12
春にはルルス村でお祭りがある。コノートへの出発を控えた私は、そのお祭りに参加して眺めていた。
こんなお祭りがある事を、スカーレットは以前から知っていた。けれど、スカーレットは一度もお祭りに参加した事がなかった。だからスカーレットは、今年初めてお祭りを見ている。長い冬が開けて、春を祝うお祭りだった。村の年頃の女の子達は、春の女神様の格好をしている。スカーレットも、淡いピンク色のワンピースを着て頭に花冠を付けていた。これは、母がスカーレットに作ってくれたものだった。冬の間、私はずっとユーリス先生の家にいて、実家に帰る事がなかった。だから、母があの家で何を考えていたのかわからない。けれど、忙しい時間を割いて私のワンピースを作ってくれた事は嬉しかった。だけど私は、みんなが楽しそうに騒ぐお祭りを、座って眺めている。残念ながら、この村に友人のいない私には一緒に騒ぐ友達はいない。
「やぁ」
クラビスがビール片手にやって来る。
「あぁ、かわいい格好をしているね」
彼が隣に腰掛ける。
「ありがとうございます」
「お祭りなのに、浮かない顔をしている」
「……私は、この村に親しい友人はいません」
「オリバーと、ローガンは別の村出身だったか」
この村の人間は、私に話しかけて来る人はいない。この村は貧しくて、ストレスのはけ口に蔑む対象が必要だった。それが、私の家族だった。父や母に、村人達の友人はいなかった。そんな人が訪ねて来る事も無かった。どうして私の家だったのかはわからない。同じくらい酷い貧乏人の家は他にもあるのだ。しかし、私の家は選ばれた。この村全体の暗黙のルールとして、無条件に蔑んで良いと思われていた。
「私は不安です。こんな私がコノートでうまくやれるのか」
「……やれるさ。と無責任な事は言えない。僕も昔から他人と関わるのは苦手でね。合う人間としか、話せない。でも、そんな僕でも、良い友人は作れた」
私はクラビスを見る。
「君は君らしくいると良い。いずれ、君と合う人間が現れるさ。ローガンと、オリバーのようにね」
「私らしく」
「そう、自分を偽らなくて良いんだ……」
私は小さく頷いた。
私は、華やかで楽し気なお祭りが終わる時まで見ていた。花冠を付けた女の子達が、楽し気に話すのを羨ましく見ていた。
(コノートで、女の子の良い友人が作れますように……)
私は心の中で神様にそうお願いした。
私は少ない荷物をまとめて、コノートへと旅立った。オリバーの馬車に乗せて貰った。商会の馬車が出てるからついでに一緒に乗って行こうと誘われていたのだ。ローガンは両親と一緒に馬車で行くらしい。
馬車に揺られていると、オリバーが荷物をあさってぶどうをくれた。
「コノートってどんなところかな」
「とっても大きな国だよ。それに綺麗なところだ」
オリバーは仕事の手伝いで何度か、コノート国に行った事があるらしい。
「でも怖い人も沢山いるから、スカーレットは夜中に出歩いたりしちゃダメだよ」
「う、うん。気を付ける」
そんな町にも物盗りや、通り魔がいるのかもしれない。
長い馬車の旅が終わって、コノート国に着く。門の前で身分証を見せて、高い壁に囲まれた城内へと、馬車が入る。私は口を開けた。村とは大違いなのだ。そこは、石畳みで整備されて、綺麗な石のレンガの家の並ぶ美しい街並みが広がっていた。道行く人は綺麗な服を着て、食べるのに困っている人はいなさそうだ。馬車は進み、私達の入学する学舎へと入る。校内に寮があるので、まずそこで荷物を下ろす。管理人さんに案内されて、私とオリバーは寮に入った。さすがに男女別の部屋らしく、オリバーとは途中で別れて別の部屋に入る。開けて更にびっくりである。大きな部屋にベッドがずらりと四〇個置いてある。今日からココで寝る事になるらしい。
荷物を置いて下へおりる。入学式は明日なので、今日は自由に過ごして良かった。オリバーと会って学食に入る。お盆を持って並ぶと、同じように緊張した面持ちの子達が何人かいた。きっと、あの子達も新入生なのだろう。食事をテーブルに置いて、口に運んだ。シチューには大き目のお肉が入っていて美味しかった。
「スカーレットは、今日どうするんだい?」
「何も考えてないの。ちょっと町でも見てみようかな」
「それじゃ僕と一緒に行かないかい?」
「本当? 一緒に行こう!」
「任せてよ。僕は何度か来た事があるから、安心して良いよ」
