生きてほしい
暗く狭い室内でストーブの上に乗った鍋から湯気がけぶる。
その独特のこもる湿気と灯油の燃える匂いが、私の幸せの象徴だった。
小さい頃は部屋をストーブで温めて、コタツに潜ってみんなでテレビを見たり、お話ししたり。ただただ幸せだった。
だけど今はストーブの匂いと湯気が香るだけ。
私はどうにか生きたいと思って、どうにか生きてた。
それでも。
胃がムカムカして
肩が重くて
頭がもう止めろって、何も考えさせないように動きを止めようとする。
このまま息も止めてしまいたい
真っ当に生きたいのに、生きられない。
苦しい
胃が痛い
助けて、ほしい
苦しくて死にたくなってもしまう
自分が本当に死んでしまいそうで怖い
肩が痛い
ああ、ごめんなさい
生きられなくて、ごめんね
「これなに、遺書?」
「そう、遺書。私が悪くて、皆んなは悪くないからどうか生きてほしいって、遺書。」
冷たい床に横になった身体が沈んでゆく。
「そんなこと、どこにも書いてないけど。」
「そういう思いで書いたの。」
ここの床は、泥じゃなかったはずなのに。
「そう。死ぬの?」
沈む体の中の、今にも動きを止めそうな心臓が少しだけはねた。
「死にたくないな。」
暗闇から何かが出てきそうで、目を閉じる。
「どういう意味なの。」
「死ぬのは悪いことだって思ってるし怖いって意味。」
死ぬのはいけないことだし、死が未知すぎて怖い。死んだらどうなるの。
「じゃあ死ななきゃいいじゃん。」
「でも死んでしまう怖さより、これから生きていく方がずっと辛くて怖いから。」
体がさらに沈むもう、動けなさそうだ。
「逃げるんだ。」
「そ、逃げるの。」
逃げたいの。
「死ぬくらいだったら、今のところから逃げればいいじゃん。それで生きれば。」
もうつぶった目を開けられそうにない。
「逃げたこともあったんだけどね。結局生きてる限りは向き合わなきゃいけなかったから。生きてる限りは逃げられないと思うから。弱くて、ごめんなさい。」
許してほしい。
「死に逃げたってまたそこで死にたくなるだけじゃないの。」
「それは…、怖いなぁ。」
でももう逆らえない。
「ならもっと頑張りなよ。」
「私も、もっと頑張りたいな。」
頑張り屋さんな心臓がはくはくと血を押し出す。
「自分で思うくらいだから頑張りが足りないんだよ。」
もう体の端っこの感覚がない。
「うん…。そうだね。その通り、ほんとダメダメだなぁ。」
体が溶けてしまったよう。
「ほんとだよ。昔からそうだったの?」
苦しさすら薄れてくる
「昔っから、こうだったよ。」
あれ、
上ってどっちだったっけ。
「根っからのダメ人間なんだね。」
でも
「そうそう。」
まだ生きてるみたい。
「可哀想だね。」
心臓が、
「可哀想かな、そうでもないよ。」
もう頑張れないって。
「可哀想だよ。」
いままで
「…そっか。」
ごめんね。
「なに、泣いてるの。泣いたらどうにかなると思ってるの?泣いたってどうにもならないんだよ。」
迷惑かけたのに
「…ごめんなさい。」
死んでしまって。
「なに、自分のこと可哀想がってるの。」
なんて恩知らず。
「…違うの。」
ごめんなさい。
「はっきり言いなよ。」
どうか
「恥ずかしいなぁって。可哀想って言われる自分が恥ずかしくて。」
幸せに
「今更気づいたの。恥ずかしい奴。」
「」
どうか幸せに、生きてほしい