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水神マグネシウム

作者: 貧マグネシウム性ウーズ

 晴れ上がった青空が峠のカーブで見切れていた。遥か遠くには入道雲が見える。このまま飛び出せば雲に乗れてしまえそうだ。

 そんな陽気な夏の景色を抜け、リズムを刻む林道を進んでいった。やがて、空を写し込むダムが見えてきた。このままダイブすれば爽快に違いない。

 ダムからの涼やかな風を受ける、空中都市のような集落へ入った。

 

 肝試しと撮影合宿でやって来た映研4人組。

 

 車のドアを開けると、熱気と湿度と草の匂いが出迎えた。

 

「うおー、めっちゃ田舎!」

「雰囲気あるなー!」

「車で1時間とか信じらんねー」

「ていうか、思ったより熱くない」

「都会の廃棄熱のヒートアイランド現象と、標高の合わせ技だろ、100mで0.6度下がるんだよな」

「博士だ」

「博士マジリスペクトです」

「ひろし」

「ひろしって誰だよ」

「五人目?」

「やだー、この人、早速なんか見えてるー!」

 

 もちろん冗談に過ぎないが、4人の中でも小池はとりわけ霊感が強かった。安易なホラースポット撮影には気乗りがしなかったが、彼らが帰ってきて何かに憑りつかれていだら寝覚めが悪いので付いてきた。

 

 

 そんな4人は早速ロケハンへ向かう。ネットには載っていない場所もあるためロケハンは必須なのだ。

 しばらく進むと民家の疎らな場所に出た。何かありそうな独特の雰囲気が漂っている。妙に均された地面が森に埋もれていた。パッと見で特別な場所だと直感でわかる、そんな不思議な場所だった。

 

 小池は嫌な予感がした「……なぁ、コレ」小池が指さしたのは、草むらの地面に一体化するように倒れていた看板だった。

 板にある欠損した文字をどうにか補間する。それはこう読むのが正しいように思われた。

 

 

 ――立ち入り禁止――

 

 

 仲間は小池の指摘に「小池さん、大袈裟だって」と砕けた態度でなだめすかす。他の仲間も追従する。

 

「ビビりすぎだよ小池、ホントに入られたくなかったらちゃんと直すだろ」

「これ何十年まえのやつだよ。放棄された林道だろ。人手不足で手が回らなくなったんじゃね?」

 

 奥へ進むと朽ちかけたコンクリ製の鳥居があり、小さな祠が草に埋もれていた。

 

「オー、いいじゃん。この雰囲気」

 

 小銭が供えられており、人の往来を窺わせた。

 

「ほら、考えすぎだよ、小池さん」

 

 小池は五円を取り出すと、祠に供えて両手を合わせた。

 

「え、そういうのやる人だったの、小池さん」

「――なんとなく」

「まぁ、じゃぁ俺も」

「ゲン担ぎってやつね」

 

 なんやかんやで結局全員賽銭を供えて合掌した。

 

「ん? ていうか、拝まずに逆に出て(・・)もらった方が良くね?」

「いや、そこはほら、守護霊的な」

「五円でいいの?」

「金の問題じゃねーの、ソウルだよ、ソウル」

「まぁ、やらないよりかはいいだろうけど」

 

 更に奥には開けた場所だった。沼があったのだ。沼を隔てて奥の森の暗がりから冷えた空気が汗の滲んだ肌に吹きつけた。

 

「結構強いな、風」

「地形的な感じかな? それと夕立前は風が吹くし」

 

 見上げると森の切れ間から入道雲が見下ろしていた。

 

「早く切り上げた方がいいかもな」

「急に冷えたからか、ションベン……」「俺も」

 

 嫌な予感がした小池は声を上げる「止めとけよ。祠の裏の神聖な場所だぞ、罰が当たるかもしれないだろ」しかし、仲間達は意に介した様子は無い。

 

「無いわー」

「罰とか、マジウケるわー」

 

 小池は森がざわめいた気がした。いや、小池は確かに何かの視線を感じた。仲間たちは戻っていったが、小池は動けなかった。

 

 キュゥゥゥゥ――

 

 風で木々が擦れ合う湿った奇妙な音が響く。

 

 カン――

 

