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新入り侍女がどう見ても愛されスパイの件

作者: 満原こもじ

 宮廷闘争というものはどこの王国でもあるものだ。

 トールカッハ王国でもまたしかり。


 第一王子マンフレッドの実母は国王の正妃であったが、生家はブラスベイラム侯爵家だ。

 ブラスベイラム侯爵家は大貴族であるものの領地は遠く、また当代当主は偏屈なため滅多に王都に上ってこない。

 マンフレッドの王位継承権は一位ではある。

 しかし王太子を狙う上で絶対的な立場には程遠かった。


 一方第二王子スティーヴンはイーストン伯爵家出の側妃の子だ。

 厳しくて怖いと噂のマンフレッドと違い、軽妙洒脱な王子として知られている。

 スティーヴンの祖父は元財務大臣、伯父は現国土大臣と高官を輩出し、飛ぶ鳥を落とす勢いではあるが?


 王位継承権の正統性で第一王子マンフレッドか。

 あるいは勢いのある第二王子スティーヴンか。

 トールカッハ王国王太子の座を巡る争いは混沌としていた。


          ◇


 ――――――――――第一王子マンフレッド視点。


「こりゃまた露骨なのを送り込んできましたね」


 腹心のジミーが呆れている。

 何の話か?

 僕のところに新しく配属になった侍女コーリー・ナップについてだ。


「まあな。ジミーはどう思う?」

「どうもこうも。出身のナップ男爵家はイーストン伯爵家の分家でしょ? おまけに前の配属先はスティーヴン殿下のところでしょ? 隠す気ないじゃありませんか」


 一歳下の異母弟スティーヴンは僕への対抗意識が強い。

 以前も同じことがあったが、侍女をスパイとして送り込んでくるのだ。

 こっちも警戒してるのだから、通用するわけがないのに。


「芸がないな。もっともバカなスティーヴンらしいとも言える」

「いや、今回は考えてるんじゃないですか?」

「どういう具合に?」

「見た目清楚系の、王子好みの子じゃないですか」


 確かに可愛らしい侍女だと思った。

 スティーヴンに僕の好みを見透かされているのか?

 それはそれで面白くないな。


 僕だって次期王位に拘っているわけではない。

 正妃である母上やその実家ブラスベイラム侯爵家がうるさく僕をせっついてくるわけでもない。

 スティーヴンが王に相応しい資質を持っているなら、次期王になってくれて全然構わないのだ。

 僕は王兄としてトールカッハ王国を支えるだろう。


 だがなあ、スティーヴンだぞ?

 ちゃらんぽらんだし、王立学校の成績も上の下くらいだし、猜疑心も強い。

 やつと話していて感心するのは嫌味を言う才能だけだ。

 他の才覚を隠しているとも思えない。


 公平に見て、トールカッハ王たるべき資質があると思えないのだがなあ。

 しかしどうしたわけか人気はあるのだ。

 僕には把握できない人望があるのだろうか?

 外面がいいだけじゃないかなあ?


「どうします? 新しい侍女」

「どうせ代えてくれと言っても、別のスパイが来るんだろう?」

「スティーヴン殿下の指示であれば、可能性は高いですね」

「とすると露骨なやつが僕に配属されたのは、侍女頭の意思かもしれないのか」


 ジミーが意表を突かれた顔をした。

 現在の侍女頭は厳格な人物だ。

 スティーヴンのいい加減さを嫌っているのではないかと思われるふしがある。

 侍女の人事権は基本的に侍女頭が持っているから、明らかなスパイを僕に配するのはスティーヴンに注意せよという、侍女頭の無言のメッセージか?


「王子はやりますねえ。どこでそんな捻くれた思考を身につけたんです?」

「腹心が悪知恵の回るやつなのでな」


 アハハと笑い合う。

 で、問題の侍女だが。


「行動に一応注意して放置ですかね?」

「ああ」

「鬱陶しいですねえ」

「まあな」


 見栄えがする分いいんじゃないか?

 面倒なことをしてこられるより一〇〇倍マシだと、この時は思っていた。


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後。


「何も起こりませんね」

「不思議なほどにな」


 侍女コーリーについてだ。

 無造作に書類を放り出したりしてみても、中を見た形跡がない。

 スパイなら当然チェックするだろうと思ったのだが。

 警戒しているのか?


