表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:build  作者: 月野灰
第二章
21/22

第二章7:二つの観測者

霧はまだ濃く、空気の層はゆるやかにねじれていた。

暴走と干渉の余韻は、いまも体内に微かな震えを残している。

それでも、今こうして前に進む勇気が持てているのは、共に歩く存在のお陰だ。


――オルタ。


体格はそれほど変わらないが、自然と彼女と歩幅を揃え、声を立てることもなく並んでいた。

不思議と、その沈黙は重荷ではない。むしろ、ひどく自然なことのように感じられた。


時折風に流されるのか霧が薄まり岩の稜線が見え隠れするが、風鳴りや歩を進める度に耳に届くはずの音が、剥がれ落ちていく感覚は続いている。


「……やけに静かだな」


自分でも驚くほど小さな声が出た。

オルタはほんの少しだけ横を向く。

その瞳が霧を透かしてこちらを見る気がした。


「音が消える場所は、空間に記憶が漂っている。

 あなたの目が熱を帯びるのも、そのせい。

 覚えはない? あなたのその左目は、記録ではなく記憶を溜めてゆく。

 逆に此処は、記録されることを拒むの」


「記録を……拒む?」


「そう。記憶という、()()()()()()()()()()()()がここには沈んでいる。

 あなたは“記憶”を辿り、拾い集めることが出来る。

 そして私は“記録から零れ落ちた枝”を辿れる。

 私たち二人が並んで歩くときだけ、ようやく――、“観測ではない観照”が成立する」


彼女の声は霧に混じり、輪郭を持たないまま届く。

意味はすぐには掴めなかった。

けれど、直感的に理解する。

俺の異質さと、彼女の存在は、互いを補完し合う関係にあるんだと。



◇◆◇



やがて、地中に半ば埋もれた祠のような構造物が姿を現した。

オルタと顔を見合わせ、頷き合う。

長い時が過ぎ、今や岩と見紛う程に劣化していた遺構の裂け目を押し広げると、古びた内部に足を踏み入れることができた。

小さな空間。壁際には見慣れないが、過去の端末群と思われる遺物が並んでいた。

どれももちろん稼働はしていない。筐体に繋がる配線は既に腐り落ち、ノードの代わりに成りそうなモノも最早崩れ去って久しい。

ここに遠隔でアクセスすることは不可能だった。間違いなく、アドミの影響範囲外だ。


だが、入った瞬間、左目が再び熱を帯びた。


視界が揺らぐ。


――子供の笑い声。

――祈るような低い声。

――短い叫び。


どれも断片的で、次の瞬間には霧のように途切れる。

映像も、音声も、ログには残らない。


「聞こえる……?」

俺はつい隣を振り返る。


オルタは静かに目を閉じ、耳を澄ますようにしていた。

「ええ。……あなたと同じものを、私も感じている」


驚きと同時に、深い安堵があった。

自分だけではない。

この“記録されない声”を、彼女もまた受け取っている。


中央には、祭壇のような台座があった。

そこに触れた瞬間、空間全体が光を孕む。


≫同期試行:SIG-EX-B28-01 / SIG-ALT-03

≫観測外領域にて統合プロセス起動……


脳裏に走る閃光。

義眼が強制的に点滅し、オルタの外套からも薄い紋様が浮かび上がった。


「これは……!」

思わず息を呑む。


俺のログと、彼女の存在コードが“統合されかけている”。

融合というより、誰かが新しい観測者を“作ろう”としているかのように。


「駄目!」

オルタが俺の腕を強く掴む。

その瞬間、光が弾け、俺たちは祠の外へ押し出されていた。


背中にまだ熱が残っている。

だが空間は何事もなかったように沈黙を取り戻していた。


「……今のは?」

問いかける声は自分でも驚くほど震えていた。


オルタは答えず、霧の奥を見据える。

ただ、視線の先に微かな恐怖ではなく、確かな決意を宿して。


「俺たちは……並んで歩く存在、なのか?」

口に出したその言葉は、誰に向けたのかも分からなかった。


返事はない。

ただ霧が揺れ、遠くで残響のようなノイズが走る。


≫観測補記:対象二体による異常な並列観測を検出

≫タグ処理:未定義/保留


その記録はすぐに途絶えた。


ここにあるのは、記録ではない。

確かに刻まれる“記憶”だ。

そしてそれを共有する、もうひとりが隣にいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