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朝、起きてリボンで髪を縛って家の手伝いをする。市場に野菜や玉子を売りに行った時に、装飾屋が目に入った。その中に簡素な木の櫛を見つけたので一つ買った。代金は昨日、クラビスさんに貰ったお金がある。家に帰って、再び手伝いをする。今日は午後から魔法の特別授業だった。
「おかあさん、鏡台借りても良い?」
「壊すんじゃないよ」
母は、寝室に小さな鏡を置いていた。私はその前に立って、リボンをといて髪をとかす。魔法の特別授業ってどんなものなんだろうか。私は絡まる髪を、下から丁寧にといて綺麗にした。毎日、川の水で綺麗にしているのでスカーレットの顔に泥は付いていない。白い顔は、白人寄りの顔立ちをしている。前世の自分とは全く違う顔の作りに目を丸くする。しかし周りの人間もそうなので、飛び抜けて美人というわけではない。十人並である。ごく平凡な顔。けれど、笑うと愛嬌があった。悪くない容姿だと思う。
今日は銀髪を一つまとめにしてリボンを結んだ後に、その下にもう一つリボンを結んで、間にぷっくり膨らんだ髪をいくつも作っていく玉ねぎヘアにしてみた。丸く連なった髪が後ろで揺れる。簡単に出来るかわいい髪型なので気に入ってる。スカーレットの髪は緩くウェーブのかかった髪なので、ヘアアレンジがしやすいので便利だ。
鏡の前で髪型を見直して、私は学校に向かった。
普段の学校は、基本的に年の近い子供でクラスが区切ってある。なので、私は他の学年の子と関わった事がない。教室に入ると、上級生が話していた。入って来た私に気づく。
「あぁ、君がスカーレットか。こっちにおいで」
スカーレットは呼ばれるままに、近くの席につく。
「火の魔法が得意なんだって?」
「う、うん」
得意と言っても、湯を沸かして蒸発させるだけなのだが。
「俺はローガン。よろしくね」
ローガンは手を出して私と握手する。金色の髪に青の綺麗な目をしている。
「僕はオリバー」
隣に腰掛けていた少年も手を出す。こちらは、赤髪を後ろで括っていた。目が細いのか、狐顔で愛嬌のある笑みを浮かべている。
「このクラスは三人だけなんだ。仲良くしようね」
「はい!」
私は元気よく挨拶した。普通の人らしく扱って貰えるのが嬉しかった。
教室にユーリス先生が入ってくる。
「はい、みなさん。お待たせしました。授業を始めますよ」
黒髪長髪のユーリス先生がニコニコしている。普段のクラスの授業と違って、この特別授業はそれぞれ得意な魔法を更に特化させて習う個人授業だった。ローガンは雷の魔法が得意で、オリバーは風の魔法が得意だった。中には全ての属性に秀でた人もいるらしい。
「では、草原に行きましょうか」
どんな暴発が起きるかわからないので、人や建物に被害の無い草原に移動する。村の外に出れば、凶暴なモンスターも出て来るので注意が必要だ。
広い草原に立って魔法を使う。
「スカーレット、よく集中してあのマトを狙ってください」
私は少し離れた場所に立てられたマトを狙って魔法を放った。初めて本物の火が自分の指先から出るのを感じた。木のマトが燃えて崩れ落ちる。
「俺もやるぞ!」
ローガンが隣の的に雷を落とす。眩しい雷がマトを吹き飛ばす。
「僕も」
オリバーは突風でマトを飛ばした。
「はい、素晴らしいですよ。今日はおもいっきり、魔力を使ってください」
私は先生に言われたように、魔法を沢山使った。火の魔法は面白いように私の言う事を聞いた。ドラゴンの形をした炎を作ったりして遊んだ。不思議な事に、自分で出す炎はちっとも熱くないのだ。夕方までそうして遊んでいると、ローガンとオリバーは息切れし始めた。彼らの手の平からは、弱々しい魔法しか出なくなった。
「スカーレットはまだ大丈夫ですか?」
「はい」
私は今も大きな火柱を立てて遊んでいた。
「ふむ」
先生は何かをメモしている。
「日も落ちてきましたし、今日はこのくらいにしましょう」
「はーい」
三人は返事をして学舎に帰る。
「俺もうふらふらだよ」
「僕もだよ……」
二人の歩く足取りは頼りない。
「スカーレットは凄いな、本当になんとも無いのか?」