「コーリーはちょっとおかしいと思うんですよ」

「どの辺がだ?」

「彼女王宮侍女になったのが今年の春でして」

「……何だと?」


 ということは王宮侍女になってすぐ、スティーヴン付きになったことになる。

 あり得ない。

 技量や機転を認められないと、王子付き侍女になんかなれないからだ。


「コーリーの所作には粗があると思っていたんだ。本当に新入りなんじゃないか」

「しかもスティーヴン殿下に相当気に入られていたようです」

「可愛いものな。当然だと思うが、コーリーについて調べたのか?」

「そりゃまあ。少しだけですけどね。侍女の情報も公開されているもの以外は、ほぼ表に出てきませんもん」


 頷ける。

 王宮侍女は王族のプライベートを知る立場にあるからな。

 侍女の情報も伏せられるべきだ。


「……妙だな?」

「王子はどこが妙だと思います?」

「気に入っている侍女をスパイとして送り込んでくるという点だ。スティーヴンの性格なら、側付きから離さないと思うのだが」

「実際に配置換えした侍女頭の意図がその辺にあるんですかね? わからないですけれども」

「大体本当にコーリーはスパイなのか?」


 いや、侍女として素人でも、スパイとしては優秀ということもあり得るのか。

 そんなふうには見えないがなあ?

 のどが渇いたのでベルを鳴らし、飲み物を持ってこさせる。


「お待たせいたしました。きゃっ!」


 コーリーが飲み物を乗せた盆ごと転んだ。

 今横目でコーリーの行動を見ていたが、足首を捻っていた。

 僕にちょっとぬるいハーブティーがかかったが、悪意あってのことではないだろう。

 仮にスティーヴンの指示だったら、熱い湯を至近距離からぶちまけようとしたに違いないから。


「と、とんでもない粗相を。お許しくださいませ。あ、痛い!」

「足を捻ったように見えたからな。捻挫かもしれん。医務室へ運ぶぞ」

「えっ?」

「ジミー、片付けを手配したら医務室に来てくれ」

「アイアイサー」


 ひょいとコーリーを横抱きにして奥宮医務室へ。


「あ、あの、重くはないですか?」

「重いわけないだろう。僕の日々の鍛錬に対する侮辱か?」

「も、申し訳ありません」


 すれ違う者どもが驚いたような顔をしているが無視だ。


「ドクター。侍女を診察してくれ」

「おっ? お姫様抱っこかい? マンフレッド殿下は格好いいね」

「茶化さないでくれ」

「どれどれ? うわ、結構腫れているね」


 本当だ。

 偽りのケガの可能性なし。 


「状況は?」

「飲み物を運んでいて転んだのだ。左の足首を捻ったように見えた」

「ふむ……外傷はないね。関節は普通に動くから捻挫だな。ヒール!」


 奥宮のドクターは魔法の心得もある。

 この手のケガに回復魔法はよく効くからな。


「どうだい? まだ痛いところあるかな?」

「大丈夫です。普通に歩けます。ありがとうございました!」


 ハハッ、嬉しそうだ。

 ジミーも来たか。

 おずおずとコーリーが言う。


「あのう、私のクビは仕方ないですけれども、実家の方は御容赦願いたいのです」

「む? どういう意味だ?」

「マンフレッド殿下は大変厳しい方と聞いておりますので……」


 思わずジミー及びドクターと顔を見合わせる。

 失敗したから僕がコーリーをクビにし、実家のナップ男爵家に圧力をかけると思われているってことか?

 そんなことしないよ!

 僕ってそんなに恐れられているんだな?


「……コーリー、何か誤解があるようだが」

「ひいい! 私の名前を覚えられている!」

「覚えるわ!」

「どうか平に、平にい!」

「王子厳しいことは厳しいけど、許さない人じゃないよ。実家までとばっちり食うなんて、誰かに聞いたの?」

「そういう前例があると、侍女の中では噂なのです」


 コーリーみたいな可憐な侍女に脅えられるとへこむわ。

 ドクターが思いついたように言う。


「あれじゃないか? 一年くらい前に、どこかの子爵家が不始末で改易になって、侍女が辞めさせられたことがあったろう?」

「ああ、バートン子爵家の」

「それです! マンフレッド殿下の逆鱗に触れたと……」

「バートン子爵家は税の誤魔化しがあったんだ。再三注意を受けていてね。そこへ孤児を奴隷として国外に売ろうとしたという事件が発覚したから、取り潰しになったんだよ。王子関係ないし、その侍女と直接の関わりもなかったと思うな」

