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-土曜日、悪魔と鳥の王と世界を巡る論争。骰子の目は六(1)-

 特別補講の二限目に間に合うように到着したマコトは、ユウナより先にアキヒコに話しかけた。

 彼なら神秘主義にも造詣(ぞうけい)が深くて相談するにも最適と思えたからだ。


「やあ、マコトおはよう。ユウナの事は大丈夫なのかい?」


「そのことでちょっと相談が――」


「相談? いったい何を?」


「タケシの事で」


「ああ、おれも実はタケシからユウナについて色々相談されて困っているところだったんだ」


「つまり立場は同じって事だね」


「おはようマコト」


 ユウナが耐え切れず話しかけてきた。つまりはここは穏便に……


「おはようユウナ。ほら二時間目が始まるよ、昼休みにアキヒコと話があるから――」


「それはタケシについて?」


「そういうことになるかな、専門的な話になるから二人で話したい」


 それにはアキヒコも(うなづ)いて同意している。


 二限目が始まった。普段は私語で騒がしい教室も明日からのテストを控え、水を打ったような静寂の中シャーペンの走る音とチョークの音、時折話す教師の声がそれを打ち消してはまた板書(ばんしょ)とシャーペンの音――の繰り返しだった。

 三限も四限も同じような様子が続き、ついに昼休みのベルが鳴った。


 屋上へ続く階段――以前二階建てにも拘らず自殺未遂(じさつみすい)があったため、屋上には入れない、とはいえ校舎は旧いのでドアを針金で縛ってあるだけだった。

 外は小雨が降っていた。正方形のタッパーウェアと魔法瓶(まほうびん)持参のアキヒコと、購買で買った適当なパン数個と三角牛乳片手のマコトはお互いの食事をさっさと終わらせた。


「それじゃお互いの知っていることについて話そうか」


「じゃ、アキヒコから頼む」


「オーケー、火曜の昼休みタケシが救いの山と信仰=智慧(ピスティスソフィア)とはなんだって訊いてきたんだ。それがわからないとユウナを殺してしまわなければならない」


「は?」


 マコトは鳩が豆鉄砲(まめでっぽう)食らったような顔で三角牛乳を吹き出しそうになった。


「ユウナはリリスだからだそうだ」


「だいたいのことはユウナから聞いてるんだよなあ。アキヒコに()いても新しい情報は少ないな、あとは水曜にUFO公園で何があったか詳しいことがわかればいいんだけど……」


 屋上に続くドアに寄りかかっていたアキヒコは、急に開いたドアに乗っかる形で屋上にごろごろ転がり出た。

「うわあぁ……」


「アキヒコ!?」


 パンを食べ終わったマコトは開いたままのドアから屋上に出ると、そこに居たのは果たして鳥の王シムルグだった。

 武井マコトは鳥の王を初めて見た。

 マスクは銀色の歪ななんとなく鳥に見える、だがそこには(くちばし)があって明確に鳥であることを示していた。


「大丈夫かアキヒコ!」


「針金に細工してあったみたいだ、大丈夫、怪我(けが)はない」


「お前たち、こんなところで密会されても困るのだがな」


 ボイスチェンジャーから絞り出された声が二人に向けられた。

「UFO公園で起きたことを既に知っているのだろう。(こと)に吉村アキヒコ、あのときお前も現場に居合わせたのだからな」


マコトには()けがあった。


「お前が本当に鳥の王ならば田中ユウナを巡って悪魔と契約している筈だが。だから今ユウナに死なれちゃ困るんじゃないのか?」


「お前の不眠の代償に契約したのとはわけが違うのだ、武井マコト」


「確かにおねんねにはぴったりだ、なあ()()()()()()()


 すると鳥の王はボイスチェンジャーの呼気で訳が分からない、といった様子を見せた。

 ほほう、このときメフィストフェレスのあまり有名でない方の二つ名を知らなかったのを看過してマコトはこのシムルグが偽物であることを確信した。

 それはアキヒコも同様だった。


「捕まえろ!」


 アキヒコは叫んだ。だがその前に偽シムルグは腐食したフェンスを蹴破り、下駄箱の上の(ひさし)に軽々飛び降りると、そこからぶら下がって地上に着地し校舎に逃げ込んでいった。


