたようだ。

 空を飛ぶ。

 小柄な緑肌を圧倒した。

 彼女にとっては、これが重要な事実のようだ。

 なんか凄い人として認識された。

 あまり警戒はされていない。

 住む場所が欲しいので、村との仲介を頼む。

 すると二つ返事で了承された。

 これは村の気風なのだろうか。

 それなら楽だが、そうはいかんだろうと真申は考える。

 命を助けてもらったのと、本人の性格が混じりあった結果、無警戒なだけだ。

 話を聞くに、文明レベルは高くなさそうである。

 それなら余所者に厳しくされてもおかしくはない。

 基盤が整うまで、少し苦労することになるだろう。

 それを少しでも楽にするために、彼女とは仲良くしておくことにした。

『どうして、奴らに拐われてたんだ?』

『男しかいない種族だから、他種族の女を拐って孕ませるの。死んで孕めなくなったら、食われるわ。国の騎士様達が定期的に討伐してくださるけど、今回は運が悪くて村の近くに巣を構えられたみたい。それで森で採取してるところを襲われたの』

『なるほど。拐われたのはあなただけか?』

「ニーエル」

『それが私の名前』

 ニーエルは名前のときだけ口に出した。

 日本語とは発音が違う。

 独り言で日本語を使い続ける真申には聞き慣れなかった。

 正確に聞き取れなかったかもしれない。

 だが言い直されたところでどうせ分からないので、感じだけ覚えておくことにした。

「タチカワ」

『俺の名前はそれだ。それで?』

『他に拐われたとかは聞かないわ。奴らは他種族で女なら、何でも孕ませられるから。たまたま少し遠出した集団に私は運悪く遭遇してしまっただだけ……だけっていうようなことではなかったけれど』

『あの集落は潰したほうが喜ばれるか?』

『それはもちろん!』

『じゃあニーエルを届けてから潰そう。後処理は?』

『……? まあ、火葬が一番だけど、手間なら村の連中にやらせるわ』

 ニュアンスが火葬と伝わったことに、真申は違和感を覚えた。

 生物は皆平等的な教義だろうか?

