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-再びの木曜日、マコトとアキヒコの「破壊の破壊」上映会、骰子の破片(2)-

 マコトは放課後美術準備室には行かず帰り支度をすると、PCルームにアキヒコとの約束通り来ていた。

 メフィストは重々注意するよう警告していったがそれ以上のことは干渉(かんしょう)しなかった。

 PCルームのカギはザルだったので容易に室内にマコトが立ち入ると、すでにアキヒコがパソコンを立ち上げて待っていた。


掃除(そうじ)でもしてた? 思ったより時間かかったみたいだけど」


「当番だったんだよ、うちの班、知らなかった?」


「まあ、腰かけてどうぞ、これが『破壊の破壊(タハフトウルタハフト)』の原本だ」


 『破壊の破壊』のパッケージはマコトの想像よりもずっと商業作品然としていて、それが未知の言語で書かれたものであることを除けば完全に市販のDVDなりBDに見えて差支えがなかった。


「それ、尼とかで買えるの?」


 思わずマコトは質問していた。


「うーん買えるとしたらアマゾン本体だね、おれは別ルートで入手したけれども」


「それ日本語の字幕が入ってるスペシャルバージョンだろ? 誰が入れたか知らないけれど」


「これ本当に偶然に手に入ったんだよ、ほんとうに奇跡みたいな確率で」


 そうアキヒコは言ったが、パッケージのシーツを被った女は恨みがましい視線を、この作品を持つものにひどく暗い情熱をもって投げかけてきているのであった。


「さて再生しよう」


 アキヒコはトレイを開けてディスクをPCへ入れた。

 真っ暗な画面、白い文字で異国の言語のクレジットが立ち上がる。

 ぷつりと、画面が変わるあの白いシーツを被った女がひどくきついコントラストに編集された画面の中で独白を始めるのだ。女が喋ると同時に字幕が流れ出した。


「私は少女であるところの私に囚われているのです」


 読みにくい字幕の中そう言って、もう若くも年を取ってもいない女は被っているシーツを引き寄せた。

 モノクロームの画面でも判る朱を塗った唇から漏れるのは、一種の苦悩に満ちた懺悔(ざんげ)であった。


「故に私は少女のフリを続けなくてはりません」


 女はがたがたと震えだした。そうしてやっとのことで二の句を継いだ。


「私は去勢(きょせい)されました、女にされたんです――両親によって」


 勿論彼女は去勢された男のわけではなかったし、両親に去勢されたというのもこの場合、世界にはどうしても必要な『ほんとうかもしれないうそ』の一つとして存在しているようだった。

 ところが、とにかく女はおびえきって疲弊しており、シーツの影から覗く落ちくぼんだ眼は光を失いフィルムの中からだというのに死霊よろしく、邪なものを投げかけているのであった。


 画面が転換した。

 彼女はまるで嘘を吐いていたかのように着飾って化粧をしては別人のように、むせ返る様な女としての記号を投げかけていた。その姿で、空爆を受けた名もなき町を徘徊した。

 カメラは空爆後の惨状を余すところなく映し出していた、即ち壊れた商店、カフェ、民家、闇を燃え燻る燐。女はサンダル履きでその町を愉快そうに歩き回りカメラもそれを追った。

 だが彼女がモスクへ入ると論調は一変した。厳かともいえる態度で彼女はモスクで祈りを捧げたのだ。一体何を?


「ワタシヲオトコニモドシテクダサイ、ドウシテモダンセイデナケレバナラナイノデス」


 マコトとアキヒコは黙ってその字幕を見ていたが、これは翻訳者の誤謬(ごびゅう)で、彼女の祈りはもっと別のことと思えるのだった。では彼女の真意は如何に?


 だが唐突に彼女は消えカメラの前には主に子どもたち、大人もいたが、が集まり始めた。監督が(あめ)()きはじめたのだ。

 シャワーのようにそれを撒くと我先にと子供たちは愉快そうに飴を拾い始めた。

 中には(たま)にビスケットの包みすら入っていた。

 それは大変な騒ぎだったが、カメラは次第に左にぶれて奥にいるある人物を追い始めた。

 カメラが寄るとその人物はまた別の服で着飾った彼女で飴やビスケットの応酬を冷静かに眺めていた。

 彼女は歩き出した。

 先ほどとは違う見知らぬ町だ。

 徐々に星々が昇り夜になって行く。

 そして彼女は安宿に入ると電話を受けた。

 程なくして屈強(くっきょう)な国連軍服を着た兵士が現れた。

 彼女はその兵士と寝た。

 行為が終わると彼女はベッドでこう言うのだ。


「あらゆる物語が存在するというとき真の意味で物語なんて存在しない」


 ベッドの中で彼女は熱に浮かされたように呟いた。


 すると、兵士はこう返すのだ。


「お前がかつて所有していたものも、今所有していると思っているものも何一つ所有してはいない」


 事が終わると枕元に札が残されていた。

 彼女はそれを破るとしどけない下着姿のままシーツを被るとカメラを(にら)み再びあの台詞を繰り返した。


「私は少女であるところの私に囚われているのです」


 だが行為の後のせいか非常なリアリティをもってそれは聞こえるのだった。


「故に私は少女のフリを続けなくてはりません」


 実際には娼婦のフリなのかもしれなかったが、ともかく望まないごっこ遊びを強制されている。


「私は去勢されました、女にされたんです――両親によって……!」


 嗚呼、智慧=信仰(ピスティスソフィア)よ! お前は父に近づかんとするばかり地上に落とされ(はずかし)められることとなったのだ!


 その物騒な内容をマコトは理解して怖気が立った。

 何故アキヒコがこの映画を勧めたのかも完全に理解した。


 再び星々は巡り朝が来た。無人の安宿が映されており彼女はもう居なかった。


()()()()()()()()()()()()


 その字幕を最後に『破壊の破壊』は終幕した。

 しばらくマコトとアキヒコは無言だった。すごい、とか素晴らしい、示唆に富んでるとか言うのは簡単なのだ。

 では何を感じ取ったか? 各々が消化するにはあまりにも重すぎて長い時間が必要だったからだ。


「これ、コピーしておいたから、武井も見てくれ」


「ひょっとして『破壊の破壊』?」


 アキヒコは無言で頷きディスクの入ったケースをマコトへ手渡した。

 マコトはそれを受け取ると、「ありがとう」と言った。


 果たしてPCルームから出るとひどい雨が降っていた、そして母からのメッセージも。

 雨があまりにひどいので迎えに来るらしい。それも15分ほど前のものだ。昇降口で母を待たねばならないとアキヒコに告げマコトは走り出した。

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