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死神めありー  作者: 陵凌
1/2

Act.1~勇太~

Prologue


この物語は、日本の何処かのお話です。

何処かは分かりません。

というか何処でも構わない、場所では無く、人と人とのお話です。



Act.1~勇太~


僕、藤代勇太が目覚めた時、そこが何処だかすぐには分からなかった。

空は満天の星空。

だから、今が夜だという事は分かる。

ただ時間はまるで分からない。

暗い中、ぼくの桿状体と錐状体の機能が入れ代わるにつれ、周りの状況がうっすらと見えて来た。

ビバ!ヤン・エウ゛ァンゲリスタ・プルキニェよ。

貴方の発見は偉大だ。

などと言っている内に、僕の周りに同じ樣な形状の立体物が整然と並んでいるのが分かった。

墓石のようだ。

此処は墓地かと思い、自分の正面に目をやると、納骨堂があった。

そして、そこには¨藤代家代々ノ墓¨とある。

ウチの納骨堂だ。

という事は、此処はウチの菩提寺である円光寺の墓地なのだ。

しかし、何故自分が此処に居るのか、まるで分からない。

記憶が欠落している。

酔っている訳では無い。

なんせ呑めないからね。

別段、怪我をしている様子も無いし。

何時だろう?と、左腕を見たが時計が無い。

中学に入学してから12年間、風呂以外に外した事が無いのだけれど…

胸のポケットを探る、ケータイも無い。

散々だな。

分からないまま此処に居ても埓が明かないので、とりあえず家に帰ろう。

左手に目をやると円光寺の屋根が、ぼんやりと見える。

そちらに向かって歩いて行くと、墓地から円光寺の境内へ下りる階段がある。

その階段を下りていると、寺の濡れ縁の障子から明かりが漏れており、中から低く唸る樣な読経の声が聞こえる。

小鉄だ。

小鉄というのは、円光寺の住職、川田了安の事だ。

全てが丸い、そんな印象の人である。

太っている訳では無い。

身体中の筋肉がパンパンに張っているのだ。

見た目は、プロレスラー山本小鉄にそっくりなのだ。

怒らせるとめちゃくちゃ怖い。

この辺りに住む人なら大抵は、幼い頃に小鉄の拳骨を一度は喰らっている筈だ。

齢80を越えて尚、壮健。

少なくとも僕より体力があるのは間違いない。

小鉄に気付かれない樣に階段を下り、境内に抜けようとした時、後ろからいきなり肩を叩かれた。

「うわっ!」

「誰じゃ!」

僕が驚きの声を上げると、小鉄の怒号が響く。

やばい!と、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

と、同時に障子が開け放たれ、小鉄が姿を現した。

すると、不思議な事が起こった。

「ん?おかしいのう、誰もおらん。気味の悪い事じゃ、ナンマンダブナンマンダブ…」

そう言って小鉄は障子を閉め、姿を消した。

見えなかったのか?そんな筈は無い、目の前でしゃがみ込んでいるのだから…

てか、ナンマンダブってアンタ真言宗だろ!と、ツッコミを入れる気力も無く、僕は肩を叩いたヤツの正体を確かめるべく振り向いた。そこに、¨めありーたむたむ¨が居た。

「へっ!?」

目が点になる僕。

「ども。」

などと挨拶をする¨めありーたむたむ¨の姿をしたヤツ。

んな馬鹿な!

¨めありーたむたむ¨は女の子向けのティーン雑誌キャサリンのモデルで、テレビでも活躍するタレントだ。

CDデビューも果たし、何故か日本よりも先に海外で売れて、ワールドツアーまでする超人気者である。

それが、47都道府県の何処とも知れぬ片田舎の古刹名刹に数えられる筈も無い、ただただ古いだけの寺の境内に!

ありえねー!