 対岸の竹藪からだ。小池は全方位取り囲まれているような、何者かの掌中にいるかのような居心地の悪さを感じた。

 居ないが『居る』――虚無を含む何者かの気配を強く感じた。

 

 カ――

 

 真上だ。

 小池は咄嗟に体をずらした。勘だが、そうしなければならないような気がした。

 

 バサ――

 

 次の瞬間、太腿ほどある枝が小池のいた場所に落ちていた。間一髪で直撃を避けたのだ。もったいつけるように枝は質量を伴って(たわ)み回転した。リアルな風圧が前髪を巻き上げる。

 そして、視界の外で白い何かが閃いた「……」そこには白襦袢の女の幽霊が佇んでいた。

 

「な――!?」

 

 小池はここまではっきりとした幽霊を見るのは初めてだった。

 幽霊は小池の表情を確認すると意思の読めない三白眼を向けた「見た――」それは小池をとらえて離さない黒々とした虚無が窺えた。

 小池は「しまった」と思った。霊を意識する者は霊の興味を引く。小池は経験的に知っていたが、枝の落下で動転していた事もあって注意を引いてしまった。

 

 

 ジリ――脂汗が頬を伝う。

 

 

 逃げ出せばいいものを、金縛りにあったように目が離せない。動こうと思えば動ける。しかし、時が制止したかのような場が小池を釘付けにする。全てが小池に向いていた。左に傾けば森も傾き、右に傾けば追従する。視界が揺れるほどに森も揺れた。

 小池は危険を感じ、忍ばせていた清めの塩を叩きつけた。その瞬間――

 

「小池!」すぐ近く、泉の入り口の小径、幽霊の視界。仲間が認識されてしまう「来るな!」――空気が揺らいだ。そんな気がした。

 

「はぁ? どうした小池。いきなり厨二?」まるで場にそぐわない能天気な台詞。彼らには見えないのだ。しかし、幽霊は消えていた。森はざわめきを取り戻していた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」小池は胸を抑え荒い呼吸を繰り返す。激しい疲労感が小池を苛んでいた。

 

「ちょちょちょ! どうした小池!」

 

 彼らには何も見えない。「(ここは居てはいけない場所だ)」小池は息を整え汗を拭うとどう言ったものかと思案した。

 しかし、正直に話しても真に受けないだろう。「(とにかく、何でもいいから遠ざけないと)」小池は嘘も止む無し、そう判断すると一つ息を吸い口を開いた。

 

「熊だ」

 

 仲間は瞬き一つすると周囲を窺った。そして「居るのか」と小池に問いかける。

 もちろん熊など端から居はしないが、作り話を続ける。

 兎も角早くここから離れる。それが優先だった。「子連れの熊」その返答に仲間は息を呑む。温暖化のせいか、それとも人間の事情か、はたまた情報化時代の功罪か、彼も最近の熊の動向は耳にしていた。十分あり得る話だ。

 しかし、バイアスが彼を楽天的にさせる。「とにかく、車に戻ろうぜ――」仲間は来た道を戻り始めた。小池も罪悪感を覚えながらも続く。

 もっとも、既に憑り付かれていたなら、仲間を巻き込むことになるかもしれない。しかし、小池は思った。「(考えてみれば、俺はションベンしてないのに……)」ションベンが発端で幽霊が現れた、運が悪かったと考えるほかない。本気で認識していないものに対策など打ちようもない、馬鹿げた話。いわば貰い事故とも言えるが、そもそも違和感に気が付いていた小池が強く止めれば済んだ話でもある。

 

 そうこうするうちに車が見える場所まで戻ってくると、車の仲間が声を掛けてきた。

 

「どしたの!?」

「熊だって」

「え、マジか……っと」

 

 仲間はドアを開けて出迎えた。

 

 4人が無事に車へ戻ると稲光の後、短い間隔で雷鳴が轟いた。雨雲が近いのだ、湿気が凝縮しようとしていた。

 小池と一緒に戻って来た仲間は戻って早々に提案した「今回は中止にしよう、熊はヤバイって、そもそも企画倒れだったんだよ」その様子に迷うそぶりを見せる二人。熊などあったことも無いし、正直出会わないだろう、という根拠不明な思いもあった。

 

「大袈裟だろ、なぁ?」

「そうだよ、小池が遭遇したのだって偶々だろ? 大丈夫だよ」

「それは……」

「――分ったよ、雰囲気悪くしてまでやる意味無ぇし……」

 

