-再びの木曜日、マコトとアキヒコの「破壊の破壊」上映会、骰子の破片(1)-
相模原の山中に分校などない
昨日の記憶も、今までの記憶も、水曜日の記憶も丸々ある状態だ。
即ち昨晩は夢に虎を見て、また宇宙時計を見た。
学校で流れていたという月光の第三楽章、そして今日は放課後ユウナと美術準備室で話し込んでると鳥の王に唆されたタケシがやってきて、ユウナを連れて行ってしまう!
そうベッドで悶々としてると、いつの間にか部屋にメフィストフェレスがいた。
「マコト君、為すべきことは解っているのなら行動に移さねば」
「メフィスト! 協力してくれるか!」
「悪魔に二言はない、行くぞマコト君」
忘れてたが今朝は小雨で、夕方は土砂降りになる筈だ。
階下に降りて母が話しかけてきた。
「マコト、今日はカブはやめておきなさい」
朝食には塩鮭と焼き海苔。
母にはメフィストは見えないのだ。
「路面が滑って転倒したらどうするの」
の一言で軽自動車に押し込まれてしまった。
車は平坦な緑の中をくねくねと走り続ける。
「君のお母様、斬新な運転をするんだね」
メフィストは耳元で囁いた。
「迎えに来るからちゃんと連絡を入れるのよ!」
まるっきり記憶通りの木曜日だ。
これでびしょ濡れになって帰り、風邪をひくのだ。
とりあえず鮮明に記憶にあるのは放課後からなので、それまで何をしていたか記憶を辿った。
だがテスト関連のことしか思い出せなかったので、どうしようか思案していると、
「マコト君、先ずは音楽室で聞こえたという、月光の第三楽章について検証してしてみてはどうだね?」
「音楽室か……入ったこともないけど休み時間に行ってみるか」
二時間目の休み時間、マコトはコッソリ教室を抜けだすと、一度も入った事もない音楽室にやってきた。
壁面には歴史上の偉大な作曲家たちの肖像が並んでいたが、描いた画家は判っていても描かれた音楽家はマコトには判らなかった。
「マコト君、この部屋のオーディオを調べて見給え」
「オーディオ?」
確かに音楽室には相応しい立派な再生機器があった。テープからCD、レコードまで再生できる多目的オーディオだ。立派なスピーカーまで備わっている。
「凄いな」
「感心してないでCDプレイヤーの中を見てご覧」
するとどうだろう、ベートーベンの月光のCDが入っているではないか!
「なになに、ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2 《月光》: 第3楽章: Presto agitato201X/2/9
マレイ・ペライア……」
「やあ、ペライアは大家だよそんな御仁の演奏を流したんじゃみんなビビッただろうね」
「しかし鳥の王はどうやって?」
「マコト、音楽準備室へおいで、証拠がある」
マコトとメフィストが準備室へ入るとそこにはオーディオのリモコンが転がっていた。
「あっ! 鳥の王はこのリモコンでCDを操作していたのか!」
「ご明察、こうやって惑わせていたのさ」
「しかしなぜ第三楽章を流したのだろう?」
「そこに意味があるのだよ、マコト君」
「月光はベートーベンがあるピアノの音を聞いてそれが、盲目の少女によるものだったことにいたく感動し、それを思い出しながら作ったものなのだ。だがそれはわたしは夢に属することだと考えているのだ」
「盲目の少女の夢……」
「衒学趣味に過ぎる鳥の王の好みそうなことではないか、さあ、三時間目が始まるぞマコト君」
「う、うん……」
やがて昼食の時間となった。
「マコト君今日は一人食べ給え、不都合がある」
メフィストははっきりと言った。何故だろう?
「不都合?」
「食べればわかる」
昼食はユウナに誘われていたのだが……
「ゴメン、ユウナ。今日はちょっと一人で食べたい気分なんだ」
そう言っていつもの屋上へ続く階段の踊り場へやって来た。
マコトの昼食は大抵購買のパンだったし、この日もいつも通りパンだった。
卵サンドと生クリームと缶詰の果物を挟んだパン。
「んじゃ、いただきま……ぶふぉっ!?」
マコトは思わず卵サンドを吐きだした。
「まっず! なにこれ!? 味しないんだけど???」
「感覚質の揺り戻しだよ。だから一人で食べるよう言ったんだ」
「でも朝食は普通だったぞ!?」
「君は一度目の木曜日朝食を食べたかな?」
「あ……食べてない」
「経験は二度できないんだ、マコト君」
マコトはしぶしぶ昼食を片づけて教室に戻る準備を始めた。
「そのうち、アキヒコが呼びに来るだろう」
「なぜわかる?」
「悪魔は何でもお見通し」
「またそれかい?」
すると階段をアキヒコが昇ってくるではないか!
「なあ、マコト」
「アキヒコ、どうした?」
「放課後ヒマかい?」
このまま美術準備室でユウナ話し込むとタケシに襲撃される。これは未来を変えるいい手かも?
「別段予定はないけど、どうした?」
「『破壊の破壊』の上映会をPCルームでやらないかい?」
「ええっ!? テスト前に?」
だがメフィストは頷いていた。
「行ってきたまえ、マコト君得る物は多いだろう」
「アキヒコはテスト勉強いいのかい?」
「マコトと同じくらいどうでもいいさ」
「それなら放課後待ってる」
そう言ってアキヒコは階段を降りて行った。
武井メモ
感覚質:心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと、とりわけそれを構成する個々の質、感覚のことをいう。