何だ!?何が起こってる?…やばい!とにかく僕は、やばい事に巻き込まれようとしている。

どうする?どうすればいい?…逃げよう。

そう決心した僕は、無言で境内を駆け抜け、市道へ続く階段を駆け下りて、市道を右手に自宅を目指して走った。

しばらく走って振り向いて見ると、¨めありー¨もどきの姿は無い。

ホッとした時、

「逃げなくてもいいのに。」

と、後ろから声がした。

「うわっ!」

ヤツだ。

「ども。」

「何なんだ!お前は!?」

「死神です。」

「はあ?何?何の事だ?」

「だから、死神なんですってば。」

「…誰が?」

「私が。」

僕の思考が一瞬、停止する。

「……何なんだ?」

「ですから、この度、藤代勇太さん、貴方の¨お見送り¨を担当させて頂く事になった死神です。」

「…お見送り?」

「はい。」

「…イヤイヤイヤ、あれだ…もし仮に本当の死神としてだ。…お見送りって何だよ?僕を殺すのか?魂を奪うって言うのか?」

「違いますよ。」

「違う?」

「だって、貴方死んでるし。」

「はあ?…死んでる?僕が?…じゃあ此処に居る僕は何だ?幽霊だとでも言うのか?」

「…ああ、幽霊。人間の言葉で言うならそういう事です。」

とんでもない事をしれっと言う。

「僕が死んでる?馬鹿な?何で僕が死ななきゃならないんだ!?」

「まあ、運命っちゃあ運命なんですけどね。今回の藤代勇太さんの場合は少し特殊なんです。」

「特殊?」

「貴方、自分が死んだ時の記憶が無いでしょう?」

確かに無い。

「僕は、何故死んだんだ?」

「問題はそこです。藤代勇太さんに…」

「勇太でいいよ。」

「勇太に…」

呼び捨てかよ!

「死んだ時の記憶が無いという事は、天国と地獄のどちらにお見送りするのかが判断出来ません。」

「何で?僕は別に悪い事なんてしてないぞ。天国でいいだろう?」

ってか、いつの間にかコイツのペースに巻き込まれている。

「関係無いですよ。」

「関係無い?」

「良い行いをしたとか、悪い事をしたとか、お見送りには関係ありません。」

「じゃあ、どうやって決めるんだ?」

「死んだ人間の魂は、次の世に転生されます。しかし、転生させるには欠かせない条件があります。」

「条件?」

「魂を浄化する事です。」

「浄化?」

「そうです。考えてみて下さい。死んだ人間の魂が浄化されず転生されたとしたらどうです?魂の中に勇太の意識を残したまま次の世で、別の何者かに生まれ変わればどうですか?」

「…マズいね。」

「つまり、魂に残された人間の意識が、この世に思いを残しているのか、未練があるのか、それが判断基準です。」

「じゃあ、悪い事したヤツでも、この世に思い残す事が無ければ天国へ行くのか?」

「そうです。」

「不公平じゃん!」

「知りませんよそんな事は。悪い事って何ですか?良い事とは?そんなものは、貴方がた人間の決めたルールでしょう?そんなものに神様がお作りになった天国や地獄のシステムが左右される訳無いでしょ。」

確かに、そうかも知れなけれど、何か納得出来ない。

「で、どうすればいい?」

「勇太の記憶を取り戻す必要があります。」

「どうやって?」

「勿論、勇太自身に思い出してもらうのがベストだけど、無理なら誰かに聞くとか。」

「聞くって誰に?」

「当然、勇太が死んだ事を周りの人は知ってるでしょ?中には勇太の死の状況を詳しく知ってる人が居るかもよ。」

聞く…お袋…はダメだ。

発狂するかも知れない。

僕の頭の中に2人の人物が浮かんだ。

が、片っ方は無理矢理掻き消した。

残るは1人。

桐島京介だ。

京介とは物心がついた頃からの僕の唯一と言ってもいい親友である。

イケメンで背も高く、体型もガッチリしたスポーツマンで、はっきり言ってモテる。

ただ、僕は京介が特定の彼女と付き合った話は聞かない。

京介には特異な体質がある。

それは、体質と言うか妄想と言うか、¨見える¨のである。

何が?

