新人の作った『タワーマンション広告』がひど過ぎる件
会議室には、朝の光がブラインドの隙間から細く差し込んでいた。手元の資料が濃淡の縞模様に明るく照らされる。
そんな暖かな日差しとは対照的に、部屋には、朝の静けさを閉じ込めたような冷ややかな空気が満ちていた。
二人しかいない会議室。そこでは今年採用された社員である広田と、課長の上杉が会議室の大モニターへと目を向けていた。
モニターには二人が勤める不動産会社が建設中のタワーマンションの広告、その草案が表示されている。
上司の上杉はモニターの広告を一瞥する。
そうして今一つ納得していない表情で口を開いた。
「う〜ん。なんかインパクトがないよね〜。もう少し目を引く広告にしないとさ。見向きもされないんじゃない?」
上杉は軽い調子で提案する。上杉は悪い人間ではないのだが、考えなしの提案で部下を振り回すことで有名だった。今日は新採の広田がその餌食となっている。
「インパクト、ですね......」
広田はつぶやくように言う。広田と上杉は朝早くから二人きり、会議室でこうして広告案の検討を続けていた。そして広田が作った広告案が上杉に却下された回数は、すでに両手の指では数えきれないほどになっている。
広田は大きく深呼吸し、誰にも聞こえないようため息をついた。
「もっと目を引く言葉をドンドン使っていかないと! ただでさえ建設場所が田舎なんだから、こんなんじゃ、誰の目にも留まらないよ!」
広田は何も言わず、手元のノートパソコンを操作する。編集用ソフトを使い、目にも留まらぬスピードで作業していく。
そんな広田を、上杉は薄くなった頭をかきながらぼーっと眺めていた。そうして2、3分ほどで、広田はパソコンから顔を上げた。
「できました」
感情の一切こもっていない声で言い、広田は新たな広告を表示する。上杉は「おっ、どれどれ」と、緊張感のない声で一人呟いてモニターに視線を向けた。
「ククク、クソ田舎!?!?!?」
上杉は思わず勢いよく椅子から立ち上がった。いつも呆けた表情の上杉が今日初めて見せた、動揺した様子だ。
「はい、目を引く強い言葉を使いました」
広田は全く悪びれずに言う。
「目を引けばなんでも良いわけじゃないだろ!」
上杉が焦った声で続ける。
「あと、降臨ってなに???」
「いえ、田舎者にとっては、突然現れた一柱のタワマンって神様みたいな存在だと思いまして」
「田舎をバカにしすぎだろ......」
気を取りなおすよう咳払いして、上杉が口を開く。
「そもそも『田舎』って言葉がどうもイメージ悪いんだよね。もっと若者にウケる感じに出来ない?」
「......若者ウケですね。分かりました」
広田は手元を高速で動かし、すぐに新たな広告を作成して画面に表示した。
それに反応して、上杉はモニターに視線を向ける。
「ラノベかよ!!!!!!」
上杉が叫んだ。
「若者ウケを狙いました」
「若者とは言ったけど、中学生向けにしろとは言ってないよ!」
上杉は声を荒らげて言う。
「なるほど。こういうタイトルの本を読む人間は全員中学生レベルだと、上杉さんはそう言いたいのですね???」
「そ、そうは全く言ってないけど!? 気分を害してしまい申し訳ありません!」
上杉は何かを恐れるように誰かに謝罪した。
「あと、別のパターンも作りましたよ」
そんな上杉とは対照的に、ケロッとした表情の広田は手元のパソコンを操作し、別の画像を表示させる。
上杉はすぐにそちらに視線を向けた。
「悪役令嬢モノです」
「契約破棄はご自由にしちゃダメだけど!? あと一軒家で成り上がっちゃダメだろ! 俺らマンション売ってるんだけど!」
「我が社が先陣を切って、業界で契約破棄モノを流行らせましょう」
「絶対流行ったらダメだろ!」
必死な表情で叫ぶ上杉とは反対に、広田は相変わらず無表情を貫いていた。上杉は気を取り直すように新たな提案をする。
