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V. moonlight paranoia

 気に食わない。涼しい顔をして、まるで眼中にないとでも言いたげに。気に食わない。どうでもいいと背中で語って。気に食わない。奴は去っていった。気に食わない。一瞬のためらいもなく。ああ、気に食わない!



「くそ……!」



 いらだちまぎれに巨木の幹を蹴りつける。感情の制御が乱れれば、勝手に能力チカラが発露する。気づいたときには黄金の光が散って、靴底の形のうろができていた。


 ごまかしようのない痕跡。おなじ狩場を使う道化なかまたちに見つかれば、きっと馬鹿にされることだろう。


 右手をできたてのうろにつっこんで、適当な証拠隠滅にかかる。十メートルを超える大木を、まるごと立ち枯れさせるのは骨が折れるけれど、内側から多少崩すくらいならばそう手間はかからない。こんなことをしたところで、アキにはすべてお見通し(・・・・)なんだろうけど。



――安心しろ、お前は殺さない。



 アキの言葉を思いだして、手元が狂った。予定よりすいぶん深くまでえぐり抜いてしまったけれど、……まぁいいか。


 この森の土は肥沃だ。理由など語る必要もない。長年、もの言わぬ骸たちから養分を吸い上げて育った木々は、そう簡単には倒れない。


 月の光すらも差し込まない深森。異常な成長を遂げた木々に囲まれたこの土地には、深い業が染みついている。『道化の舞台』だとか『死神の胎』だとか、物騒な呼び名は仲間内のものだけど。大抵は森で通じる。もしくは狩場。世間的には、まっとうな人間ならまず近づかないほどの『心霊スポット』……とは、クロが口にした可愛げがありすぎる名称だ。



《ツキ? 聞こえる? ツキ?》



 とつぜん繋がった回路に、手が止まる。ヒナだ。彼女がどこにいるのか知らないけど、ノイズの酷さからして、かなりの距離から【伝達】している。ヒナの能力は便利だけど、一方的なものだ。こちらから応じる術はない。



《返事しなくていいからそのまま聞いて。クロとアキが暴れてる。このままだと『首輪』が――ッ》



 ぶつり、と思念が途絶える。

 クロとアキ? 一緒にいるのなら、まちがいなく本部だ。本部で、クロとアキが暴れてる? なにそれ。



「どうなってるの……」



 いらだちも吹きとんでしまって、ぼうぜんと呟く。


 なにはともあれ、ゆっくりしている時間はないらしい。首輪、ね――先に壊しておけばよかった。対外的な面子とか、厄介そうな後始末はアキに任せて、事後承諾でやってしまえばよかったと、ちょっと後悔しながらコートについた木屑を払う。


 ヒナだってたぶん、僕が間にあうとは思ってない。だけど、すくなくともアキに対しては、僕が動くことで牽制になる。そういう可能性が高まった段階で、きっと状況に気づくはずだ。


 ――アキに冷静さが残っていたら、の話だけど。


 土を蹴る。ここから本部までの最短ルートは、身体が覚え込んでいる。ぐんと加速した勢いのまま、僕がたどれるなかで、もっとも効率的な道なき道へ飛びだす。手頃な建物の上を伝って、より遠くへ、より無駄なく、直線的に走っていく。


 道化(clown)と呼ばれている仲間たちは、だいたい身体能力が高いものだけど、そのなかでも『駆ける』ことに関して一番速いのはまちがいなくクロ。


 夜の街は、蝶の縄張りだ。


 もっと高くを跳んで、デタラメな経路を空に描いていく。反動が大きすぎて常用できない僕の能力とはちがって、彼の能力は、どちらも常時発動可能なものだから。……むしろ、解放している方が、クロにとっての自然体。


 それを抑え込んでいるのが、僕らにつけられた安全装置、という名の首輪。つまりは制御装置で、詳しい原理は知らないけど、あれが発動すると厄介なことになる。


 着地の衝撃を流しながら、ふと気づいた。


 ――キサヤ。


 あいつも本部に向かっただろうに、追いつく気配がないどころか、まったく姿が見えない。



「あいつのが、ずっと上だっていうの……?」



 ギリ、と奥歯を噛みしめる。道化ですらないくせに。いままで『序列外』だなんて妙な立場にいたのは、単にあいつがボスの養子だからってだけじゃない。


 人間の枠を外れて、それなのに異能を持たない、中途半端な存在。だから、泳がされていた。鎖につながれることも、檻に閉じこめられることもなく、のうのうと。なにもかもがどうでもいいような眼をして。他のすべてを見下して。