霊がである。

僕は、それを死神に伝えた。

「はあ?何、言ってるんですか?見えるに決まってるでしょ。」

「見える?」

「幽霊は見えるモノです。」

「だって、さっき小鉄には見えなかったじゃん。」

「それは、私が勇太に触れていたからです。」

「じゃあ、お前が触れてなかったら見えるのか?」

「当然です。」

当然なのか。

いい事を聞いた。

京介に会ったら特別な力が無くても、幽霊は見えるのだと教えてやらねばなるまい。

「では、その京介さんという方に会うんですか?」

「うん。アイツならきっと僕を見ても平気だ。」

「では、早速行きましょ。」

「でも、流石にお前を見たら驚くかも…」

「大丈夫です。生きてる人間に私達の姿は見えませんから。」

便利なモンだ。

「何て呼べばいい?」

「えっ!?」

「お前の事だよ。その何だ、死神ってのもアレだし…」

「…そう言われても、私に名前はありませんから…」

「めありーでいいか?」

「めありーですか…」

「気に入らない?」

「いえ、嬉しいです。私に名前を付けたのは勇太が初めてです。」

「そうなの?…ってか、そもそも何でそんな姿な訳?はっきり言ってめありー以外に呼び樣が無いんだけど。」

「流行りものだからね。」

「流行り!?」

「元々は、死んだ人間の理想の異性の姿になってたんだけどね、余りにも皆、自分の身近な人を思い浮かべるから、色々と支障があるから、最近は、お見送りを担当する死神に一任されているの。本人とは関係性の無い、それでいて、はっきり認識出来る対象って事でね。それには流行りものが一番だし、今、人気あるでしょ?めありーたむたむ。」

神様にも事情があるんだな。

こうして、僕と死神のめありーは、京介の家に向かった。

「めありー、一つ聞くけど…」

「何ですか?」

「もし記憶が戻らなかったらどうなる訳?」

「成仏出来ません。」

「成仏出来ないとどうなるのさ?」

「この世をさ迷う事になります。」

「ずっと?」

「ずっとです。」

「でも、それなら地獄の苦しみを知らずに済むよね。」

「皆さん、そう言うけど、結局は成仏した方がマシだって思うみたいだけどね。」

「何で?」

僕が問うと、めありーは何処からともなく手鏡を取り出し、僕の顔に突き付けた。

「な、何じゃこりゃ!?」

そこに映っていたのは、信じられない顔色をした僕だった。

「ゾンビじゃん!」

「ちなみに、記憶が戻らず成仏出来なかった場合、当然、私も担当から外れるから、人から見える状態になってさ迷う事になるよ。」

「マジ?」

「マジです。」

それは嫌だ。

でも、そうで無ければ地獄行きは確定だ。

僕には思い残しているであろう事がはっきりしているのだから。

「記憶を取り戻すのにも期限があります。」

「期限?」

「死んでから49日っていうね。」

「49日か…ちょっと待て!僕が死んだのはいつだ?」

「5日前です。」

「5日前…」

「何か思い出しますか?」

「いや…」

5日前、僕は何をしていただろう?

