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-月曜日、まだいつも通りだった頃、眠れない夜と骰子の目は一(2)-

「だぁ~! だから言ったんだよ、何処も空いてねえ! もしくは勉強お断わりときたもんだ」


 タケシはしとしとと雨の降る、三軒目のファミレスの駐車場で絶叫した。


今日日(きょうび)高校生を巡る事情は厳しいなあ」


「真面目にお勉強しようっていうのにい~」


 アキヒコもユウナもがっかりしている。主にここは街にある大きな高校の生徒も利用するから、店側の印象もよくないのは当然だった。

またもやDQN達、それも他校の連中のせいだったからだ。

そこでぼくは疲れ切っている三人に適切な提案をすることにした。


「カラオケにしない?」


「は?」


 こういうとき真っ先に事情の呑み込めないタケシが疑問を呈してきたが、直ぐにアキヒコが助け舟を出してくれた。


「フリータイムか、逆にファミレスより安くつくかも? 空いてればの話だけれど」


「あ、カラオケいいかも値段もファミレスとそう変わらないし」


「オレは反対だぜ、マコトのサンカラになるのが目に見えてる」


「ないない、勉強のために行くんだから歌わないし!」


 ぼくは慌てて否定の言葉を口にした。



 カラオケのルームの灰皿の上には既にこんもりと、メビウスの吸い殻が溜まっていた。

アキヒコはもう何本目とも知れぬ煙草をくゆらせながら、古典のプリントと向き合っていた。

 四人でルームに入ったので比較的広い部屋に案内されたが、それでも部屋は紫に(けむ)っていた。

大人の目がなければアキヒコは堂々と煙草を口にしたので今は制服の胸ポケットから二箱目のメビウスが透けて見えた。

タケシはタケシでビールを口にしては(こちらは大した酒量ではないのだが)すでに酩酊(めいてい)して前後不覚に陥っていた。

 そして勉強なんて一切しないで、なんやスパロボの曲を入力していた。


「――ねえ」


 ユウナは現代社会のノートから顔を上げた。


「何時間ここ取ったんだっけ?」


「確か三時間」


 ぼくは投げ遣りに答えた。背後ではタケシの入力したSKILLの前奏が流れ始めていた。


「ねえ、マコト」


 タケシがヨレヨレになりながら歌っている。

アルコールが入ってるせいでひどい声だ。


「ん? 何」


「いつまで歌送信のマシン見て遊んでるの? 勉強しにカラオケ行こうって言ったのマコトじゃない」


「あははは、だってこれ見てると先客がどんな奴だったかわって面白いから」


「あははは。じゃないだろう。武井はそんなにテスト|余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)?」


 アキヒコにまでツッコまれて、ぼくはばつが悪くなったので話題を変えた。


「あー卜部くんどうやって介抱しようかな? ちょっと僕の手には余るなあ」


「そんなの、タケシのお母さんに迎えに来てもらえばいいじゃないの。後でタケシがいっぱい怒られるだけで」


 アキヒコは同意して(うなづ)くとまた煙草に火を点けた。


「わかった。あと二時間近く精一杯勉強します。だからユウナ、英語教えて?」


 三人は時々教え合いながら勉強を始めた、雑談も多かったが実りも多かった。

 タケシは相変わらずフリードリンクで(よせばいいのに)はじめにアルコールを注文していたため、何度もビールを頼んではぐでぐでになって、時にはそれもひどく調子を外して歌って、最後は眠っていた。

何のために来たのやら?

 残り三十分になってタケシが完全に寝てしまうと、カラオケ側のインフォメーションが延々と流れ出したので、一段落ついた三人は顔を見合わせた。


所謂(いわゆる)Jポップほど落ち着かないものはないね」


 ぼくがぽつりと言うと、すかさずアキヒコは、学校指定のスポーツバッグから何か取り出した。DVDだ。

「あーっそれ『破壊の破壊』!」


 ユウナが叫んだ。

 『破壊の破壊』はアキヒコお気に入りのヨーロッパ映画で、常時持ち歩いているとしか思えない頻度でぼくらの前に登場してくる作品だった。

 ジャケットはモノクロで、シーツを被った白人女性の(ひとみ)だけが赤く加工されており、(よこしま)な視線をこちらに投げかけてきている。原題はアラビア語らしく『タハフト・ウル・タハフト』、その邦訳が『破壊の破壊』であった。


「またその映画?」


 マコトもユウナもその映画を始めの二十分ほどだけは見たことはあった。

 先ずジャケットのシーツを被った女の独白が続く。

 両親への恨み言が主だった気がした。

 それから(残念なことに)彼女は化粧をして着飾った後、セルビアの爆撃を受けたばかりのボスニア・ヘルツェゴビナの街を闊歩し、誰もいなくなった瓦礫の中を彷徨う。

 そして夜になる。

 観たのは本当にそこまでだった。

――ここからがすごいのにそうアキヒコはいつも漏らしていた。

 そのDVDを取り出し彼は上映会をするつもりであろうか? だがその前にユウナが口を挟んだ。


「その映画は沢山よ吉村君。飽きたし、わたしあんまり好きじゃない」

 おうおう、ユウナ。なかなかに正直な物言いだな。

 ぼくはこの映画あまり嫌いじゃないどころかむしろ興味があるのだけれど。


「あまり好きではない? とはどういうことかな、田中さん」


「生理的に受け付けないものは、受け付けないわ」


 やめろ、空気が煮詰(につ)まってきた。ここで何か適切な言葉を吐かなければ……


「君がこの映画を見たのはせいぜい十五分程、何が解るっていうんだ?」


「何もわからないわね、解る気もないけれど」


 その間もボックスのルーム内ではJポップの不快な広告が流れ続けてたし、タケシはアルコールの影響でぐうぐう眠っていた。


「いいかね、芸術を解さない者は」


 ああ、アキヒコそれ以上言っちゃいけない!


「動物も同然だよ」


 言っちゃった……! カラオケの大音響の中、それを聞いたユウナが怒りに震えていた。


「百歩譲ってあなたの好きなその映画が『芸術』だったとしましょう」


 ユウナがこういう物言いをするときは、本当に苛ついてるときだったことを知ってるのはぼくだけだったから「これはまずいぞ」という警告が、頭の中で一人ぐるぐると回っていた。


「そんな芸術よりも()()が必要なのよ、私には」


「愚かなことだ」

 そう言ってアキヒコは紫煙(しえん)を吐いた。

 何故、勉強会などぼくは企画してしまったのだろう? こんな平行線の二人を同席させるなんて。

 そのときカラオケのインターホンが鳴った。


「十分前になりました、延長されますか?」


武井メモ

『破壊の破壊』:この小説の冒頭に登場する架空の映画である。アキヒコのお気に入り。

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