-再びの土曜日、マコトとタケシの直接対決(1)-
相模原の山中に分校などない
約束の土曜日、早朝ベッドで目の覚めたマコトは妙にすっきりとした気持だった。
今回ばかりはユウナもアキヒコも巻き込むわけにはいかない、タケシとサシの勝負だ。
夜のうちにタケシからメッセージが届いていた。
こんなことがあってからも、タケシを含めたLINEのグループは解除してはいなかった。
卜部タケシ
山葵園の裏手に通行止めの道路の先に3mくらいのガケがある。 通行止めの車止めからガケまでがチキンレースの会場だ。
昼の11時にそこで待っている。来なかったときは自動的にオレの勝ちになる。
やれやれ、山葵園まで行くのがかなり億劫なのだが……
母親には適当な言い訳をして出かけなければいけないのだが、
「適当な言い訳は君のお母様には通用しないよ」
天井からにゅっとメフィストフェレスが上半身を伸ばした。
「うわっ、いつからいたんだ!?」
「劫初から」
「……それはそうと何故母さんには適当な言い訳が通用しないのさ」
「女の第六感、ってやつだね」
「非科学的な」
「わたしの存在が最も非科学的化と思うのだがね、マコト君。そこでひとつ悪魔が便宜をとり図ろうじゃないか?」
「どういうことだ?」
マコトは首を傾げた。
「一時的に君のお母様の目を瞑っていて差し上げよう」
「そんなこともできるのだな」
「大抵のことなら、ね」
メフィストは美しい眸で目配せした。
「さてと、階下に行ってご覧、君のお母様は彫像のように固まっているから」
「まさか!」
マコトは大慌てで階段を降りていくと、果たして居間でテレビを見ていた母は死後硬直のようにコチコチになっていたのである。
「信じられない!」
「マコト君、自室に戻ってチキンレースの準備をしたまえ、まだ寝間着のままだよ」
メフィストに指摘されてマコトは自室に戻ると、転倒してもいいように着込んで準備を済ませた。
否、転倒してもまずいのだが。
ガレージに出ると小雨が降っている。
コンディションとしては良くない、それでもマコトはカブに跨るとエンジンをかけた。
「君にだけ聞こえるように話しているが、山葵園の裏手まではわたしが案内しよう、そこからは干渉できない。鳥の王が来ているからね」
「何だって!?」
「どうやらタケシはこのレースをサシの勝負ではなく、立会人に鳥の王を選んだようだね」
「あいつ……!」
「というか鳥の王の差し金というべきか……おっとそこを右だ。彼は鳥の王の言うことなら何でも聞く人形みたいな状態だからね」
「この道には見覚えがある」
「その通りそこの駐車場の脇が山葵園だ裏手に回るぞマコト君!」
カブはギアを一気に4まで入れると急な山道を登り切った。
右ペダルを踏むと、そこに待っていた鳥の王とタケシの前にカブは急停車した。
「逃げも隠れもしない! そして本物の鳥の王、遂にここでお目にかかれるとはな」
「のこのこやって来たか武井マコト」
ボイスチェンジャーと鳥マスクの奥のくぐもった声が、崖を吹き抜ける風の音に消え入りそうに聞こえてきた。
「やって来たからにはわかっているだろうな? このシムルグが決闘の見届け人。一歩も退くことは許さぬぞ?」
「……偉そうに、お前も間接的にユウナを傷つけておいて!」
「女一人の感情などこの大局には微細なこと……果たしておまえのその125のカブで卜部君に勝てるかな?」
「こういう勝負の時、バイクは加速じゃないね!」
「減らず口を!」
そこへタケシが口を挟んだ。
「鳥の王、武井のようなものと口論していても仕方ありません、こいつはオレが直接叩きのめします」
表情のない鳥の顔が一瞬、タケシを冷たく見遣った気がした。
「卜部君、万一負けるようなら……」
「万一などありません!」
「その絶対の自信でわたしの信頼に応え給え」
そう言うと鳥の王は『この先危険通行禁止神奈川県』の車止めを動かし始めた。
ずりずりと音がする、そして転がっていた木の棒で未舗装の土の地面に線を引いた。
手に着いた土塊をぱんぱんと掃うと鳥の王は言った。
「この線がスタート地点だ」
山の天候は変化し易く徐々に霧が巻き始めてきた。
乳白色の視界。
タケシに崖の高さは3mと聞いてはいるが、崖までの距離は聞いていなかった。
ただしこれは賭けだが、タケシのヤマハFZXは5速までシフトチェンジできたはずだ。
対しマコトのカブは4速まで。
タケシがブレーキを踏んでからでもマコト自身は間に合うのではないだろうか?
「位置について――」
鳥の王が言うとおり二人は所定の位置でヘルメットを被った。
タケシは随分とエンジンを空ぶかししている。
マフラーを改造しているわけではないが、うるさい。
マコトはギアをNに入れた。
「スタート!」
鳥の王はあらん限りの声で……そうでないと霧で声が塞がれてしまうから、叫んだ。