まあ、京介に聞けばいいか。

と、生来の楽観主義を発揮する僕だった。

京介の家は、桐島自動車工業という自動車整備業を営んでいる。

ちなみに、僕の家は祖父の代から鉄工所をやっている。

僕も京介も工業高校を卒業して家の仕事を始めた。

本当の事を言えば、僕は大学に行くつもりだったが、高3の秋に父親が交通事故で呆気無く死んだ。

それでも母親は進学を薦めたが、僕は家業を継ぐ決心をした。

今は、母親を社長にして父親の同級生でもある川中泰造さんと僕の3人で回している。

いや、いた。

母親は機械はまるでダメだし、泰造さんも糖尿持ちのヘルニア持ちで、その上、僕が死んだとなれば鉄工所を続けるのは難しいだろう。

京介は、早くから家業を継ぐ事を決めていた。

小学生の時にお袋さんを亡くし、男手一つで育ててくれた親父さんも最近は体調を崩し、入退院の繰り返しらしい。

今も隣町の市民病院に入院している。

市民病院_。

胸にチクりと痛みが走る。

やがて、桐島自動車工業の看板が見えて来た。

「あれが京介んチだ。」

「明かりが点いてないね。」

「寝てんじゃねえの。」

僕は、玄関の引き戸に手を掛け、ガラガラと開いた。

「勝手に入るの?」

律儀な死神だ。

「平気だよ。」

何分、片田舎なモノで、この辺りには昔から鍵を掛ける習慣が無い。

ただ、このところ物騒な事件が立て続けに起こっているので、鍵を掛ける家もあるみたいだけど、ウチもそうだが京介んチも同じくだ。

勝手知ったる他人の我が家ってね。

僕は、勝手に上がり込むと居間に入り、腰を下ろした。

「京介って人に会わないの?」

めありーが問う。

「寝てるんなら無理に起こさなくていい。別にアイツが起きて来てからでも遅く無いだろう?」

尤もらしい事を言って、実は問題を先送りにしているだけだが。

「めありーも座れば?」

そう言うと、めありーは僕の隣にチョコンと座った。

「何で隣に座る?こんだけ広いのに…」

「この方が、何かあった時に都合がいいから。」

「あ、そう…」

しばらくすると、ガラガラっと玄関の戸が開く音がした。

おかしい…

親父さんが入院しているから、京介1人の筈だ。

「めありー。」

と、声を掛けると分かっていたかの樣に、めありーは僕の肩に手を置いた。

居間と廊下を繋ぐ襖が開き、大柄な影がのっそりと入って来た。

京介だ。

京介は、居間の天井に下がっている蛍光灯の紐を引っ張って明かりを点けた。

心なしか顔が赤く、息も荒い。

飲みにでも行っていたのだろうか。

「めありー。もういいよ。」

めありーが手を退ける。

「京介…」

「ん?…おお!勇太じゃん、やっぱりな出そうな気がしてたんだ。元気か?」

「はあ?」

「あっ、そうか!死んだヤツに元気かは無いな。悪い悪い。」

「…本当に僕は死んだんだな…」

「何だ?どうした?」

「どうしたって…普通驚くだろう?怖がるとかさ。」

「怖がる!?…あのなあ、生きてようが死んでようが、はたまた幽霊だろうが、所詮、勇太は勇太だろうが。何で俺が勇太ごときを怖がらなきゃいけねえんだよ。」

酷い言われ樣だ。

「で、勇太様の幽霊が何の因果で化けて出た?」

僕は、事の経緯を京介に説明した。

「ふ~ん…記憶が戻らないと成仏出来ないねえ…死んでからも結構大変なんだな。」

「人事みたいに…」

「人事だが。」

「友達だろ?」

「まあな。ところで、さっきから気になってるんだが?」

「何?」

「お前の隣のめありーたむたむは何だ?」

「えっ!?」

「あら?」

僕だけじゃなく、めありーも驚きの声を上げる。

「見えないんじゃなかったのか?」

「う~ん…たまに居るんだよね。生きてる人間で私達が見える人。」

京介のヤツ、本当に特別な力があるのか。

幽霊は特別な力が無くても見えるのだと、自慢するつもりだったけど、言う前で良かった。

僕は、改めてめありーを紹介した。

「へえ、死神なんだ。ほう…」

などと、変に感心しながらジロジロとめありーを見ている。

「めありーたむたむの姿をしてるからめありーって安直だな。」

「他にあるか?」

「まあな、ところでめありーちゃんは、いつ頃から死神やってんの?」

変な質問だ。

京介は、相当めありーに興味がある樣だ。

「私がいつ死神になったのかは分かりません。ただ、初めて¨お見送り¨をさせて頂いたのは1867年の事ですよ。」

「146年前か、長いな…」

「いえ、私はどちらかと言えば新米の部類です。私の知る限りで一番長い死神が最初にお見送りしたのは、ゴータマ・シッダールタという方だそうで、紀元前だって言ってました。」

「ゴータマって…お釈迦様かよ!?」

途方もなくてついていけない。

「ご褒美は何かあるの?」

京介が問う。

変な事ばかり聞いている。

「京介、何だよ!ご褒美って。」

「そりゃあ、いくら死神の仕事が神様の言い付けったって、何か無いとモチベーションも上がらねえだろう?」

「神様の言い付けにご褒美なんて…」

「それは、ポイントです。」

あるのかよ!