「こんなネット小説みたいな感じじゃなくてさ。都会を離れる良さをアピールしようよ。『虫の鳴き声に癒される』みたいなさ。ちゃんと真面目に作ってよ」
「なるほど、わかりました」
広田は変わらぬ無表情のまま両手を高速で動かし作業する。そうしてすぐに完成した広告案をモニターに表示させた。上杉はそれに目を向ける。
「どうでしょう」
それを見て、上杉は少しだけ黙り込み、やがて口を開く。
「うーん。作ってもらったトコ悪いんだけど、なんか地味だね〜」
上杉の悪い癖、相変わらず考えなしの文句が炸裂する。
「......そうですか」
広田は無感情に返事をする。
「そうだ、日常を日常って読んだりとか、演奏を演奏って読むとか、そういう目を引くルビの振り方とかどうよ!」
「......」
広田は返事もせず、無言で手を動かす。1分も経たず、新たな画像が完成した。
上杉はモニターに表示された新しい広告に目を向ける。
「奇声る!!!???」
上杉は思わず声を荒らげた。
「奇声るってなに????」
「はい。『聞こえる』と『奇声』を組み合わせた造語です」
「それは何となく分かるけど!」
上杉は大声で叫ぶ。
「そんな言葉をどうして使うのかって聞いてるの!」
「はい。虫のキモさを表現したくて」
「広告でキモさを出して良いわけないだろ! あと、蟲も聲も普段使わないキモい形の漢字をわざと選んでるよね!」
上杉は、思わずデスクを叩いた。広田は少しだけ考えるような表情を浮かべ、そして口を開く。
「そもそも、タワマンは5階を超えたら、虫が自力で飛び上がれる高さを超えますから、タワマンの大部分には虫が出ません。課長が最初に言った『虫の鳴き声に癒される』という指示がそもそもタワマンを理解していないのでは? と言わざるを得ないと感じる人がいるかもしれません。私はそうは思いませんが」
「んんんん????????」
なんか批判された気がするが、気のせいだろうか。そうは思わないらしいし。
上杉は気を取り直し別の指示を飛ばす。
「それならさ、田舎なのに虫が出ないってのをアピールするのはどうよ」
広田は少しだけ考えた後、手元をサッと動かし、次の広告を作成する。
モニターに、ほとんど待ち時間なく新たな広告が表示された。
「因習とか言わないでもらえる!?」
上杉は思わず叫んだ。
「でも、田舎といえば因習ですよ」
「俺らのタワマン計画地には、因習なんてない!」
「いえ、事前の調べによると、この地域は毎月第一、第二、第三、第四、第五月曜日には必ず『めずぅま様』を信仰する祭りが開催されるらしいですよ」
「知らない神が、全部の月曜日に祀られてる!?」
「ちなみに祭りの名前は『九尾借り祭り』らしいです」
「たぶん『九尾借り』はかつて『首狩り』と呼ばれていたものが時代とともに段々変化した可能性がありそうだねぇ! かつて生贄の首を捧げてた過去がありそうだねぇ!」
上杉は顔面蒼白になりながら叫ぶ。
「ご明察です〜」
「当たっちゃった!?」
そんなお気楽な広田はというと、上杉が叫んでいる暇な時間を使い、次の広告を作成していた。
「あと、このマンションなんですけど......」
広田が言う。画面には新たな広告が表示されている。
「怖いこと言うなよ!」
「でも本当ですよ」
「本当なのかよ!!!」
「はい、建設予定地には祠がありましたが、今は我が社がぶち壊して平地になってます」
「めずぅま様に呪われちゃうね!!!」
上杉は不安を振り切るように大声で叫ぶ。叫ぶ上杉の声はかすれ、喉が枯れていた。
「もういい......。指示するのも疲れた。君が自由に作った広告で良いよ」
上杉は、疲労と諦めからそう口にした。
待ってましたとばかりに、広田は高速で手元のパソコンを操作する。
「それでは、これでいきましょう」
そう言い、広田はエンターキーを叩き最後の広告を表示させた。
「タワマン関係ねーだろ!」
上杉の最後の力を振り絞った叫びが会議室に響き渡った。これ以降、上杉の考えなしの発言が少し減ったとか、減ってないとか。