「う、うん。まだ大丈夫だよ」
「きっと、スカーレットの魔力量は人一倍多いんでしょうね」
先生がニコニコ笑う。
「そっかー、それじゃスカーレットは認定魔術師になれちゃうかもな」
「そしたら、ウチの商店を是非ご贔屓にして貰いたいね」
認定魔術師とは、この国の役職の一つで魔法を使う事を専門にした仕事である。教科書に載っていた。
「オリバーの家は商家なの?」
「そうさ。ヨーセフ商会って、結構この辺りで有名な家だよ。僕の風の魔法も上手く使えるようになったら、荷物の積み下ろしがより簡単になるだろ? だから親父達も期待してるんだ」
家の手伝いの為に魔法を勉強しに来るなんて、偉い人だオリバーくん。
「ローガンの家は貴族様だから、今から懇意にしとくと仕事を貰えるようになるかもしれないよ」
「へ、貴族?」
貴族と言えば、身分が上の存在だ。平民のスカーレットが滅多に関われる存在では無い。
「貴族って言っても、俺の家は成り上がりの二代目だし、爵位は金で買ってるからな。まぁ、気にしないでくれ。今日みたいに普通に接してくれた方が俺は嬉しい」
ローガンはにっこり笑った。貴族なのに偉ぶらない気さくな人だ。
「二人とも、そろそろ迎えの方がいらっしゃってるんじゃありませんか?」
「あ、やべぇ」
立ち止まって話していた私達に先生が後ろから声をかける。
「じゃあ、また!」
二人は手を振って帰って行った。
「お二人は、特別授業の時だけ別の村から通っていただいてるんです」
いくら別学年とはいえ、村で全く見た事が無いと思ったら、そういう事だったのか。
「スカーレット、あなたも気を付けてお家に帰ってくださいね。それから、今日は沢山魔法を使いましたから、身体に異常があった時はすぐに学校にいらしてください。私の家はご存知ですか?」
私は顔を横に振る。
「私は学校の裏にある家に住んでいます。だいたい、いつも家に居ますから。身体に異常が見られたら、すぐに訪ねて来てくださいね。もちろん、ただ遊びに来ていただいても構いませんよ」
ユーリス先生はにっこり笑う。黒髪長髪の先生は、凄く美形だったりする。それでいて、学校の先生をしているくらいなので子供好きなのかもしれない。
(良い先生に出会えて良かった……)
家に帰ると夕飯が用意してあった。私はその食事を食べる。父はまだ帰っていない。
「特別授業どうだったんだい」
母は椅子に座って、破れた服を繕っている。
「今日は、いっぱい魔法を使う授業だったよ。クラスじゃ私が一番魔法量が多いみたい」
母は片眉をあげる。
「そうかい、がんばりな。魔法が使えりゃ、今よりはマシなおまんまが食えるようになる。私も魔法が使えたら、お父ちゃんの事を何度吹き飛ばしてやりたいと思った事か」
私は母の愚痴を聞きながら夕飯を食べた。なるほど、魔法を制御できないまま人を襲ってしまう人を減らす為に、魔力封じの枷が付けられるのかもしれない。
食事を終えると私は大きな桶を持って川に下りる。桶の中に水を汲んで、岸辺に置く。桶に手をあてて、中の水を沸騰させるイメージを持つ。
「んーーー!!」
ボンっと、音を出して桶の中の水が一瞬で蒸発した。空になった桶を見て私は顔を覆う。
「あちゃー」
再び桶に水を入れて手を当てる。六度それを繰り返して、七度目でようやく成功した。桶から湯気が立っている。
「熱っ!!」
熱湯だった。
「温度調節出来るようにならないとな……」
バケツを持って来て、川から水を汲んで桶の水の温度を調節した。私は服を脱いで、桶に身体を入れた。簡易お風呂である。今は春の気候で穏やかだったが、毎晩水風呂は辛い。
「ふー」
身体が小さいので、桶のサイズも丁度いい。
お風呂から上がって朝に干したシーツを取り込んで。藁に敷く。私は満足気に息を吸って吐いて目を閉じた。今日は良い日だった。魔法の授業は楽しかったし、良い友人とも出会えた。ローガンとオリバーは、スカーレットを嫌っていない様子だった。他の村から来ているので、スカーレットが虐められている事を知らないのだろう。魔法が使える事で入れるようになったお湯のお風呂も気持ち良かった。こんなに気分の良い日が、また来ると良いと思って眠りに落ちた。
つづく