しかも、ポイントって何だ。

「私達、死神は年間20~30人くらいのお見送りをさせて頂いているのですが、1人お見送りする毎に1ポイントが付与されます。」

「ポイント制か…って事は、一定のポイントを手にすれば何か貰える訳か?」

「1000ポイント毎に扱える魂が一つ増えます。」

めありーの答えに疑問が湧く。

「それって死神の仕事が増えるだけじゃない?」

「違うよ勇太。扱える魂の数が多い程、死神としての格が上がるんだろ、一種のステータスってヤツ?」

「その通りです。京介さんは頭の回転が早いんですね…」

そう言いながら、めありーはチラッと僕を横目で見た。

「な、何だよ、その目は!どうせ僕は頭の回転は良くないさ。」

「何、拗ねてんだよ。」

「勇太、カワイイね。」

「うるさいな…」

「んで、めありーちゃんは今、何ポイント持ってんの?」

「999ポイントです。」

「じゃあ、勇太で晴れて1000ポイントって訳だ。…ん?おかしく無いか?」

京介が首を傾げる。

「何が?」

「いや、年間2、30人お見送りするんだろ?150年近く死神やってて勇太で1000人目って少ないだろう?」

確かにそうだ。

少なくとも3000人はお見送りしている筈だ。

「めありー、どういう事?ー」

「それは…私が神様からペナルティーを受けているからです。」

「ペナルティー…って何?」

「神様から発令される特別優先業務を承る事です。」

「特別優先業務?」

「はい。事案は様々ですが、この業務は特別な事情がある場合を除いて何よりも優先されます。ですから、たとえお見送りの最中であっても、その担当を他の死神に譲らなければいけません。そして、この業務にはポイントは付与されません。」

「成る程ね、だからポイントが少ないのか…けど、何でまたそんなペナルティーを受けてんだ?」

「それは…」

めありーは少し言い辛そうだった。

「…私が、最初のお見送りで失敗をしてしまったからです。」

「失敗?ってどんな?」

「地獄へ送るべき人を天国に送ってしまったんです。」

「はあ?」

僕は、目が点になる。

「ハハ、そりゃあ大失敗だ。ペナルティー喰らっても仕方ないな。」

京介は面白がっている。

「何でまた、そんな失敗を?」

「最初は、その人を地獄へ送るつもりだったんだけど、その人は海が好きな方で、でも近くに海が無くて、せめて水の近くがいいと言うので、近くの河原でお見送りをする事にしたの。」

「それで?」

「それで、川に向かう途中で、その人の知り合いの方に出くわしたのね。すごく恰幅のいい方だったんだけど、大変驚いて…」

「そりゃあ、死んだ筈の知り合いに出くわしたら驚くだろう。」

「京介、どの口がそれを言うんだ?」

「うるさい、それで?」

「そしたら、その恰幅のいい方が突然、土下座をして、自分が悪かった、全て自分が計画した事だ。許してくれとは言わない、ただ、そうするしか無かったのだと…」

「…つまり、めありーちゃんが担当したヤツの死は、その知り合いのせいという訳か?」

「そうです。」

「そりゃあ、かなり恨みも深かったろうな…」

「それが、あの人はスッキリとした顔で、『ほうか、ほうじゃったがか。まあ、ワシも好き勝手やって来たき、それもしゃあ無いねや。』と、憑き物が落ちた樣な顔をして、思い残す事が無い樣に見えました。」