 そのとき、ついに雨が降り始めた。叩きつけるような雨粒がフロントガラスを滝のように流れ落ちる。

 

「あー、夕立?」

「夕立じゃないだろ。まだ昼過ぎたばっかだよ」

「あれ? 予報で降るとか言ってたっけ?」スマホで確認しだした。

 

「あー、待って、3G……雨雲レーダーじゃ、ずっと真夜中まで真っ赤だな。50mm/hってどのくらい?」

「それじゃ、撮影どころじゃないじゃん」

「マジかー」

 

「――帰るか」

「だな」

「しょうがない」

「賛成」

 

 車をUターンさせると来た道を下り始めた。ワイパーがフロントを払うが視界は悪く、ガラスの曇りも相まって速度が出せない。脱輪、最悪転落事故は避けなければならなかった。

 

「ここで対向車とか嫌だなー」

 

 行きとは一転して、重苦しい雰囲気が車内を支配していた。

 

 ――

 

 

 ――――

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 ゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛

 

 

 

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ

 

 

 

 

 それはまるで山が鳴動しているかのようだった。

 

 

 

 ゴ カァァァァァン

 

 

 崖崩れだ。

 

 4人を乗せた車は甲高いブレーキ音を響かせる。

 あまりの事態に皆思考が一瞬止まった。

 確かな質量を伴ってそれらは斜面を流れ下って来た。メディアで目にするのはただ法面が崩れただけの土塊にみえるだろう。しかし、今、目の前で襲い来る崖崩れには映像越しには感じられない存在感があった。

 家数件を容易く飲み込んで余りある質量の暴力。そんな圧倒的な存在が高々風呂桶4杯分程度しかない軽自動車に襲いかかってきたのだ。

 

 

 バタバタバタ――

 

 雨足が変化し、屋根を叩く音が断続的になった。その様子を受けて俄かに小池が声を上げる。

 

「バック! バック! バック! バック!」

 

 仲間の運転手は声を受けて直ちに車をバックさせた。

 

 

 ガッ

 

 

 石榑(いしくれ)がフロントガラスに突き刺さっていた。

 

 ――間一髪、車のいた場所を自動車よりも巨大な岩塊が通り過ぎていった。

 フロントガラスの石は岩塊が弾いたものだった。彼らの脳裏に走馬灯のように直前の光景が思い出される。飛び掛かるようにガラスへ突き刺さる拳よりも小さな石片。それは岩塊のもつエネルギーの大きさを物語っていた。

 ワイパーが狂ったように、突き刺さった石礫を叩いて硬質な音を立てていた。まるで現実感を伴わない緑色のヒビに雨水が伝う。

 

 

「まじか……」

 

 

 ―― 一同呆然自失。全員がざらりとした自らの命の実体(てざわり)を実感する。

 

 

 

 それもつかの間の事。また崖崩れが起きないとも限らない。余韻に浸る暇などない。今もなお沢と化した目前を土砂が流れ下っていっているのだ。

 

「ていうか、横腹つった……」

「チビった」「「「え」」」

 

「――ま、まぁ……ていうか、よく気が付いたよな、助かったよ、サンキューな小池」

「俺も必死だったからな」

 

「――とにかく、これじゃ戻るしか無いな」

 

 帰り道を塞がれてしまった以上、戻るしかない。そのとき、小池はバックミラーに5人目の同乗者が見えた気がした。

 

 

 ◆

 

 

 民宿に着くころには、雹交じりの叩きつけるような凄まじい夕立(スコール)に変った。

 

「窓割れないか、コレ!」

「ダイジョブじゃん? っていいうか、もう割れてるけど」

「車体凹んでるかもな。降りたらボンネット確認しないと」

「ていうか、雹めちゃめちゃうるさい。めっちゃ響くわ。大声で怒鳴り合ってるのウケる」

 

 そんな能天気な仲間をしり目に、天候の急変はあの幽霊の仕業ではないかと、小池は思い始めていた。

 

 予約していた民宿に駆け込む。

 

「いらっしゃいませ」

 

 出迎えたのは陰気で全身浮腫(むく)みきったおばさんだった。まるで幽霊のようだと4人は思った。

 