 

 自分の行為が、どんな波紋を生むかなんて、考えたこともないくせに。苦しんだこともないくせに。


 それでも、あいつと僕の根源はおなじ……むしろ、僕よりもあいつの方が、人ならざるものに近いはずなのだ。


 ――半分の血を分けた、あの異父兄は。



 7歳のとき、母は殺された。

 悪魔に殺された。


 そして、僕の世界は暗転した。



 平穏な暮らしは終わりを告げて、黒蝶からの使者が僕の両肩を捕らえた。父は目の前で首を切り落とされた。雪の降りしきる、凍てつく夜のことだった。


 それから先のことはよく覚えていない。


 凄惨な父の死に様と、雪に埋れた母の亡骸だけが、動と静の対比のように、……ただ、克明に、焼きついている。


 奴の存在に気づいたのは、組織に連れさられて、2年目のことだった。月光のような銀髪プラチナブロンドと、記憶のなかの母に生き写しの――そして僕自身とよく似た――青灰ブルーグレイの瞳をした、美しい少年。


 見かけたのは、いちどきり。いつどこですれ違ったのかわからないけど、とにかく衝撃的な邂逅だった。全身が震えるような。頭が真っ白になって、なにも考えられなくて、……純粋な殺意に、ふらりと身体が動いた。それがどこから湧いたものなのかもわからずに、壊さなければ、と気が急いて、……だけどアキに読まれて、止められた。


 最後まで、奴は僕に気づかないままだった。


 アキに会ったのはいつだろう。僕の記憶のなかには常にアキがいるから、こちらへ来てすぐに対面したのかもしれない。あの頃の記憶は曖昧で、細かい内容はわからない。兄――のちにキサヤという名をボスに教えられた――への殺意だけが、不自然なほど鮮明に残っている。


 母を殺した異父兄。

 結果的に、僕の世界を狂わせた悪魔。

 そのくせ奴は、僕の存在すら認識していないのだ。


 憎んだ。すべてのはけ口にするように、ただ、憎んだ。湧き上がる殺意に身を任せて、それだけをしっかりと抱きしめて、この闇に溺れてきた。



「……っ」



 ズキリ、と頭がうずく。人間、受け入れがたい記憶は封じてしまうものらしいけど、組織にきて二年以内の記憶には、あちこち穴がある。無理に思いだそうとすれば、脳に無数の針が突き刺さるような、鋭い痛みが走る。そのせいか、もっと昔の両親との思い出さえも、ろくに思いだせなくなるときが、ある。


 どうでもいい。しょせんは戻らない過去だから。どうでも、いい――。



 いまを生きる糧になりうるのが憎しみだけなら、それだけで、いい。



 たどりついた本部の前で、壁に寄りかかる。

 正面玄関はすぐそこだけど、上階には直結していない。向かいたいのは、最上階の特別室。首輪が発動したリスクを考えると、内部のエレベータは使いたくない。高度な認証システムは、緊急警報と同時にダウンしてしまう。多少つかれるけど、すこし息を整えて、特殊経路を使う? clown以外には、物理的に侵入不可能な隠し通路を。


 ……いや、内部からでも、いけたっけ。


 来客者用のダミーフロアは飛ばして、適当に三階目あたりから進入すれば、途中までは無難に登っていける。clownにはセキュリティ証明のついた階級章がないから強行突破するのが面倒だけど、……本棟じゃなくて、下位クラスだけが使う別棟なら、その手間もない。


 ヒナからの連絡はなくて、静まりかえってるのが不気味。僕自身の首輪はとっくに壊しちゃってるから、もうすでに発動されていても気づけない。

 あれは、能力を使用してるタイミングで発動されるとあながち笑えない威力があるから、クロとアキもそこまで無茶してないと思うけど。



「あーもう、めんどくさい」



 別棟から本棟に渡るのは、そう難しくないけど、……これ絶対、労力に見合わない。

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