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#03

#03

「お疲れ!」

メインロックが開くと、青木主査が顔を覗かせた。

それでもまだ、僕らは脇芽も触れずに通路から格納室へと飛び込んだ。

すぐに後ろで重厚な扉の閉まる音がして、ロックが掛かるのもはっきりとわかった。

けれど、僕たち三人は一斉に後ろを振り返って扉を見た。

それは、不確かな偶然や可能性の低いアクシデントに縋るような、そんな曖昧なものだったように僕は思う。

でもすぐに、念を入れてロックを確認する青木主査が目に入って、

「終了っ!」

と、指で丸を作って掲げて見せた。

その合図に、胸がずしりと重くなるのを僕は感じた。

その分だけ空いてしまった隙間をどうすれば埋めることができるのか、未だに僕はわからなかった。

「お疲れ様。郷田翔斗は完璧に回収できたわ!」

モニターを見ていた島崎先生が、満足そうにこちらを見た。

「それはなにより!」

と、本田さんも島崎先生の隣に立つとモニターを見据えた。

「山口直樹はやっぱりダメね。とても要にはならなかったわ!」

でも、それには本田さん答えない。

僕は、青木主査が片付けに取り掛かったので、手伝おうと駆け寄った。

体を動かしていた方が、何も考えなくていい。

そう思った。

でもあっさり気を使われた。

「一人で充分。休んでなよ!」

と、断られてしまって、仕方なくモニターに目をやった。

けれどやっぱり気分ではないと、すぐにやめた。

そのままカウンターデスクを出ると、とりあえず椅子に腰掛けた。

すると、玲子さんもついて来ていて、僕の左、椅子を一つ空けて腰を下ろした。

これが、十年間で開いた、僕と玲子さんとの距離だ。

もっとも、今さっきまでいた山口直樹とも、玲子さんは以前ほど親しくはなかった。

でも、それは当然なのだ。

十年前のデータを基に作り出された二十四歳の偽物で作り物なのだから、親しくなりようもなかったののだろうと、僕は思う。

けれど、そんな山口直樹と玲子さんが、一緒にいるのを見かけると、ついつい羨ましく思ってしまうから、我ながら始末が悪い。

それでも、まんまと釣られた郷田くんのことを察すると、気の毒だと思う反面、とても素直でもあったわけで、複雑な気持ちだった。

結局、山口直樹の作り物は、二週間といなかった。

予定通り、郷田くんを連れてデブリ粒子に戻って行った。

本来ならこれで仕事は一区切りで、一先ず落ち着けるはずなのだが、流石にそんな気分にはなれない。

多くの人がまた郷田くんの犠牲になった。

いや、違う。僕の所為だ……

だって、山口直樹は僕だから。

十年前の最後の瞬間。僕は、クリアもテレポも実行することができなかった。

そのことは、当時、身につけていたクリップのデータから明らかにされていた。

僕が最大数値を出した瞬間、郷田くんの直撃を受けて消滅している。

詰まりあのとき、助けるつもりで皆を連れ出したものの、僕はそれを果たすことなく消え去っていた。

「直樹は、一緒に消えてくれるよな!」

あのときの郷田くんの願いは叶っていたはずなのだ。

ところが、あろう事か僕は、たまたま目の前にいた、村上先輩と入れ替わってしまっていた。

それが、三つ目の青い光の所為だと、僕は後で気づいた。

消滅したのは村上正で、詰まるところ、郷田くんは願いを叶えてはいなかったのだ。

だから、郷田くんは山口直樹のところへやって来たんだ。

十年前の願いを叶えるために、郷田くんは是が非でも一緒にいたかったのだと僕は思う。

そう思いながらも、僕は頭を抱えた。

だったら何故、郷田くんは僕のところへ来なかったんだろう。

そう思ったときだった。

「別に、気にすることではないと思うけど」

ふと、玲子さんが言ったのが聞こえて、僕は無意識に答えた。

「あ、うん」

そう言葉にしてしまってから、僕は焦った。

だいたいこの十年間。一緒にはいたものの、玲子さんとは真面に口を聞いていない。

村上正と玲子さんは、そんな関係だったはずだし、親しいのは不自然だと思ったからだ。

だから、こんな返答をしては村上正っぽさがないではないか。

そう思って、僕は慌ててメガネのフレームを指で押した。

僕と村上正が入れ替わったことは、幸い、データからは読み取られることはなかった。

しかも、施設にとって村上正は重要度が低く、島崎先生の興味の対象外にいた。

見知ったスタッフも施設の崩壊に巻き込まれて、いなくなってしまったことから、誰からも咎められず疑われることは一切なかった。

当初こそ、村上先輩に申し訳ない、酷いことをしたと、一人で戸惑い慌てふためいて、後悔したものの、気づくと僕はそのまま成り済ましてしまっていた。

無事だった生徒はほかにもいた。

でも、そのまま島崎先生に引き取られたのは、僕と玲子さんだけだ。

僕らは、島崎先生の大学の研究室で育てられた。

