第二章6:侵入
霧は、なお濃かった。だんだんと重みすら増していくようだ。
音の残響すら呑み込まれ、光は削がれ、世界そのものを曖昧にしていく。
俺は歩いている。足裏の感触でそれが辛うじて分かる。
左目の機能を切ってから、この曖昧さが楽しかった。
――だが。
胸の奥に、ざらりとした異物感が走った。
次の瞬間。
「――なっ!?」
≫ Reboot Sequence : success … ≫ Control Override [外部入力] …許可… ≫ Optimal Program ///running ≫監視対象:SIG-EX-B28-01 【接続成功】
視界内に突如として現れたUI。
ダイアログが進んでいく。
そして。
(身体がっ!?)
四肢の制御が切断。
それでも身体は歩みを止めない。
足が前に出て、腕が振れる。呼吸のリズムすら制御されていた。
自分の身体感覚が何かと二重に重なっている。
錯覚、ではない。ナニかが俺の中にいる。
(やめろ……!俺の身体……俺の……)
抵抗も意味を成さない。
持続的に何処からか発せられる電磁パルスに従って、強制的に人工筋肉が収縮している。
ナニかの意思を持って。
俺はただ、乗っ取られた身体の中に閉じ込められる囚人に成り下がる。
そして、耳の奥に――いや、脳に直接、声が流れ込んできた。耳を塞ぎたくなるような、不協和音にも似た音。
『――器。――芽吹――。ようやく――』
意味の輪郭を結びきれない断片。
だが、ソレは俺を視ていることだけは分かる。
すると霧の奥に、鏡のような壁が現れる。
その表面に映ったのは――無数の俺だった。
あれは……過去の俺か? 視た覚えがある。
こいつは、まだ経験したことがない。未来? 存在しなていないはずの俺。
(これは……俺なのか……?)
見るともなくそれらの虚像を見せられつつも、身体の動きは止まらない。
そして腕が壁へ伸ばされ。触れた瞬間、すべての像がこちらを向いた。
笑い、怒り、沈黙。どれもが俺の顔をして俺を見つめてくる。
「やめろ……。やめてくれっ!」
声にならない声で。
叫んだ、その刹那。
視界に白が舞い降り。
左目を覆った。
触れた掌は温かかった。
◇◆◇
「もう大丈夫」
その声と共に、不思議な安堵感が胸に広がった。
気付けば、暴走していた身体の制御が自分に戻っている。
膝をつき、呼吸を整える。
恐る恐る目を開くとUIは消えていて、あの気持ち悪い二重に重なった感覚も鳴りを潜めていた。
視界の片隅に立つ白い外套――。
「……オルタ?」
フードの奥の目が印象的だった。彼女は微笑んだように見えた。
「こちら側に踏み込みすぎると、取り込まれるわ」
「今のは……何だ? 何か知っているのか?」
「まだ全部を知る時じゃない。でも――あなたはもう一人じゃない」
その言葉は、俺の胸に重く響いた。
初めて感じる心地よさだった。
霧が僅かに揺れる。
その奥で、黒い光のような揺らぎが漂っていた。
オルタが視線をそちらに向ける。
「薄々感じているとは思うけれど、この領域は以前とは違う、別の意志によって、“監視されている”の」
息を呑む。
彼女は続ける。
「静域を包んでいた“観測”とは違う、別の意思。”監視”。……それ以上は、今は言えないわ」
曖昧な響きの言葉だったが、そこに彼女の恐れは感じられなかった。
ただ、静かにこの世界の成り立ちを端的に伝える響き。
俺は拳を握る。
今は取り戻しているが、あの瞬間この身体は確かに俺だけのものじゃなかった。
また取り込まれるのではないか、という恐怖。
と同時に、隣にオルタがいることの安心感。
「行こう。まだ、先がある」
そう言ったのは俺だったのか、彼女だったのか。定かではない。
ただ、歩みは確かに重なっていた。
≫ 再接続 Sequence: running……//ERROR//DENIED// ≫ Entity detect: SIG-ALT-03 [敵性認証] ≫ Elimination Seq……実行中……//DENIED//DENIED//DENIED// ≫ Bypass process: calculating…… ≫ 監視継続……target=SIG-EX-B28-01 / SIG-ALT-03