「それで天国に送ったと?」

「そうです。そして、私が天国の扉を用意して、あの人が扉を潜り、扉が閉まる瞬間、叫んだのです。」

「何て?」

「『いかん!ワシャ、お龍の事、すっかり忘れちょった!』と…」

とんでもない話だ。

京介が何やら考えている。

「…めありーちゃん、ソイツが死んだのはいつだ?」

「1867年12月10日です。」

「…11月15日じゃ無くて?」

「あ、旧暦で言えば、慶応3年11月15日です。」

「やっぱり…」

何やら一人で納得している。

「何が、やっぱりなんだよ?」

「めありーちゃんが、最初にお見送りしたのは、坂本龍馬だ。」

「…坂本龍馬ぁ!?」

お釈迦様やら坂本龍馬やら何が何だか分からない。

「ところで…」

めありーが改まって口を開く。

「何?」

「先程から、お二人共にわざと本題を避けてる感じなのは気のせい?」

図星だ。

確かに、僕は本題を避けていた。

京介の方は、分からない。

「勇太。あのなあ…」

「何?」

「絵莉子の事だけどな…」

やっぱり来た。

絵莉子というのは、僕の恋人、高岡絵莉子の事だ。

僕が記憶を取り戻す為に思い浮かべ、却下した人物である。

「絵莉子は、僕が死んで悲しんでたか?」

僕の問いに、京介は俯いたまま答えない。

「京介?どうした?」

「…お前、本当に記憶が無いんだな…」

「何だよ!」

「…勇太、落ち着いて聞けよ。」

「だから、何だよ!」

「…絵莉子は、死んだよ。」

「えっ!?」

死んだ?絵莉子が死んだ?