帰る宛のない玲子さんと、村上正にとっては、多分、ほかに選択肢はなかったんだと思う。

けれど、研究室とはいっても、あくまでも学力の向上と社会への適応力を高めるのが目的の生活だったから、決して嫌なものではなかった。

少なくとも特別支援施設での生活よりは普通で健全なものなのではないかと僕は思った。

ただ、玲子さんと村上正は、元々、接点が皆無なのだ。

性別も違うし、年だって一歳違う。

しかも、玲子さんとは激しく言い合いをしていたことも、薄らとだが覚えていた。

だから、顔を見かければ挨拶はした。

でも、会話らしい話しはすることはなく、いつも僕が逃げ出していた。

それでも、玲子さんには本当のことを伝えようかとも思った。

けれど、大学の研究室が特別支援施設と同じなら、盗聴器や監視カメラが設置されていて当然だと思った。

もしかすると、親しくしてくれている研究室の職員ですら、監視員なのかもしれないのだ。

玲子さんは、テレポ以外は、他人に知られてはいけないと言っていた。

だから、玲子さんと二人で同じトイレの個室に入ることができない以上、僕は玲子さんの前でも村上正でなければいけない。

そう思った。

そのうち本当にあう機会がなくなって、僕らは自然と疎遠になった。

その後、大学附属の高校へと入り、卒業後は研究室のある自治体に新卒初級として入庁した。

そして、三年前からリカバリー課に配属された。

一つ年下の玲子さんも一年遅れで、僕と同じ経緯を辿って、二年前にリカバリー課の配属となった。

そして、二人で本田班に所属した。

郷田くんを回収して数日後。

僕は、すっかり人が減ってしまった事務室にいた。

「本田さん、異動とかってどうします?」

手持ち無沙汰な僕は、端末を眺めながら何気なく尋ねてみた。

「あー、あれね」

と、隣の席の本田さんはいつものように適当な物言いをする。

そして、見ていた大判の住宅地図から顔を上げると、白い歯を見せた。

「青木さんが皆に聞いて歩いてるやつ! 健康センターね」

「はい。寺田さんたちは異動するって決めたみたいですけど!」

さほど真面目に話すことはないかと、僕も適当に頬を緩ませた。

「彼女たちはそうだろうね。怖かったろうし、もう嫌だろうなー。こんなところ」

「そうですね。今回は本当に半端なかったですからね」

そして、二人で苦笑して、でも、本田さんは誰にともなく言った。

「まあ、健康センターでも変わりはないと思うけどね」

でもすぐに、それを誤魔化すように大きな声で聞いてきた。

「村上くんはどうすんの?」

「僕ですか?」

「あれ? ここの前って戸籍住民課だっけ?」

「そうです」

頷いた僕も、ふと、思い立って身を乗り出した。

「あ、どうですか本田さんも? 戸籍住民!」

けれど、本田さんは少しも考えることなく、右手を小さく体の前で振って見せた。

「ああーボクは、異動はやめておくよ!」

「そうなんですか?」

本田さんは、鼻で笑うようにしてまた住宅地図に目を落とした。

「だってここって基本は暇でしょ。定時で帰れるからね。楽なんだよね。それに手当は高額だしね。異動する理由が見つからないよ!」

「そうっすね。僕もそう思います」

本田さんは元々港南の職員だった。

親御さんに介護が必要になって、三年前に実家のあるうちの自治体に自治体間交流で異動してきた。三十六歳の独身。主任だ。

港南では、福祉関係の認定相談業務を長いことやっていたというが、異動にあたり、定時で帰れて休みが取れる職場を希望したところ、このリカバリー課に配属されたという。

実際、仕事は真面目でしっかり熟すが、言っているほど定時には帰らないし、休暇も滅多に取らなかった。

「実家は近いからね」

というのが理由だったが、今思えば、係長の鈴木さんがいたのだ。

本田さんだって、あの筑北山の特別支援施設の関係者であってもおかしくはない。

そもそも、二十歳も半ばになる僕と玲子さんは、未だに島崎先生の保護と称した管理下いる。

十年前からずっと同じ、大学の研究室で暮らしているのだ。

だから僕らは、相変わらず会話はない。

玲子さんは無口だし、僕は話せばボロが出から。

仕事以外のことは話さないのだ。

もっとも、玲子さんや村上正に、まだマスターキーとしての価値があるのかは、僕にはわからない。

マスターキーは、胎児の時に受けたデブリの程度によって、その特性は異なる。

そのことを知ったのは、初めて大学の研究所に保護されたときのことだ。

玲子さんと村上正がマスターキーで、その確認を再度行ったときに研究室の職員から説明を受けた。

でも僕にとっては、デブリが人の意識を具現化してボチボチになる。

という話しの方のが興味があったことを今でも覚えている。

そもそもセルがボチボチの生成施設であり、ボチボチこそが僕の始まりだからだ。

ボチボチの役割は、相性のいいマスターキーのための増幅装置、ブースターとして使用される消耗品だが、セルによってすぐにまた生成が可能でもあった。

