25
夜に課題を終わらせた後、私は届いた手紙を開く。ユーリス先生の手紙には、村の様子が書かれていた。そして私への激励の言葉。両親からの手紙には、私を心配する言葉が長々と続いている。父は字が書けないので、母の字で二人分の言葉が長々と続く。一緒に押し花が入っていた。村でよく見たその花を見て、私は少しだけ懐かしい気持ちになった。
先生と両親に手紙の返事を書く。気づくと便箋四枚に長々と文を書いていた。
私は頬を掻いて、便箋を封筒に入れた。手紙は良いものだと思う。私は、スカーレットは両親に対してどう接すれば良いのか今も悩んでいる。今までが今までだったし、素直に甘える事が出来ない。だからと言ってすっぱり関わらないでいる事も出来なかった。けれどこうして離れて、彼らと手紙だけの対話をしているのは心地よかった。今の私達には、これが互いを尊重しあえる丁度良い距離なのだと思う。
次の日、手紙を出しに行ってから帰り道に町を眺めながら私は考え事をした。
「みんなすごいなぁ」
ため息が出る。だって、みんなそれぞれ自分が進むべき道を決めて歩いている。紆余曲折ありながらも、その道を歩きつづける人達がいる。果たして私にも、そんな道を見つける事が出来るのだろうか。私は寮に帰ると、そのまま図書館に行った。このもやもやした気持ちを解決する為のヒントが欲しかった。
図書館に人はまばらにしかいなかった。ここの図書館は一般の人にも開かれているので、生徒以外も出入りする人はいる。私は端から本棚を眺めていって、気になる本があれば開いて見て本棚に戻すを繰り返した。今の気持ちに答えをくれる本はなかなか無い。哲学書のコーナーで私は立ち止まって本を何冊も開いて、中身をパラパラ読んだ。とても難しい本だった。本棚に戻して私はため息をついた。
「さっきからため息ばかりだね」
突然、声をかけられて私は驚いた。振り向くとライアン先生が立っていた。
「ホームシック? いや、ちがうか」
ライアン先生は私を見て首を傾げた後に、読んでいた本を見てそう呟いた。
「何か悩んでいるみたいだね」
「わかりますか……」
「そりゃあ俺の生徒だからね」
先生がにこっと笑う。
「その、私まだ自分の将来の道を決めていなくて……」
いろいろと見聞きする程に、私は自分が本当にやりたい事がなんなのかわからなくなっていた。
「将来の道か……。確かにそれは難しい話しだね」
「先生はどうして、今の道を決めたんですか?」
「俺かい?」
「うーん、それは少し長い話になるな。よし、ちょっとランチでも一緒に食べに行こう」
「へ」
「おや、もしかしてもう食べた後かな」
「いや、まだですけど」
「じゃあ、行こう」
私はライアン先生の後について、図書館を出た。何故か一緒にランチを食べる事になった。
庶民向けの食堂に入って、私と先生は向き合って食事をした。メニューを見てもよくわからなかったので、お店でのオススメメニューをお願いしたら、巨大なカニの入ったスープが出て来た。なんか、凄いの頼んじゃった気がする。しかしオススメメニューだけあって味はとても良かった。先生は、リゾットを頼んでいた。
「それで、まずは俺の話だったよね」
「はい」
私は美味しいカニスープを飲みながら頷く。
「俺はね、貴族の出身なんだ」
「……貴族で教師職に就く方は珍しいと聞きました」
貴族で、大学の研究職に着く人はとてもめずらしい。何故なら、貴族は貴族でいるだけでお金が入るからわざわざ苦労して研究者になる必要など無いのだ。貴族は本来、働かないでいるのがステータスなのである。
「俺の家はそこそこ大きな貴族でね、家の中にも魔術基盤の道具が溢れていたんだ。俺は、昔から好奇心が強くてそれらの道具をよく解体していた」
男の子って、小さい時は道具を解体するの好きだよね。
「それで、貴族は学園に入学するのが義務だろう。俺も入学したわけだけど、父には内緒で二年からの専攻を魔術基盤の専門知識メインに絞ってカリキュラムを組んでしまったんだ。貴族としての基礎教養授業なんか、軒並み外してしまったよ」
「そ、それはお父さん怒りませんでしたか……」
私はおそるおそる聞く。
「幸い父はあまり学園の事には興味の無い人でね、俺がどんな授業を受けているのか気にもしなかったよ。おかげで俺は卒業まで、バレずに好きな授業を受けられた」
教育には無関心なお父さんだったのか。
「そして卒業した後に俺が大学で研究者になると知った父に怒られた。俺の父親は、本当に真っ当な貴族でね。貴族は働かないモノだと決めていた。趣味でも『働く』貴族達を侮蔑してもいた。領民から徴収する税金で優雅に暮らし、社交を行う事こそ、貴族としての正しい道だと思い込んでいた。
しかし俺はそんな暮らしはしなくないと思った。社交で言葉を交わすより、きらびやかな調度品に囲まれるより、魔術基盤の研究に勤しみたかった。学校で、後進の生徒達を育てたかった。
