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剃毛

作者: 高木 喬 

 蛇口から勢いよく出るお湯と湯煙に私の陰毛は濡れていた。コンタクトをはずした目には見慣れた毛の塊も唯のモザイクの様だ。

 「ここの毛、英語でpubic hairっていうんだって」

 二畳ほどの浴槽付きのお風呂に彼と二人裸で入るのは、付き合った時からなんとなく。私が怖がりで寂しがりなのと、節約と。理由は様々だ。愛おしく下の毛を触り、私は迷わず剃刀を手に剃り始めた。肌に当たる刃が冷ややかに的確に私の望みを叶える。

 「どうしたの、急に」

 なんて彼は言いながらも私の突然な行為を興味深そうに見つめる。

 「ん、別に」

 私は手を止めることなく鮮やかな手つきで肌色の面積を増やす。陰毛を剃ることは初めてではなかった。小学生の頃は前触れもなく生えた毛がこそばゆく母に切ってとねだり、生えそろった中学生の頃は違和感を覚えて全部剃ることも間々にあった。陰部付近に取り掛かる前に、さっきからしゃがんで食い入るように観察してる彼に見せびらかす。見慣れたものがなくなった箇所に恐る恐る触れる彼。

 「剃ってみたい?」

 「うん。どうやるの?」

 「うーん、普通に、、、。」

 彼の手に手を添えて、疎らに残っていた毛を剃る。真剣な目つきに笑いそうになりながらも、他人に剃刀で滅多に剃らないところを剃ってもらう羞恥感と少しでも手を滑らせたらという恐怖感。これらが脳みそで快感に変換され、体中にピリピリと走る。剃刀の当たる箇所に、剃刀と同じ速度で神経が集中し緊張している。

 「、、、すごい」

 彼は自分が剃った箇所を優しく、確かめるように指先でなぞる。

 「ここからは私、見えないから、やってくれる?」

 流れ落ちるシャワー、彼の呼吸、私の心臓、毛が削がれていく。

 尻を突き出し、壁に寄りかかり、体重を移動、足を上げる。

 彼の動きを邪魔しないよう、彼が動きやすいように私は神経を尖らせる。次の動きを予測する。足の間から彼の目が見える。普段見せない目。顔が全部隠れた。私は彼以外の人を置換する。昔好きだった人、友達、先輩、後輩、センセイ。色んなシチュエーションを想像し、反芻し、行為に対する歪な感情を攪拌し、正当化していく。彼の剃刀を動かす手が止まり、点検にうつる。

 「終わった?」

 「綺麗になった」

 固まった体をほぐしながら自分の体の変化を確認する。うわ、ヤラシイ。モザイクのように隠していたものがなくなって、開放感?羞恥?本当に自分の体なのかなと、不恰好になった場所を不器用に確かめる。幼い頃に見慣れていたもののはずなのに、大人の体には不釣合いで恥ずかしい。

 彼は満足そうだ。変態と罵りたいが、この行為を始めたのは私である。何もいえない。

 私の体にさっきまでついていたものは、排水溝に流れて消えていく。コンタクトで補整しないままの視力は毛という事実を歪曲し伝えてくる。これからこの陰毛だったものは、毛が生えそろうまでの間、いつ、どこにいても、どんなときにも、場所を選ばずにチクチクと私を刺激し、事実を伝えてくる。人には知られることのない、知られてはならない小さな秘密がチクチクと主張する。この体の火照りは風呂上りによるものか、はたまた淫らな想像によるものなのか。

 明日は、学校。








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