「…はあ?何言ってんだ?何で絵莉子が死ぬんだよ!死んだのは僕だろ?」

「絵莉子は、お前と一緒に遺体で発見された…」

「僕と一緒に?…どういう事だよ!京介!」

「…お前ンチの裏の桜川沿いの遊歩道のベンチでお前達は見つかった。」

そこは、絵莉子のお気に入りの場所だ。

「あの晩8時頃、仕事を終えた絵莉子が、お前を訪ねて来たらしい…」

「らしいって、お前…」

「恵三さんがそう言っていた。お前ンチの前の豆腐屋のおばさんが、絵莉子が来たのを見たって…」

恵三さんというのは、母の弟で僕の叔父である。

「それから、お前達は、2人で遊歩道に下りて行った…絵莉子が来た時は、いつもそうだったんだろ?」

「ああ、絵莉子のお気に入りの場所だからな。」

「…それから、10時くらいなって、いくら何でも遅いから、お袋さんがお前に絵莉子を車で送らせようと迎えに行って、お前達を発見した。」

「…何で僕達は死んだんだ?」

「お前は、胸と腹を刺されてた。絵莉子は心臓をひと突きだった。」

「…殺されたのか?僕達は?…」

「そうだ。お袋さんの叫び声で近所の人が集まって来て、警察呼んで、救急車呼んで、お袋さんは半狂乱で、恵三さんが駆け付けた時には手も付けられない状態だったらしい…」

「お袋はどうしてる?」

「…葬式の時も、ふさぎ込んでいたかと思うと、棺桶に縋って泣き喚いたりでな。今は、大分落ち着いたけど、まだ市民病院に入院してる。」

「…そうか。…殺されたって、例の連続通り魔事件か?」

連続通り魔事件_。

それこそが、今この片田舎を騒がせている大事件だ。

これまでに3人の女性と、一組のカップルが犠牲になっている。

その中に、僕と絵莉子も入った訳だ。

被害者に、これといった共通点は無い。

似た様な年格好といった点だけである。

「最初は、皆そう思ったんだけどな…」

「違うのか?」

「いや、どうか分からん。ただ…今回は凶器が残ってたんだ。」

「凶器が?現場に?」

「絵莉子の胸に刺さったままな…」

「…通り魔だって、うっかりする事はあるだろう?」

京介の言わんとする事が分からない。

「その凶器はナイフだ。柄の部分に昇り龍の彫刻があって、龍の持つ玉の部分に翡翠が埋め込まれていた…」

「…まさか、京介。それって…」

「そうだ!お前が親父さんの形見だって見せてくれた、あのナイフだったんだ!」

「そ、そんな馬鹿な…」

僕は、愕然とするしか無かった。

僕と絵莉子が死んで、それも殺されて、挙げ句の果てに、その凶器が親父の形見のナイフだなんて。

何がどうなれば、そんな事になるんだ。

「…あのナイフは、祟りに因って呪われたナイフです。」

僕と京介は、同時にめありーを見た。

「何?めありーは何か知ってるのか?」

「あのナイフは、元々、勇太の高祖父である勲さんの持ち物です。」

「高祖父って何だ?」

「祖父様の祖父様って事だ。」

「何でめありーは、それを知ってるんだ?」

「実は、勲さんのお見送りをしたのが私だったのです。勲さんは勇太と同じく自分が死んだ時の記憶を無くしていました。

そして結果として、勲さんは記憶を取り戻す事が出来ず、成仏出来ないまま、この世をさ迷う事になったのです。」

「それとナイフとどんな関係が…」

「勇太は、勲さんがどうして死んだか知ってるの?」

「いや…知らない。」

「勲さんは、1933年_。昭和8年に共産主義者の疑いをかけられ特高警察に捕らえられ、厳しく拷問を受けた後、獄死しました。」

「それで?」

京介がめありーを促す。

「この世をさ迷う事になった勲さんは、息子、つまり勇太の曽祖父である勇さんの事を気にしていました。しかし姿を見せる訳にもいかず見守るばかりでした。しかし、遂には我慢出来ず、昭和39年5月3日の夜、勲さんは勇さんの枕元に立ちました。

そして、目覚めた勇さんは勲さんを認めるなり、土下座をして許しを請いました。」

「土下座?何で?」

「勲さんを共産主義者として訴えたのは勇さんだったのです。」

「何でそんな事を…」

「当時、23歳だった勇さんは結婚を考えていました。ただ、普段から余り反りの合わなかった勲さんに反対されたのです。」

「何で勲さんは反対したんだ?」

「相手の方、つまり勇太の曽祖母である小夜さんが色街の人で、それ以上に小夜さんが当時、35歳だった事も反対の理由かと…」

「それで?」

「勇さんも腹立ち紛れの感があった樣です。まさか、あんな結果になるとも思わず…」

「勲さんは獄死した訳だ。」

「そうです。真相を知った勲さんは怒り狂いました。そして、祟りを発動したのです。」

めありーの表情に鬼気迫るものがある。

「祟りって本当にあるんだな。」

京介が呑気に言う。

「オプションですから。」

「オプション!?」

「ええ、勲さんの樣に死んだ時の記憶を無くし、取り戻す事が出来ず、この世をさ迷う事になった魂の為に、神様が設定したものです。」

祟りが本当にあるのも驚きだが、まさかそれがオプション設定されているとは思いも寄らなかった。

「それで、勲さんの祟りって?」

京介が問う。

「あのナイフを直接、素手で手にした者は目の前の人間を刺す。というものです。」

「何だそれ?」

「勲さんは、謝り続ける勇さんに遺品の整理をする樣に命じたのです。果して勇さんは、あのナイフを素手で手にしました。しかし、息子の、つまり勇太の祖父である勇一さんは妻の栞さんと息子の勇輔さんを連れて温泉旅行に出掛けており、勇さんの妻、小夜さんも既に他界していましたから、家には勇さん一人でした。それでも勇さんは刺す相手を探し求め、遂には、その相手を見つけたのです。」

「誰?」

「鏡に映った自分です。」

「な…」

僕は、唖然とする。

「ひぃ爺さんは、自分で自分を刺したって事?」

「そうです。」

「勇さんは、自殺って事か?」

「ええ、そう判断され処理されました。その後、勇一さんは、そのナイフを処分しようとしましたが出来ませんでした。」

「何で?」

「山に捨てようとすれば目眩を覚え、川に捨てようとすれば高熱を発し、埋めようとすれば激しく嘔吐し、終いには知り合いの鋳造所で溶かそうとして激しい痙攣に見舞われ、昏倒して5日間意識不明になりました。困り果てた勇一さんは、円光寺の住職、川田了勧さんに相談しました。」

「了勧さん?」

「現住職、川田了安さんのお父上です。」

「あんな生臭坊主の親父に相談したって…」

僕は、素直に口にした。

「とんでもない!まあ、確かに了安さんはあまり宜しくありませんが、了勧さんは大した法力の持ち主でした。」

「…そうなの?」

「しかし、如何に法力の持ち主と言えども所詮は人間の力、神様の絶対力に及ぶものではありません。ナイフの祟りを払う事は出来ませんでした。」

「それで、どうしたの?」

「それでも了勧さんには、ナイフにただならぬものを感じたのでしょう。昔ながらの行いに倣う事にしたのです。」

「昔ながらの行い?」

「払えぬなら奉れ、です。了勧さんはナイフを供養した上で飾り箱に納め、神棚に奉り拝むよう勇一さんに申し付けました。以後、ナイフは藤代家の神棚に奉られ、勇一さんは勿論、勇輔さんも直接ナイフに触れる事無く、祟りとは関係の無い人生を全うされました。」

