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Re:build  作者: 月野灰
序章
2/16

序章2:任務前逸脱ログ・整備室接触記録

≫観測ログ No.017-β  

≫被観測体名:ノア

≫識別コード:SIG-EX-B28-01

≫観測時刻:07:23〜

≫観測地点:静域シグレノ区域AX内・旧機構整備室


≫モニター権限:一般公開レベル2

≫補足:該当区域には観測不能領域が含まれており、一部記録が断絶・欠落している可能性があります。


──声は、記録には残っていない。


ザインの発話は、ノアの網膜記録にはあるが、アドミの正式ログ上には存在しない。

音声波形は残る。だが発話主タグは付与されない。

観測可能でありながら、観測不能と定義される——それがザインという存在だ。


「……また変な夢でも見たか?」


室内は、整然としていない。


床にはケーブルと基板。

壁際には旧型義肢と義眼の部品。

整備用のエネルギーチューブが中空で垂れ下がり、規格外の圧縮ポンプが異音を立てていた。


ノアは足元の部品を避けながら、部屋の中央まで進む。


「何も……覚えていない」


それが、彼の返答だった。


記録上、これは“今月初の夢への言及”である。

だがザインのログによれば、先月も、彼は同じことを言ったという。


ザインは溜息のように息を吐いた。


「そうか。なら、今日は違う話をしようか」


作業台の脇には、古い情報集積型の眼球ユニットがいくつか積まれていた。

その中のひとつは、記録用コアが抜かれ、ただの“外殻”だけになっている。

ザインはそれを手に取り、無言で指先を滑らせた。

まるで、その中にまだ“記録されなかった何か”が宿っているかのように。

彼は破損したインターフェースユニットを拾い上げると、かつてそれが「何をつなげていたのか」を語り始めた。


「人間は、記録に頼りすぎた。

 でもな、記録ってのは、観たままの“皮”みたいなもんだ。

 本当の中身は、残らない。

 ……だから、夢はまだマシなんだよ。中身が滲んでるからな」


ノアは、それを聞いていた。

返答はしない。表情も変えない。

ただ、視線だけが微かに動く。

それは興味ではなく——記憶を探るような動きだった。

ノアのまばたきが、平均値より0.6秒遅れた。


観測AIが「外部刺激反応の軽微な鈍化」として自動分類するレベル。

だが、ザインはそれを見逃さなかった。


「なあ、お前、ほんとは覚えてんじゃねえのか?

 見たこと、あるんだろ。あの円環の壁も、光の柱も、

 その手で触れたことがあるんじゃないのか?」


ノアは口を閉じたまま、ザインの手元を見ていた。

その指先が握っているのは、半壊した眼球のパーツ。

センサー類の代わりに、そこには“何も映さない空白のレンズ”が組み込まれていた。


ザインはそれを、ノアに手渡す。


「記録装置ってのはな、必ずしも全てを残すわけじゃない。

これは設計的に“映らない”。

見えないんじゃない。映さない。

……お前の中にも、そういう領域があるように思える」


ノアはそれを受け取った。


手の中で、レンズは静かだった。無反応のレンズが静かに光を跳ね返す。

だが、その瞬間、観測ログに微細な干渉が生じた。まるでそこに何かの“残響”が潜んでいるかのように、義手の感覚センサーが一瞬だけ微細な揺らぎを感知した。

映像の一部が不連続に揺れ、音声波形に0.4秒の欠落が発生。


その空白の直後、ノアはようやく口を開いた。


「これは……俺のものじゃない」


「そうだな」と、ザインは笑った。


「でも、お前が持ってる。

 なら、きっと“そういうこと”なんだろうよ」


会話はそれで終わった。


ノアはレンズを胸ポケットにしまい、静かに背を向けた。

出口へと歩きながら、一度だけ振り返る。


ザインは工具の山の中で、黙々と何かを修理し始めていた。

その後ろ姿には、何も語らせない重さがあった。


扉を出る直前、ノアの端末が震えた。


アドミからの追加通知——


≫【補足任務】:区域AX内の旧規格端末を所定位置に廃棄

≫自律判断:可

≫配信映像:自動録画中


ノアはその文面を読み返すことなく、

ただ、小さく息を吐いて歩き出した。



≫【観測ログ:続行中】

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