私はオリバーと一緒に町の中を観光する事になった。本当に綺麗な町だ。コノートの町とルルス村で文化レベルに月とスッポン程の差があるように思う。しかし、情報や物流の伝達手段が限られているこの世界では仕方ないのかもしれない。私の記憶にある、中世のヨーロッパもきっとこれくらいの差があったのだろう。
途中、ジェラート屋でジェラートを買う。甘くて美味しい。
「スカーレットこっちだよ」
中央広場はそれなりに人が多いのではぐれないようにオリバーが手を繋いでくれた。私は手を引かれながら歩く。彼と私では、身長差が三〇センチくらいある。きっと周りから見たら、小さい妹と観光する良いお兄ちゃんの図だろう。実際、オリバーは、とても気が効く人で町にも詳しかった。観光ツアーとか立ちあげたら、花形ガイドになれるんじゃなかろうか。
「それで、あそこが王国御用達の靴屋。オーダーメイドで作ってくれるんだけど、一度履いたら他の靴には戻れないってくらい履き心地の良い靴を作ってくれるらしいよ」
それは、一足是非欲しいものだ。
「そうだ、あのお店に入ってみないかい」
オリバーに手を引かれるまま私は、一つのお店に入った。中は女性客が多い。店の中には、イヤリングや指輪などのアクセサリーが沢山売られていた。たぶん一つ一つ手作りだと思われる装飾品は、丁寧に作られていて目を奪われる。私の時代で目にしていた、大量生産のアクセサリーにはない品があった。
「コレください」
そう言って、オリバーは一つ手に取って会計する。購入したピン留めは花のモチーフが三ついていて、オレンジ色の小さな石が花の中心に埋め込まれていた。オリバーは私の髪にそのピンをとめる。
「うん、すごく似合ってるよ」
私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「ありがとう」
「スカーレットの髪は綺麗だから、髪飾りが凄く映える」
彼は笑みを浮かべて、私の手を引いて店を出た。私は恥ずかしいのと嬉しいのがまざりあって、しばらく顔の熱が引かなかった。
夕方に寮に帰って来ると、ローガンが手を振って待っていた。
「二人ともどこ行ってたんだ?」
「時間があったから観光してたんだ」
ローガンが私の髪を見る。
「あれ、そんな髪飾り持ってたっけ?」
「僕からスカーレットに贈ったのさ」
「あ、抜け駆けしたな」
「いやいや、女の子をデートに誘ったのなら贈り物の一つくらい当然さ」
「むぅ、確かに」
私は頬を掻く。彼らは妹分の私を使って女性を扱う練習をしている節があった。男の子はこうやって、男の人になって行くわけか。
食堂で夕飯を食べながら、ローガンの話を聞いた。
「全く、今日は大変だったよ。馬車でようやくコノートについたかと思えば、親戚中に挨拶に行かなければいけなくて、本当に大変だった。これも貴族の義務だとわかっているが、もう少しフランクに付き合えないものかな……」
ローガンがこれから身を置く事になる貴族社会は大変なものらしい。
私は部屋に戻って、トランクを開けて着替えを出した。部屋の中には私と同じ新入生たちがうろうろしている。
「あら、あなたいくつ?」
背の高い女の子が私に声をかけて来る。
「十一です」
「まぁ、随分小さいと思ったら、その年で学園の試験にパスしたのね!?」
女の子が私の手を握る。
「私はリヴィアよ。あなたとは、三つも年が離れているけど、よろしくね」
三つという事は、一四だ。試験は、一二才から受けられるので。二度落ちたらしい。
「スカーレットです。よ、よろしくお願いします」
青い髪の縦ロールで、見るからにお高くとまったお嬢様な感じなのだが、意外と気さくな人らしい。
彼女と別れてシャワーへ行く。中に入って、平たい金属の板に手を触れると、あたたかいお湯が出て来る。これはユーリス先生の家で初めて見て衝撃的だったのだが、外に水の入ったタンクがあり、この板に触れる事で魔力を少しだけ使ってお湯を沸かしてくれる仕組みだった。どういう仕組なのかわらかないが、この世界では機械の代わりにこういう魔力を使ったシステムがあらゆる事に使われていた。(ちなみに、枷を付けられて魔法を封じられた人間もこの装置は使う事が出来た)
シャワーから出ると、私は洗面所にある石のはめ込まれた金属を手に持った。石を押さえると、私の髪が一瞬で乾いた。本当に、どんな仕組みになっているのか気になる物が多すぎた。コレなんて、現代のドライヤーなんかよりずっと便利である。
部屋に戻って、ベッドの中に潜り込む。明日は入学式、しっかり寝ておかなければ。
つづく