「そうなのですか? マンフレッド殿下付きになってすぐに辞めさせられた侍女が複数いるというのは?」

「事実だ。汚い話だが、王太子を巡る争いというのがあってな。僕の元にスティーヴンからスパイが送られてきたんだ」

「侍女がスパイ?」

「うむ。言い逃れできない現場を押さえたから放逐した。今の侍女頭に代わってからおかしなやつは送り込まれてこないがな」


 お前以外はな、という意味を込めてみたが、盛んに頷くコーリー。

 僕も他人の心理を伺う訓練を受けている。

 しかしこのコーリーの反応はどう見ても素だ。

 僕では見破れない達人の可能性がないではないが……。


 ドクターが言う。


「マンフレッド殿下に侍女の人事権なんかないでしょう?」

「ない。侍女の人事は宮内省の管轄だな。具体的には侍女頭だ。僕は意見するくらいしか権限がない」

「ね? だから安心していいよ。クビになんかならないから」

「本当ですか? 先ほど『僕の日々の鍛錬に対する侮辱か?』と言われてから怖くて怖くて」

「「えっ?」」


 ジミーとドクターが疑惑の視線を送ってくるわ。

 お姫様抱っこしてる時ホニャララと説明。


「攻撃的過ぎる……」

「そうだよ王子。『何か言ったかい、子猫ちゃん』か『綿のように軽いよ』が正解」

「自己アピールするにしてもせめて『鍛えているから平気だ』くらいまでじゃないですか?」

「反省した」


 言われてみれば僕が悪かった。

 僕が怖がられると相対的にスティーヴンがいい王子に見えるということもあるのかもしれない。

 国のためによろしくないことだった。


 しかしコーリーの正体がわからんな?

 ジミーに目で合図を送る。


「コーリーは侍女として働き始めてから、すぐにスティーヴン殿下付きになったんでしょ?」

「はい、そうです」

「普通は王宮侍女として一人前と認められてから、王子付きになるんだよ。なのに変だなあと思って。既に侍女として経験豊富だったとか?」


 スティーヴンの母方親族のナップ男爵家出だという理由があってもおかしいと思う。

 何故だ?


「あの、今年の春の新人侍女仕事始めの顔合わせの時、スティーヴン殿下もその場にいらして」

「「「えっ?」」」

「いい尻だ。気に入ったからオレの選任侍女にすると言われました」

「尻が気に入ったからって……」

「スティーヴン殿下らしいけど」

「待て、その事情は侍女頭と新人侍女全員が知っているのか?」

「はい」


 じゃあ簡単に裏が取れるな。


「コーリーはスティーヴン殿下に気に入られてたんでしょ? どうして王子のところへ移動になったの?」

「だってスティーヴン殿下はお尻を触ろうとするんですもの」

「「「えっ?」」」

「侍女頭様に訴えたら、マンフレッド殿下付きに移動になりました」


 唖然。

 いや、これ結構みっともない話じゃないか。

 仮にコーリーがスティーヴンのスパイだったとしたら、こんな話披露するか?


 そうか、コーリーはスパイじゃない。

 侍女頭がコーリーを再教育せず僕付きにしたのは、情報源として使えという意図だったのか。

 面白い。


「私、マンフレッド殿下付きになってよかったです。殿下は紳士ですしお優しいですし。聞いてた話と全然違いました。ちょっとまだ怖いですけど」

「殿下、怖いんですってよ」

「重々反省した」

「スティーヴン殿下は王子について、何か言ってる?」


 首をかしげるコーリー。


「我が兄ながら本当に恐ろしいぞ。クビになりたくなければ何も喋るなと言われました」

「……王子、最近侍女に話しかけられたことある?」

「侍女頭以外ということならないな。挨拶と簡単な連絡くらいだ」

「マンフレッド殿下は相当恐ろしいという噂を撒いておく。解雇が絡むと積極的にマンフレッド殿下に話しかける侍女はいなくなるでしょうな。怖いという噂だけがあたかも事実のように拡散されていく」

「ねえコーリー。王子は物言いがぶっきらぼうかもしれないけど、怖くもないし、横暴でもないんだよ。これ侍女の間で広めておいてくれる?」

「はい、わかりました」

「では帰ろうか」


          ◇


 ――――――――――さらに一ヶ月後。


 王宮の雰囲気が変わったように思える。

 侍女に話しかけられる機会が増えた。

 コーリーが嬉々として言う。


「マンフレッド殿下にお姫様抱っこされて医務室に運ばれたことがあったではないですか。あれは何事だと、侍女仲間から質問の嵐だったのですよ」

「当然のことをしたまでだ」

「ですよね。そういうところが素敵だと」


 ええ?