 二人はフェンスぎりぎりまで寄って、下を(のぞ)き込んだが後の祭りだった。


「鳥の王は偽物まで用意しておいたのか」


 憎々しげにアキヒコは吐き捨てた。


「本物だと我々に正体を看破(かんぱ)されてしまう恐れがあるからじゃないかな」


「偽物とはいえ、似姿(にすがた)を用意しておくとはなんて奴だ……」



「鳥の王の、しかも偽物が現れたの!?」


 教室で待っていたユウナの方が今度は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いて見せた。


「何のための偽物かしら? 攪乱(かくらん)するために?」


「それにしては(いささ)稚拙(ちせつ)だったよ、もっといい代役はいなかったのかね、何故代役を用意させてまでカモフラージュする必要があった? 本物ならもっと色んなことを知っている筈なのに……」


「私がUFO公園で会ったのはそいつだったのかも?」


「鳥の王は容易に姿を見せられない理由がある?」


「わたしは既に劫初(ごうしょ)に一切であったところの部分の部分なのだ、光を生んだあの闇の一部なのだ」


 アキヒコが急にそう言ったので皆は面食らった。


「ああ、ファウスト博士に於けるメフィストフェレスの台詞だよ」


「ところで一昨日、何故アキヒコもUFO公園にいたんだ?」


「行ったことなかったの? アキヒコの家って公園の直ぐ裏手じゃない」


「家には行っていたけど街の地理はわかんねえ、あんなとこ(つな)がってたのか!」


「どっかで聞き覚えのある騒ぐ声がしたから慌てて行ったら案の定」


「ところで肝心のタケシは?」


「停学中よ」


「そりゃそうでしょうな、あれだけやらかしちゃ。――ユウナの腕は?」


 よく見ると夏服の隙間(すきま)からテーピングがチラチラと見えている。


「結構ひどい内出血だそうよ、あの莫迦(バカ)力いっぱい(にぎ)り絞めやがったから。(あざ)になったらどうしてくれる気!?」


 ユウナは珍しく語気を荒げた。


「まあまあ落ち着いて……」


「現代の医療技術は凄いから……」


 ユウナは怒ってそれ以上何も喋らなかった。

 放課後、マコトとアキヒコはタケシを訪ねてみようということになり、もはやタクシー状態のマコトの母の車を呼び出すことにした。

 玄関に下りていくと丁度母が来たところなので、早速助手席に滑り込んだ。


「熱は下がったの?」


(はか)ってみないとわからないな、ちょっとふらつく程度」


「いいから完璧に直しなさい、ところでテストの方はどうなの」


「勉強してるよ、ユウナにコピーも貰ったし帰ったら復習する」


 他愛もない会話をしているうちに赤い軽自動車は武井家に到着した。



「いい? 寝間着になって蒲団(ふとん)の中で勉強なさい。そうすりゃその方が効率がいいんだからね」


「ハイハイ」


「『はい』は一回!」


 母の怒号(どごう)を背にマコトは散らかった自室に入った。

 さっさと湿気った制服を寝間着に着替えると、苦手な英語から始めることにした。


「えーと、単語、ユウナのノート、単語帳……『fracture』骨折、うーん不吉な。ぶっちゃけ英語しか勉強しなくていいんだよなあ、他の科目はだいたいわかってるし、文系だから数学の必要な公式さえ覚えればいいし。――はあ」


 マコトは天井の木目を見るとそこから今日は一段と煌びやかな扮装のメフィストフェレスがにゅっと現れた。


「もうお寝んねかいマコト」


「うわあ!」


「望む望まなく関わらずまたヒュプノスの翼は羽ばたく」


「望まないパターンだ」

武井メモ

光を愛せざる者:メフィストフェレスの語源の一つ。ギリシア語の μή と φώς と φίλος の3語の合成で、「光を愛せざるもの」

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