 それとも死体を放置すると、悪いことが起きるのだろうか。

 突然黙った真申にニーエルは首をかしげるだけで説明する気配はない。

 多分、あまりにも常識的な何かがあるのだろう。

 そもそもそんな質問をすることに不可解さを感じているようでもあった。

 知らない言い訳が思い浮かばなかったので、真申は放置案件にした。

 そのうち知る機会もあるだろう。

 とにかくそういうことであればと、緑肌の死体は燃やしておいた。

 結界で囲めば、森に飛び火することもない。

『じゃあ、適当に飛んでるから。見覚えがあるものを見つけたら教えてくれ』

『分かった、よろしくお願いするわ。本当に助けてくれて、ありがとうね』

『ああ。その恩義に十分報いてくれよ』

『……ふふっ、正直すぎでしょ』

 あまり意識したことではなかったが、笑いがとれた。

 真申は友好関係を築けたことに満足しながら、森の上を飛び続けた。


 ・


 村に着いたが良い顔はされなかった。

 ニーエルの説得で、表面上は滞在の許可は貰えはした。

 しかし疑わしきは罰せよ精神で、寝首をかかれそうである。

『何しても無駄だと思うから。仲良くしような』

『……っ!』

 念話で村長だという男に忠告し、夜を迎える。

 信用されるまでは、寝首をかかれない方がおかしいと真申は考えていた。

 寝床として提供された馬小屋の藁に寝転がる。

 それから持続防御魔術と探査警戒魔術を仕掛けておいた。

 その夜は何事もなく過ぎた。

 探査警戒魔術は借りた寝床の一定範囲で魔力を識別する。

 虫程度では反応しないが、人間が侵入すれば真申にそれを知らせる仕組みだ。

 これに反応がなかったので、とりあえずは様子を見たのだろう。

 起きたとき矢などが周囲に落ちてなかったので、遠距離攻撃もされていない。

 朝起きた真申は村長のところに行った。

 そして念話でこう伝える。

『望みを言ってくれ。一泊の恩だ。出来ることなら一つだけやろう』

『……土を耕してくれ。あっちだ』

 不審気にしながらも、村長は真申を目的地へと案内した。

『どこまでをだ?』

『杭に囲まれてる範囲だ』

『柔らかくすれば良いんだな』

『ああ』

『お安い御用だ』

 次の瞬間、固い土はふかふかになり体積を大きく増していた。

「あっ、おああああああああぁああ!?」

 驚きのあまりに村長は叫びながら尻もちをつく。

 信じられないものを見た、という目だった。

 墓穴を掘って、化け物のようには見られたくない。

『今日の飯と、宿を頼んだぞ。できれば室内が良い』

『あ、ぁ……はい。分かりました……』

 それだけ言って、真申は去った。

 森に行き、木々から魔術で紙を作り出す。

 上質なのは無理だが、書き留めるだけなら問題なかった。

 適当な石から机と鉛筆も作り、研究を始める。

 とりあえずは覚えていることを忘れないうちに記録しておいた。

 それだけで一日が潰れる。

 その夜の寝床は馬小屋ではなく、室内だった。

 村長宅の一室のようだ。

 きちんと寝台があり、昨日よりはましだった。

『今日は?』

『壊れた道具を修復していただければと……』

『金属製だと完全にはいかないかもな』

 真申が想像したのは、刀剣の類いだ。

 大体の形は魔術でどうにかなるが、鋭さや工夫された形状までは戻せない。

 しかし、そんな心配は無用だった。

 多くが鋭さを必要としておらず、形も歪だったからだ。

 むしろ素人の真申が整形した方が綺麗だった。

『では、今日も頼む』

『かしこまりました』

 たった二日で、村長の態度は随分と変わった。

 その日は、不老体についてひたすら考えを巡らせる。

 そして次の日だ。

『村一番の器量良しです。雑事にお使いください』

『そうか』

 そう言って紹介されたのは、ニーエルだった。

 言われてみれば、美人であった。

 そうでないと気づかないほど微妙というわけではない。

 単純な話で、真申は興味がなかっただけだ。

 美醜感覚が同じなのか。

 そんなことを考える真申に、ニーエルは言った。

『あの……集落は潰したの……いえ、潰していただけましたか?』

「あ」

 素で忘れていた真申に、ニーエルは呆然とした。

『なんの話でしょうか?』

 念話は個別で繋いでいる。

 ニーエルが何を伝えたのか分からない村長に、真申は大まかな事情を話した。

『そうですか。しかし焦ることもないでしょう。奴らは貧弱、村の男共でもどうにかなります。それよりもタチカワ様にはーー』

「regyu,ibua arakaaia weriakaii!!」

 村長の様子から何を伝えてるのか察したのだろう。

 なにか良く分からないことをニーエルが叫ぶが、村長は取り合わなかった。

『怪我を負ったものがおります。このまま働けないのでは困りますので、そちらを治していただけますか?』

 この村で一番偉いのは村長だ。

 真申は彼の言を聞いておいた。


 ・


 思考だけでは単純な魔術しかできない。

 しかし術式を刻めば別だった。

 術式の源となるのは魔力である。

 よって普通術式を刻む場合、結晶化した魔力を塗料にしたものを使う。

 だが、そんなものを使えば採算が合わない。

 なので真申は許可をとって、床に昨日の鉛筆で術式を書いた。

 それを目印に術式を構築すれば、魔力塗料を使わずにより精密な魔術が使える。

 これにより負傷者を真申は癒した。

 3人だけなので、全員治す。

 それから真申は村長宅に戻った。

 一室を貸し与えられたので、そこで研究をするつもりなのだ。

「rekri,inndabha!」

 その道中で真申の背後にいたニーエルは叫んだ。

 念話を繋げる。

『お願いします!あの集落を潰してくださいっ』

『しかしだな……無償で助けてつけあがられると困るんだ』

 つい先程の話を忘れることは流石になかった。

 それでも研究を優先しようとしたのは、そういうことだ。

 むやみやたらに頼まれると、貴重な時間が削られる。

 有用性を示すためとはいえ、ただでさえ対価に似合わない仕事をしているのだ。

 真申は明日辺りから、願いを聞くのを20日に一度にしようと思っていた。

 その交渉で手間取りたくない。

 あれほどの有用性を示したのだから、強硬にいったところで失敗しないだろう。

 それでも不安はある。

 できるだけ慎重策をとりたかった。

『村長は軽視しているけど、あの数だとそのうち襲撃してきてもおかしくありません!多分勝てなくはないんです!だけど、それまでに一体どれだけの犠牲が出るか……女が拐われたら、もう目も当てられないことに……』

『いやー、しかし村長が願うとは思えないしな』

 もう一日多く願いを聞いたところで、村長は他の事を望む気がする。

 その上、願いを20日に一度にしようというのだ。

 きっと優先度の高いことが、何かしらあるだろう。

『なら、私個人からのお願いです!どうか!』

『対価は?』

『…………絶対服従。何でも……します』

『そうか……』

 かなりの覚悟を決めたような顔だった。

 そんな真剣にされては、真申も困ってしまう。

 正直言えば、集落を滅ぼすことなんて片手間でできるのだ。

『まあ、いいや。じゃあ、それで手を打とう。ニーエルの献身で、村の女性の貞操は守られた。ニーエル何て素晴らしいんだ、ありがとうニーエル……そういうことだ。全ては俺のおかげではなく、ニーエルのおかげ。そういうことにする』