 よくわからんのだが。


「実はマンフレッド殿下はお優しい紳士だということがいっぺんに広まりまして」

「話しかけられることが多くなったのだ」

「はい。いきなり怒鳴られることはないということが、侍女達の一般認識となってきたのですよ」


 いきなり怒鳴ったりなんかしないよ!

 僕の一般認識って、今までボロボロだったんだな?

 ちょっと落ち込むわ。


「王子よかったじゃん」

「コーリーのおかげだな。感謝する」

「身分の違う侍女なんかに感謝してくださる殿下が素敵なのですよ。好きです」


 ニコニコしながら感情をストレートにぶつけてくること。

 悪い気はしない。


「実像が認識されていない今までの方がおかしかったのですよ」

「まあねえ。王子よりスティーヴン殿下の評判がいいのは、どう考えてもおかしいと思うよ」

「スティーヴン殿下の評判は急降下ですよ」

「「えっ?」」


 何があった?


「マンフレッド殿下が怖いという噂の出所はどこだ。スティーヴン殿下から聞いたということが判明したのです。侍女の間でですけれど」

「どうせそんなことだろうと思っていた」

「スティーヴン殿下はウソ吐きだ。調子のいいことばかり言う。おまけに嫌らしい。あの垂れ目は変質者的だと最初から思ってたって、最近は散々ですよ」


 垂れ目は関係ないような。

 侍女は恐ろしいな。


「今ではマンフレッド殿下付きでいいなあって言われるのですよ。以前は御愁傷様って言われてたのに」

「よかったじゃない」

「はい!」


 コーリーは影響力のある侍女なのだろうか?

 話好きなのは確かだな。

 何だかんだですぐ僕と話すようになったし。

 スティーヴンのスパイだと疑ってたのがバカみたいだ。


 お? ジミーが悪い顔しているな。


「侍女に王立学校生はいないんでしょ?」

「ええと、はい。今の王宮侍女に在学中の王立学校生はいませんね」

「コーリーは話のネタが欲しいよね?」

「もちろんです」

「じゃあ王立学校で王子がどんな学生生活送っているか、話してあげるよ」

「本当ですか! 今マンフレッド殿下関係は一番ホットな話題なんですよ!」


 ジミーのやつ、コーリーを使って僕上げスティーヴン下げをしようとしているらしい。

 本当のことを話すだけだから、打ち消すことはできないだろうな。

 僕の評判が悪かったのはスティーヴンの戦略だったようだ。

 誰かの入れ知恵があったのかもしれんが、同様の侍女の噂攻撃を食らって苦しむがいい。

 

          ◇


 ――――――――――後日談。


 マンフレッドが優れた王子だということが、王宮内での共通認識になりつつある時、スティーヴンの評判は地に落ちていた。

 何故ならスティーヴンは自分の噂に関して敏感だったから。

 侍女が自分についての悪い噂を話していたところをたまたま目にし、殴りつけたことからさらに評価を落とした。


 マンフレッドが後に王妃となるユーフェミア・デーリッチフィル侯爵令嬢を婚約者とした時、正直にこう話した。


「僕には将来側妃に迎えたい女性がいるのだ」

「まあ、マンフレッド様はその方を愛しておられるのですね?」

「愛……とは違うかもしれない。功労者なのだ。功に報いてやりたい気持ちがある」


 コーリーをユーフェミアに会わせると、二人はすぐに仲良くなった。

 マンフレッドのいいところを知っている者同士、妻になりたい者同士だったから。

 二人は嫉妬することもなく、マンフレッドの愛を分け合った。

 正妃ユーフェミアは社交界に君臨し、側妃コーリーは王宮を平穏に保つという役割分担が完全に機能した。


 後年、マンフレッド王はこう語った。


「もののわかった妃が二人もいる。幸せが倍だ」


 マンフレッド王の腹心として知られるジミー・サヴィル卿はこう語った。


「福というものは、贅沢じゃない人のところに舞い込むのかねえ?」


 マンフレッド王の治世で、トールカッハ王国は穏やかにそこにあった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 どう思われたか、下の★~★★★★★で評価してもらえると勉強になります。

 よろしくお願いいたします。

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