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クラスでテストがあった。四ヶ月に一度、実力を確かめる為のテストがあるのだ。過去の勉強を振り返りながら、私はテスト勉強の準備をして出来るだけ万全な形で臨んだ。この世界では初めてのテストである。
結果、私はクラスで一番を取った。そりゃあ、高校二年生が小学一年生のテストで本気出せばこうなるだろう。けれどまさか、全部満点を取るとは思わなかった。ユーリス先生はいつものようにニコニコしていたが、他の先生はやや驚きながら私に答案を返したのであった。
そして私は、学問面でも特別授業を受ける事になった。こちらも、魔法の特別授業と同じで国が優秀な人材を育てる為に設けている制度だった。勉強の為に学校に顔を出す機会が増えて、家に持ち帰る課題も増える。しかし、母に特別授業に参加する事になったと伝えると、手伝いを減らして貰えた。先生から後日聞く事になるのだが、特別授業に参加する生徒には奨学金が下りるらしい。魔法学の特別授業と、学問の特別授業一月合わせて15000ギルである。ちなみに、私達一家が一月生活するのに必要な収入は30000ギル。私はいつの間にか家庭を火の車から救っていたのである。そうなると、母も特別授業の参加をノーとは言わない。むしろ、出来る限り長く通って家庭を助けるようにとの事だった。
学問の特別授業に行くと、魔法学の授業よりも来ている生徒は多い。私のクラスの知り合いも何人か来ていた。その中に、例のよく喧嘩をしかけて来る少女が居て、私を見てあんぐりと口を開けていた。
授業が始まる。個人個人に合わせたレベルで課題が出されるので、それを黙々と解くような感じだった。解けたら先生に持って行き、一定の点数が取れたら更に上の課題が渡される。わからない時は先生に聞く。みんな、黙々と勉強している。机の上に参考書を重ねて解き方を考えている子もいる。私は、そういう本を持っていないので、とにかく出された課題を黙々と解いた。一年生の課題は軽く終了した。
「君はお兄さんか、お姉さんいるかい?」
私は首を横に振る。
「それじゃあ、コレを貸してあげるから家で勉強すると良い」
渡されたのは二年生で使う教科書だった。
「ありがとうございます」
私が先生に礼を言って机に帰る時に、物凄く憎悪に満ちた顔で例の女の子が睨んで来ていた気がする。
家に帰って、アルコールランプの下で勉強をする。部屋には、机なんて無いので、木箱を机代わりにしていた。歴史の教科書が興味深い。一年生に書かれていたものより、更に先の歴史が詳しく書かれている。こうして読むと、やっぱりコノート国は大きな国らしい。法の整備にも力を入れて、国民の生活にも気を配っている。もしかしたら、この国に行けば良い仕事に就けるかもしれない。そう私は思った。
手伝いが減った分、学校に通う回数が増える。二年生と三年生の課題も終了した私は、普段の授業に出ない代わりに特別クラスで更に上の勉強をする事になった。なんでも、この世界は飛び級制度が採用されているらしい。私はめでたく、その飛び級制度の試験を受けられる事になった。三年生以降は義務教育でないわけだから、ただ試験に合格するだけではいけない。大幅に良い点数を取って、奨学金を受けなければいけないのだ。しかしまぁ、先生達はリミットまであと五年あるのだから、一回二回の失敗に落ち込まずに焦らずコツコツ勉強して良い点数を取りましょうとの事だった。
少しだけ私の道が見えて来た。知識は邪魔にならない荷物であると言ったのは、誰だったろうか。沢山勉強した学校の帰り道に私は夕日の落ちる赤い空を見た。このまま勉強して良い学校に進もう。魔法も磨こう。この村から出れば、別の生きる道があるかもしれない。そう例えば、ユーリス先生みたいに小さな学校で子供達に教える先生にだってなれるかもしれない。
黄昏れている私に何かがぶつかった。ベチャッとした、それは泥の固まりだった。投げて来たのは例のすぐ怒る女の子だ。今日は取り巻きが一人もいない。
「なんですか」
「むかつくのよあんた。調子乗らないでくれる」
一人でやって来て、こう真っ直ぐ喧嘩を売れるのはある意味凄いと思う。私は少し考えた。
「あなたは私にどうして欲しいんですか?」
「私の目の前からいなくなってよ」
相手は十才の子供だ。世の中には自分の思い通りにならない事がある事を彼女はまだ知らない。
「……私、進学するつもりなのでいずれこの村を出て行きます」
「あんたが進学!? できるはずないじゃん。あんたなんかが」
少なくとも今の私の方が彼女より勉強が出来ることを、彼女もわかっているはずだ。
「あなたは、私にどうして欲しいんですか。私はいずれ村を出て行きますって言ってるのに」
他人に甘えた癇癪を起こすのは身内相手に留めて欲しいものだ。
「あんたなんか、あんたなんか、死んじゃえばいいのよ!!」
その時、彼女の後ろに竜巻が起きた。かなりヤバイ気がする。火で風に対抗出来るものだろうか。もう、やるならあの子自身を攻撃するしかないんじゃないか?
手を上げて狙いを定める。けれど、私は炎を撃てない。人を狙うのは初めてだった。あたりどころが悪けれれば死んでしまう。私は結局撃てずに、竜巻に飲み込まれた。
遠くで高い音がする。これは、指笛の音だ。そこで私は気を失った。
目を開けると、私はユーリス先生の自宅にいた。
「大丈夫ですか?」
先生が優しく笑う。私は目を瞬く。身体を起こそうとして、節々が痛い事に気がついた。
「無理に身体を起こしてはいけませんよ。あなたは竜巻に巻き込まれて、地面に叩きつけられてしまったんですから」
先生は悲しそうな顔をする。
「偶然、クラビスが気付いて間に入って止めたそうです」
ユーリス先生は私の手を撫でる。
「あなたが無事で良かった……」
扉を開けてクラビスが入って来る。
「目を覚ましたか」
「おかえりなさいクラビス。あの子はどうなりましたか……」
「あぁ……、状況が状況だったからな。いくら子供とはいえ、罰則を知った上で故意に魔法を使って人を傷つけたとあっては、警告はまぬがれないだろう……」
この世界のルール。魔法を使って人を傷つけたものは、二度まで警告を受ける。三度目は、十五才を待たずして枷を付けられて一生魔術を封印される。あの子は、一度目の警告を受けてしまった。これでもう、私を襲うような真似はしないだろう。
身体の節々が痛い。これは本当に、当たりどころが悪ければ死んでいたのだと思った。
「……スカーレット。あなたはしばらく私の家で預かる事になりました。私とクラビスは薬学と治癒魔術の知識も持っていますから、あなたの怪我の治療をする事が出来ます。お母様にも話しはしておりますので、ご安心ください」
「そんな……ありがとうございます」
私は頭を下げた。
つづく