『ありがとう……ございます』

『だが、やるのは夜だな。一網打尽にしないとめんどくさい』

 その日の日中は結局、研究をして過ごした。

 召喚者の文字が共通言語か確かめたかったが、そもそもニーエルは文字が読めないらしい。

 そして夜。

 集落を結界で囲んだ上で、真申は内部を燃やしつくした。

 最初からこうすれば、そもそも後処理とか関係なかった。

 そんな風に思いながら、燃え盛る炎を真申は感慨なく眺めていた。


 ・


 雑事をこなす係として、ニーエルは村長から派遣された。

 しかし緑肌の集落の件で、ニーエルは真申の所有物のように扱われることとなった。

 絶対服従について、真申もニーエルも一度限りのつもりだった。

 ただ話を聞いた村人はこう思ったようだ。

 ニーエルは奴隷となる代わりに村に安寧をもたらしてくれた、と。

 その誤解を解けきれず、ニーエルは真申といないと不審がられるようになる。

 なので流れで何故か同じ部屋で暮らすことになった。

 そうなると村長の部屋では手狭になる。

 ということで真申は土地を貰い、魔術で適当な家をつくることにした。

 その管理をニーエルに任せ、真申は研究に没頭するのである。

 何もせずとも飯が出て、散らかしても知らない間に片付いている。

 これはかなり良い環境であった。

 資料や機材がないのは痛い。

 それでも時間だけはとにかく有効に使えた。

 最初こそニーエルは手間取っていた。

 しかし最近は真申の癖を見切ったのか、本当に不満に思うところがない。

 言わずとも合わせてくれるというのは、おそろしく楽だ。

 真申の魔術で村はかなり豊かになったようだ。

 そのおかげか、出される料理も美味しい。

 研究は順調に進んだ。

 かなり時間がかかってしまったが、理論の理解はほとんど出来ていた。

 後は材料を集めるだけだが、これがかなり面倒くさい。

 近場では集まらないし、遠出をする必要がある。

 しかもどこにあるのか情報を知れる環境になかった。

「そろそろ、この地を離れるか……」

「え?」

 そう声をあげたのはニーエルだ。

 真申は日本語で喋ったのだが、彼女はそれを理解している。

 どうも非常に地頭が良いらしく、真申の独り言を聞いてある程度習得してしまったのだ。

 食事の席で少し質問されたくらいで、ほぼ全て独学である。

 ただ、わずかな期間で習得できたわけではない。

 それだけ月日が経っているという証左でもあった。

 真申と会ったときのニーエルには、まだ20を超えていないかという若々しさがあった。

 しかし現在では妙齢の色気に溢れ、その美貌に磨きがかかっている。

 二人の間に特別なことは何もなかった。

 ひとえに真申が興味なかったことが原因である。

 それなのに勝手に綺麗になっていった。

 おそらく村に男でもできたんだろうと、真申は考える。

 だというのに勝手に連れ出していっては悪いだろう。

 これまでのニーエルのはたらきには満足もしていた。

 絶対服従なんて対価を求めたが、こうした形になった理由は誤解が産み出した。

 真申は、今ここでニーエルを解放したって良い気分だった。

「私も行く」

 だから、こう言われたときは驚いた。

 思わず「は?」と尋ねる。

「どうせ、そろそろ解放してやるか。とか考えてるんでしょ? 今さらそんなことされても迷惑よ。今まで7年、あなたのためだけに生きてきたんだから責任を取って」

「いいのか?男は?」

「男?……強いていえば、あなたが男だけど」

「そうなのか……」

 真申の考えすぎだったらしい。

 ニーエルは律儀に約束を守って、本当に真申に絶対服従していたわけだ。

 それはそれで何となく申し訳ない。

 ニーエル相手になら、真申はそれくらいを思いはした。

「まあ、ずっとひたすらに熱中しているあなたを世話するのも、つまらないわけじゃないの。邪魔じゃなければ連れていって」

「いいのか?」

「邪魔なの?」

「いてくれないと困る」

「じゃあ、決まりね」

 そういうことになった。


 ・


 村長は欲望に素直なところがあったが、頭の良い男であった。

 真申がいないと成り立たない村作りはしていない。

 20日に一度の恩恵を上手く使い、十分なほどに村を発展させていた。

 だから真申が出ていくと言ったとき、引き留めたが無理は言わなかった。

 長い付き合いで、やろうと思えば真申が村を滅ぼせると分かっているからである。

 村を出た二人は近場の街に行く途中、湖に寄った。

