儚い
空は曇天。意地悪な太陽は姿を隠す。いったい、そう、いったい何時まで。何時までこのかくれんぼを続ける気なのだろうか。
そうして降り注ぐ小雨。雨は、嫌いではない。むしろ、逆。大好きなのだ。でも、太陽の光の方がもっと好き。
来訪者は、私に語りかける。
「こんにちは」
「また来たの?」
「ええ、来ました」
何とも爽やかな挨拶、そして返答。よく来れるものだ、と感心しながら「こんな雨の日に、あなたも飽きないわね」と彼に呟いた。
機会があるなら訂正させて欲しい。決して気分が損なわれての応えではない。あなたのような泥棒の風上にも置けない虫けらのような男の来訪でも、一応私は喜んでいるというニュワンスを醸し出すのに、下手を扱いただけなのだ。
「何度でも来ますよ。僕は、あなたが好きですし。あなたも僕が好きでしょう、たぶんですけど」
「いきなり何を言い出すのかと思えば。そんな言葉、何度も何度も聞かされて、私いい加減聞き飽きたわよ」
「…あなたは、僕がいなければ生きてはいけない」
「そうよ」
それは正解。
「私は歩けないしね」
私は彼に依存している。
彼がいなければ、私は終わり。代用がいれば話は別だが、私の子は彼がいなければうまれることもない。
それに、捕らわれた私は憧れている。彼は、自由に動かせる足を持っている。硬い地面を走れるし、ジャンプもできる。私の足は呪われている。足は、元々動かない。何をするにも邪魔なだけ。
まぁ、憧れる気持ちはおくびにも出さないが。
「ですから、もういいでしょう?」
彼は訊く。せっかちな性格は彼の唯一の弱点だ。のろまな私には合わない。
「まだだめよ。明日になったらまたいらっしゃい」
「わかりました。また来ます」
彼は何かいいたげな様子だったが、何も言わずに去っていった。
今日も私は道路に佇んでいた。
「おはようございます」
「あら、今日はやけに早いじゃない」
爽やかな挨拶にしては、彼の表情は冴えない。今日は久々の晴れ。空と裏腹。鮮やかな色を内側に秘める私にも、まるで釣り合わない。
嫌な予感がした。こういう予感って、意外に当たる。
「ええ。今日はお別れの挨拶をしに来ました」
予感は外れない。
私は展開を知っている。デジャヴだ。何度も見ている光景と重なる。
「……そう。もうそんな時期になっていたのね」
「はい」
彼の浮かない顔は一向に晴れない。そんなに悔しいなら、泣きなさいよ。泣くこともできないくせに、生意気だ。
泣きたいのはこっちだ。もう少しだったのに、もうちょっとだったのに、と後悔。私の意識は、螺旋を描きながら落ちていく。
雨水が手の平を伝って落ちる。涙みたいだ。
「一度でいいから、あなたに触れたかった」
「もう無理ね。……あら、そういえば」
私は無理に笑顔を作る。
「そっくりね。あなたの父と祖父も同じことを言って、私の目の前から去っていったわ」
「私の父も、祖父も、私と同じことを?」
「そう。そうよ。あなたの子もきっと同じことを言うに決まっているわ」
「父は父。祖父は祖父。私は私でしょう」
彼は不機嫌な顔になった。
「私の考えは私のものです」
「あら、強い」
「父とは違い。せっかちじゃないんでね」
「せっかちは関係ないわよ」
「それもそうですね」
「それじゃ期待しているわ」
恐らく彼と会うことは二度とない、直感でもそう悟るにはたわいない。
でも、私は儚い希望を持つ。彼と同じ顔の者がまた来年訪ねてくる。それが、一昨年からずっと続いている。まるで、架せられた運命のようだと私は思う。
「あなたの子孫は何って言うのかしらね」
「私の息子なら、言うまでもなく、綺麗だって言うでしょう」
「まだ私の姿も見たこともないくせに。もしかしたら不格好かもよ」
「そんな馬鹿な」
彼は自嘲する。
「だったら親子三代で惚れたりしませんよ」
季節は初夏。晴天の空の下に一輪の花。素晴らしく咲き誇る満開の花。時々風邪に靡きながら、胡蝶の帰りをただ待つのみ。
彼女の足が動かないのは、きっとこの場に留まるためなのだろう。
はい。擬人化ものでした。
相変わらずのミスリード。不器用ながら、ミスリード。
まぁ違和感バリバリありましたからね、たぶん読者の皆さんは気づいていたでしょう。
ちなみに文からも分かるように。彼は蝶々で彼女は花。そして最初の彼と最後の方の彼は別人です。最後の方のは最初のやつの子孫です。僕から私に一人称が変化に注目です。
それではまた。