そして、そのセルは、島崎先生の研究機関の開発した独自システムなのだ。

二十五年前からの数年間続いた大規模なデブリシャワー。

某国の軽率な行動から発生したと言われる現象だが、実際にはそれ以前から観測されていた。

地球の衛星軌道上から降り注いだ超微粒子、デブリは、三十年以上前から世界各国の研究者によって観測研究が続けられており、僕らのいた特別支援施設もその一つだった。

マスターキーは、デブリが人体に及ぼした影響の結果だ。

けれど、それ自体は、人体に何ら害があるわけではない。

実害を及ぼすのは、それを発見、利用することを考えた人間が存在したときなのだ。

マスターキーの検査は現在で定期的に受けてはいるが、その結果について知らされたことは一度もないし、僕から聞いたことも一度もない。

十年前。

信州の筑北山にあった通信研究施設で爆発事故が起きた。

それは、施設だけでなく山そのものの形が変わるほどの大事故で多くの犠牲者を出した。

現在でも半径五キロ圏内は立ち入り禁止にされている。

郷田くんは望み通りにセルと施設を完全に破壊することができたのだ。

当時、この施設では、宇宙から降り注ぐデブリ粒子の観測と研究を行っていたと報じられたものの、僕らが寮生活を送っていた特別支援施設の存在は一切公表されなかった。

当然、施設が子どもたちにさせていたことも公になるこはなかった。

事故の原因も機器のトラブルと報道され、郷田くんによるものであることは、もちろん報じられていない。

結局、生存者がどのくらいいたのかなどは、僕は知らない。

けれど、島崎先生は、この自治体に、あの筑北山の特別支援施設を再建しようとしている。

大学の研究室に旧庁舎のセル。そして、最新機器の整った新庁舎の健康センターと徐々に整ってきているのは、僕にもわかった。

そして、いつの間にか、玲子さんも村上正も、その一翼を担ってしまっている。

そう思うと怖かった。

僕は、村上正として過ごせているのか。

僕は、山口直樹のままでいられているのか。

僕はいったい誰なのか。

わからなくて、不安になる。

また、人を殺すのだろうか。

郷田くんが現れて、山口直樹を探し回っていると知らされたのは、丁度、玲子さんが新卒で入庁したときだった。

当初、すぐに郷田くんが僕のところに来るものと思っていた。

でも、来なかった。

村上正の中身は、間違いなく僕のはずなのに、郷田くんには見向きもされなかったのだ。

けれど、よく考えてみれば、それ当然なのだ。

そもそも郷田くんだって、勝手に現れて、僕を探し回っていたわけではないのだ。

「テレポは要」が口癖の島崎先生が、当時のデータを基にそれこそ何度も、山口直樹をリカバリーしていたのが原因だと推測できる。

そう。十年前のデータを基にされたからなのだ。

「直樹は、一緒に消えてくれるよな!」

それが心情な郷田くんは、まんまと島崎先生の手に落ちたのだ。

山口直樹と郷田翔斗は、これから何度もリカバリーされるだろう。

一緒に消えるどころか、永遠に一緒にリカバリーされ、またやってはいけないことに使われる。

そんなこともわからないで、郷田くんはのこのこ出てきて、山口直樹と一緒にセルの中に収まっているのだ。

そもそも僕が山口直樹のはずで、最近まで目の前の席にいた彼は、同姓同名の別人でしかないというのにだ。

それを思うと悔しくて、でも、どうしていいのかわからずに、ただ、頭を抱えてしまう。

すると不意に、目に入った自分の胸の名札に、「村上正」とはっきり書かれているから、無意識に問いかけていた。

「村上正は何人、人を殺したんだ?」

すると、ぞっと鳥肌が立って、僕は慌てて顔を上げた。

そのとき、斜め向かいの席に座った玲子さんが目に入って、はっとした。

玲子さんは、誰もいない隣の机をじっと見つめていた。

表情もなく、外見からでは何を考えているのかわからないいが、その眼差しは真剣で、とても暖かく見える。

それはまるで、嘗て委員長の三橋真子を見送ったときを思い出させるもので、僕の胸は熱くなった。

そう。玲子さんは、山口直樹の生きていた証を感じているのだと僕は思った。

それと同時に、あのときには気づくことのできなかった玲子さんの本当の思いを今なら感じることができた。

ふと、いつの間にか促されるように正面の誰もいない机を、僕も見つめていた。

閉じられた端末。きっちりと寄せられた椅子。

私物などまったくないすっきりとした机だが、そこには確かに、つい最近までそれらを使っていた者がいた。

そこに座って話しをしていた者がいた。

そのことを僕は今でもちゃんと覚えている。

だからこそ、玲子さんの思いに気づけたんだ。

だからこそ、僕が何をすべきか見つけることができた。

そう思ったとき、僕は自分であることがわかった。


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