 本来通る必要はなかったが、ニーエルが寄りたいと言ったのだ。

 飛翔による移動であれば、大した手間でもない。

 一分一秒が欲しいほど、研究に切羽詰まってもいなかった。

「綺麗でしょ」

「そうだな」

 水は風景を反射し、その映像の縁には木々が。

 奥から中心に伸びるように山脈が映る。

 見上げれば、湖にあった山脈が聳え、空には青がどこまでも広がっていた。

 ところどころ雲が浮遊し、少しずつ動いている。

 それを綺麗と思う心くらいは真申にも残っていた。

 だから水辺に近づいて、中を覗き込もうとする。

 風景を反射する水は凪いでいて、しかも驚くほど透明だ。

 曇りのない底を見通すことができた。

 加えて綺麗に真申の姿も現れる。

 それを見た真申は「なぁっ!?」と声をあげた。

「どうしたの?」

「どうしたのって、ニーエルおまえ……」

 口をパクパク開閉させる真申。

 何故なら、そこに写っていた真申の姿はーー

「俺は……どれだけ年を取っている!?」

「どれだけって。会ったときから40近かったじゃない。何を言っているの?」

「1年は何日だ!?」

「413……って教わったけど……」

 皺が増えてきた爺。

 それが真申の見た自身の姿だった。


 ・


「思ったより時間がない……」

 街についた真申達は、この国の常識を調べて、すぐに首都に向かった。

 のんびり情報を収集していられなかったからだ。

 最初は材料を現地まで取りに行くつもりだった。

 しかし、それは自身の年齢を30前半くらいだと思っていたからである。

 召喚者の住居に籠っていた期間が想像以上に長い。

 元気に動けて正常な思考を保っていられる時間を考えると、かなり少ない。

 真申が使おうとしている魔術は発動に超絶的な技巧が必要だった。

 どうにかそれまでに材料を揃える必要がある。

「王立魔導学園か……」

「調べた限り、あなたに比肩するほどの人は教授でもいなさそうだけど」

「問題ない。材料がほしいだけだ」

 魔術に関する材料がほしいなら、その専門機関に行けばいい。

 お金を持っていないので、単純に買い取るわけにはいかなかった。

 ただ学園とて、普通に交渉しても門前払いがオチだ。

 というか、その方法を取ろうとして実際に門前払いとなった。

「仕方ない」

 なので真申は暴力的な手段をとることにした。

 殺しはしないが、向かってくる連中全てを風で吹き飛ばして学園に踏み込む。

 過剰な殺傷能力を持った魔術がバンバン飛んでくる。

 それも全て防御魔術で弾いて、注目を集めた。

 それからニーエルに要求を話してもらう。

 その声は魔術で拡大した。

 付き合ったニーエルは真申の暴挙に案外と驚いていなかった。

 それこそ仕方ない、と。

 こういう人なんだと、初めから知っていた風である。

 話が終わり、防御だけして暫く待つ。

 すると攻撃が止んで、一人の男が目の前にやって来た。

 念話を繋げようとする。

 かなりの使い手のようで弾かれた。

 魔術発動の際の術式を隠匿せずに完全公開して何度も突きつけると、ようやく応じる。

『要求は先の通りだ。早急に用意してくれ。対価として、俺が魔術を100回行使してやる』

『何が望みだ』

『不老』

『何のための』

『世界を渡る必要がある』

 言ってから、真申はそういえばそうだったと思い出した。

 いつしか手段が目的とかしていたが、最初の動機はそうだった。

 しかし、今はどうだ。

 絶対に元の世界に戻りたいかと言われると、そうでもない。

 しかも、今更気づいた。

 不老になるということは、生命維持を魔力に依存するということだ。

 なのに元の世界には魔力がない。

 これで、自分はどうやって生きていくつもりだったのだろうか。

『……いいや。要求を変更してもいい。若返る手段を知っているか?』

『こっちが知りたいくらいだ。しかし、そちらは不老への手立てに覚えがあると』

『まあな。人間を止めることになるが』

『興味深い……! 魔術の行使はどうでもいい。その情報を対価とするなら話に乗ろう』

『いや、それだと……まあ持っておくだけ損ではないか。集める手だてはあるのか?』

『私を誰だと思っている?』

『知らんな』

『……学園長だ。この国で最も優れた魔術師……それはどうも勘違いであったようだが』

『そうか』

 そんな話し合いを経て、真申は学園の世話になることになった。

 学園長は理解できるまで教えるのには、非常に時間がかかると推測できる。