「そのナイフに、勇太と絵莉子が触れてしまった…」

「そういう事です。」

京介とめありーの声が遠くに聞こえる。

「おい!勇太、どうした?」

京介の声が遠ざかる。


¨ねえ、勇ちゃん。聞いたんだけどさ。勇ちゃんのお父さんの形見のナイフってすごく綺麗なんだってね。私にも見せてよ¨

¨いいよ¨

そう答えて僕は、家に戻り神棚から飾り箱を手にして遊歩道に戻った。

¨これだよ¨

¨わあ、本当に綺麗。ねえ、触ってもいい?¨

¨いいよ¨

そしてナイフを手にした絵莉子は、僕の腹にナイフを突き刺した。

¨え?…絵莉子?¨

一瞬、何が起こったのか分から無かった。

さらに絵莉子は、僕の胸を刺した。

¨絵莉子…何で?¨

そう言いながら僕は絵莉子を押し退けた。

ナイフは僕の胸に刺さったままだ。

¨えっ!?…やだ、何で?…私…何?何で?…やだ、勇ちゃん、ごめ…やだよう¨

僕は胸に刺さったナイフを抜き取ると、泣きながら近づいて来る絵莉子の胸を刺した。

¨!?…勇ちゃん?¨

絵莉子は驚きの表情のまま、倒れ込んで来た。

僕は絵莉子の身体を受け止め、遠退く意識の中で、絵莉子の胸に顔を埋めた。

絵莉子の鼓動は既に止まっていた。



「おい!勇太!」

京介の声で我に帰る。

「…何て事だ…」

「どうしたんだよ!?」

「思い出したんだね…」

めありーが確認する樣に言う。

「…ああ、僕を刺したのは絵莉子だ。それで…絵莉子を殺したのは…僕だ!」

「…勇太…」

京介は何か言おうとして口ごもる。

「これで勇太は無事に成仏出来ます。」

めありーが、あっけらかんと言う。

僕は、そんなめありーを睨みつける。

しかし、コイツに怒りをぶつけてどうなるものでも無い。

「めありー、僕はどうなる?天国?それとも地獄?」

「天国だね。」

「そうなの?」

「勇太は、最初に私が記憶が戻らないと成仏出来ない事を説明した時、成仏する事を躊躇したでしょ?」

「えっと…それは…」

「自分の死を認識した時、1番最初に思い浮かべたのは絵莉子さんの事だった。違う?」

「…そうだ。」

「でも大丈夫。勇太が思い残す絵莉子さんは、既にこの世に有りません。だから勇太がこの世に思い残す事にはならないから…」

「そうか…なあ、めありー。」

「はい?」

「天国で絵莉子に会えるかな?」

「それは、どうかな?浄化された魂同士がお互いを認識出来るとは思えないけど…」

「そっか…じゃあ、来世はどうかな?僕と絵莉子は出会えるかな?」

「それもちょっと…既に勇太でも絵莉子さんでも無いし、それに2人の魂が来世で出会う確率は恐ろしく低いし…」

「でも、ゼロじゃ無いんだろ?」

「まあ…そうだね。」

「それでいい…今はそれでもいいよ。」

そして、僕は京介に向き直り言った。

「京介、いろいろ世話になったな。」

「何だよ、改まって…行くのか?」

「うん。」

「そっか…元気でな。」

「はは、何言ってんだか、僕は死んでるって。」

「…そうだな…でも、元気でな。」

「ありがとう。」

そして、僕はめありーに向き直り言った。

「行こうか。」

「行きますか。」

そう言うと、めありーは何処からともなく¨天国の扉¨なるものを取り出した。

それは、まるでドラえもんの¨どこでもドア¨の様相を呈していた。

この辺の神様のセンスは如何なものかと思う。

「じゃあ。」

そう言って扉の前に立った僕は、ふと思い立ち京介に向かって、

「京介、お袋にさあ…」

そこまで言った瞬間、僕の足元に暗黒が口を開き、そして、僕は堕ちた。



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