俺は意地を通して今ここにいるわけだ。父には勘当されてしまったけど後悔は無い」
「すごいですね……」
「好きな事だったからね。育ててくれた父には感謝している。けれど、やりたい事をねじまげてまで両親の望むように生きる事はできなかった」
それは、凄く強い意思だ。親の言う事というのは、どんなに間違った事でも、子供にとって絶対的な力を持っているのだ。
「幸い俺には弟が居たから、家督はそっちが継ぐ事になった。弟は良い奴で、今でもたまに会って飲みにいったりするんだ。あいつは、他にやりたい事もないし貴族をやっても良いと言っていた。だから俺には好きな道に進めってさ」
ライアン先生がワインを揺らしている。
「君は俺達兄弟の事をどう思う」
私は少し考えてから口を開く。
「わかりません…、ただどちらも本人が自分の人生に満足しているのであれば、それを他人が評価する必要は無いと思います」
沢山の人に会って、話を聞く中で私は思う。人にはそれぞれの物語がある。端から見れば、それは悲しいものだったり、苦しそうだったり、不運だったりする事もある。けれど、その人生を生きる本人がそれらも含めて良いものだと思うのなら、他者が評価をする必要は無いのだ。彼らの生きる人生を尊ぶべきだ。
私は一度死んで、スカーレットの意識の中にもう一度生まれた。大人になれなかった私は、この人生をスカーレットと私の為にも幸せなものにしたい。生きる事は苦しい事だ。けれど、私もみんなを見習って自分の物語を良いものだと語りたい。
「……ありがとう。どうやら君は敏い子みたいだ。それに君は人を見る目が優しい」
「そうでしょうか……」
「そうだとも」
私にも酷い部分はある。村で私を虐めた子達を私は赦す事ができない。
「それで、君は自分の将来について悩んでるんだったよね」
「はい」
「君はルルス村出身だから、両親の仕事を継ぐのが一番簡単かな。君も街に来てわかったと思うが、この国はまだそこまで自由では無いんだ。好きな仕事に就けるわけじゃない」
「そうですね…、両親の農業を手伝うのが一番簡単だと思います」
「……」
ライアン先生は瞬きをした。
「君の両親は農家なのか?」
「そうですよ」
彼は首を傾げた。
「すまない、田舎の出だとは聞いていたがその年で学園に来るくらいだから裕福な平民の出なんだと思っていた。大きな農場の地主とかでも無いのかい?」
「いえ、家族三人が食べていくのがやっとくらいの小さな農園です」
ライアン先生は腕組みをする。スカーレットの立場は少しだけ特殊だった。
「なるほど、ようやくわかったよ。君がどうして、そこまで将来に悩むのか」
納得いってくれたようで嬉しい。
「君の目的の一つは、『食うに困らない生活』でまず合っているかな」
「はい、それは最低限の目標の一つです。その上で私は自分に向いている事で、かつやりたい事を仕事にしたいんです」
贅沢な悩みだ。
「……君は面白いね。普通、困窮した家庭に生まれた人間は“好き”な事を捨てて安定をとるんだよ」
「そうですね……普通そうだと思います」
実家に帰って農園を大きくするというのも一つの手なのだ。しかし、私は自分の興味がもてないその選択を最初から選ぶつもりが無い。これは、私の中に生前の知識があるせいだろう。職業選択の自由のある世界。
「ふむ。しかしそれなら俺は君に一つアドバイスが出来るな」
「アドバイスですか」
「俺は君が好きなものを知っている」
私は目を見開いた。ずっと探していた私の好きなモノを、先生はわかるのか。
「自分の好きな事に本当に自覚ない? それじゃ言うけど、君は『魔法』を使うのが好きだろ」
問われて、私は固まった。過去の記憶が流れて行く。
「魔法は面白いから、好きな子は多い。けど君は特に好きみたいだ。授業中に生き生きした顔で魔法を使う姿を何度も見る。そして、他の人が火以外の魔法を使う時にとても羨ましそうな顔をする」
そんなに顔に出ているだろうか。
「君は無意識に、自分のやりたい事を誤魔化してはいないかい?」
私は視線を彷徨わせる。確かに私は『魔法』を使うのが好きだ。
「けど、私は火の魔法しか使えません……」
「それがどうした。火の魔法だけで仕事をする人間はいる。依頼人もそれをわかって依頼して来る。君は諦める前に、自分の心に問いかけるべきだ」
私は戸惑いながら目を瞑って、私に尋ねた。私の本当にやりたい事はなに?
―……願う事なら私は、魔法を使った仕事がしたい!―
私の心は即答した。目を開けた私は、興奮で顔が熱くなっていた。
「私のやりたい事は、『魔法』を使った仕事です。出来ないかもしれないけど、諦められません」
「うん、よく言った。俺に任せておきたまえ。君に必要な人を紹介してあげよう」
ライアン先生は満足して品よく笑いかけた。
一つ、私の道が開けた。
つづく