 街に宿泊できるほどの金もなかった。

 そうして学園長他、数名の教授に講義を続けること十数日。

 その間に真申の魔術知識はかなり高等なものであることが分かった。

 しかし現行のものを超越するほどではないらしい。

 新しい知見や発想に富んではいる。

 それでも全く理解ができない代物ではない。

 完全理解をしている真申が直接教えることで、不老の仕組みは無事理解された。

 それと同時期に次々と要求した材料が届く。

 中には特殊な保存をする必要があるものもあった。

 真申が置場所に困ると、学園長は研究室を用意してくれると言った。

 つまりは新しく教授として是非招きたいとのことだった。

 こうして意外な形で真申は学園に就職することとなった。

 整った環境で真申は研究を続けた。

 相も変わらずニーエルに生活の全てを任せてだ。


 ・


「結婚するか」

 真申が学園での生活に慣れ、講義も普通にこなし始めた頃である。

 机に向かっていた真申は、飲み物を運んできたニーエルに言った。

「しましょうか」

 二つ返事だった。

 結婚式はすぐに挙げられた。

 同僚の連中や生徒に祝われ、その中で真申とニーエルは誓いの口づけをした。

 翌年には子供をこさえ、真申が研究に割く時間は減った。

 しかし成果を次々に出す。

 真申の年齢は定かではないが、便宜上50台で通していた。

 実際に見た目もそのくらいである。

 その年にして真申は若いときよりも活力があった。

 人間性に欠けた言動は鳴りを潜め、温厚としか言えない性格になる。

「そういえば、あなた。あの時手に入れたものはどうしたの?使ったところを見たことがないけれど」

「ああ……あれか。いいんだ……持っていても損はないと思っていたんだがな。結局場所を食うだけのものになってしまった。丁度研究内容に使うものではないが、だからといって手放すには貴重すぎる。どうしたもんかね?」

 研究所で二人、息抜きの雑談に興じる。

 結局、真申は不老にならなかった。

 実現する技術も設備も揃っていたが、その気になれなかったのだ。

「もう、人間を止めてまで求めたいのものもないしな……今で満たされてるよ。十分だ」

「そうじゃなくて、使いたい人がいるかもしれないわよ?貴重なものなら、なおさら譲ってあげようとは思わないの?」

「そのうち使うかもしれないしなぁ……欲しいときにないと、再度入手するのはなかなか。分かっちゃいるんだけど」

 そんな風に、真申も人間らしさを取り戻した。

 普通に幸せを感じ、普通に悩む。

 昔の真申なら手放す選択肢はなかった。

 ちょっとでも迷うそぶりがあるだけ、真申は丸くなったと言えるだろう。

 未だ取ってある材料について話していると、部屋の隅に小型のベッドが少し揺れた。

 そこには真申とニーエルの赤ん坊がいる。

「fouuー!」

「ああ、ナーニャ。fortu,ter……これで合ってるよな?」

「確認するほどの言葉じゃないでしょうに……」

 真申はパパだよ?と言いたかっただけだ。

 赤ん坊に日本語を教えれば、その後の生活に支障が出る。

 そのために真申は少しずつこの国の言葉を覚え始めていた。

 基本的には念話とニーエルに頼ってしまうため、上達速度は早くない。

 だが、昔の真申ならそもそも覚える気がなかった。

「可愛いな。この子が大人になるまでに俺は生きていられるんだろうか」

「それぐらいは頑張りなさい。ちゃんと私がお世話してあげてるんだから」

「そうだな」

「fouuu,mieuu……」

 パパ、ママとしか言わない娘に二人は笑ってしまう。

 このような日々が続き、真申の生涯は幸せのうちに幕を閉じた。

 異世界から呼び出された希代の魔術師。

 世界最高の魔力量を持ち、一人で魔術界の発展を50年分は進めたとされる男。

 始まりは突然で、真申は一時期不老を目指すことさえした。

 しかしその準備が整ったにも関わらず、結局不老にはならなかった。

 私利私欲のため力を求める魔術師であった真申。

 彼は学園に就職して多くを導く魔導師となり、結婚を経て父親となった。

 その過程でどんな心境の変化があったのか。

 具体的なことは真申自身にも分からない。

 ただ一つ。

 今、大切なものがあればそれで幸せだった。

 そんな言葉を真申はニーエルに溢したことがあったという。


とても長いね。

思いつきで書いてはいかんね。

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