「チェックインでよろしいでしょうか」

「あ……ちょっと待って……」

 

 尻すぼみに応じたあと、小声でやり取りを始めた。

 

「え……どうする?」

「俺、休みたい。なんか異様に疲れたわ」

「それがいい――あー、フロントガラスに被せないと」

「え、レンタカーだけど、どうなんの?」

「不可抗力だろ」

「まぁ、取り敢えず、チェックインしてから」

 

 ――それから、事務的なやり取りを終え部屋へ案内された。浮腫(むく)みおばさんが去ると、小声でやり取りを交わす。

 

「(なんだとあれ!)」

「(止めとけって――)」

「(事情があるんじゃないか?)」

「(まぁ、旅にトラブルは付き物だし)」

「(トラブルっていうか……死ぬとこだったけどな)」

 

 外の雨は未だに止む気配を見せない。雨足は落ち着いたようだが、相変わらず雷は続いていた。4人は思い思いに休み始めた。

 

「えー、で、どうするよ」

「他に道があるんじゃね?」スマホで調べ始めた。「いくつか道があるみたい」

「じゃぁ、迂回して戻る?」

「でも、また崖崩れがあるかも」

「心配性だな、小池は」

 

 小池の脳裏に泉で見た幽霊が浮かんだ。

 

「雨が止むまではここに居た方がいいんじゃないか?」

 

 仲間たちは反論する。

 

「迂回して戻ればこんなムダな缶詰め状態からオサラバできるだろ」

「崖崩れに巻き込まれることなんか、そうそう無いって」

「ここに居たって、崖崩れに巻き込まれるかもしれないだろ」

 

 小池は粘った。

 

「人の住んでるとこなら、しっかり安全マージン取ってるだろ。少なくとも山道よりは安全だと思うけど」

 

「まぁ、それはそうだろうけども」仲間は迷っているようだ。

 

「さっき悪運使い切ったから大丈夫だって!」

「待てよ、そんなギャンブルみたいな発想に命賭けるの? なんか、お前の背後に『ざわざわ』って文字が見え始めたわ」

 

「wまぁ、素人判断が一番危険だって言うしな」

「AIに聞いてみたら?」

「おい、嘘言うかもしれないAIに命預けるの? 俺は嫌だよ」

「まぁ、確かに、でも判断材料くらいにはなるだろ? っていうか、AI嫌いだったの?」

「そういうことじゃねぇけどさ。AIを信じて間違っても誰も保証してくれないよ?」

「あー、分かってるよ、とにかく試しに聞いてみるから」

 

 

 ――――――――

 

 

 Q:車で山で大雨に巻き込まれて、帰り道崖崩れで通れなくなっていて、泊まる予定だった民宿まで戻ってきた映像研究会の学生4人ですが、予報では雨は止む気配は無さそうです。道を迂回して戻るか、雨が止むまで民宿に留まるかで割れています。こんな時どうするのが適切でしょう?

 

 A:予期せぬ崖崩れで大変な状況ですね。映像研究会の皆さんが安全に過ごせるよう、現状で最も適切と考えられる行動についてご説明します。

 

 現状の確認と優先事項

 まず、以下の点を改めて確認し、安全を最優先に考えましょう。

* 崖崩れの規模と安定性: 崖崩れが起きた場所の状況はどうでしょうか? 追加の崩落の危険性はないでしょうか?

* 民宿の安全性: 民宿自体は安全な場所に建っていますか? 地盤が緩んでいる、近くに急斜面があるなど、土砂災害のリスクを高める要素はありませんか?

* 食料・水・燃料: 民宿にどれくらいの食料、水、車の燃料がありますか? 数日間滞在しても問題ない量でしょうか?

* 連絡手段: 携帯電話の電波状況はどうですか? 外部と連絡を取る手段は確保されていますか? 地域のハザードマップや避難情報などを確認できる状況ですか?

 

 行動の選択肢と判断基準

 1. 雨が止むまで民宿に留まる

 この選択肢が適切な場合:

* 民宿の安全性が高いと判断できる場合: 民宿が土砂災害のリスクが低い場所にあり、建物も頑丈である場合。

* 食料、水、燃料が十分に確保されている場合: 数日間の滞在に耐えうる備蓄がある場合。

* 迂回路の情報が不確かな場合: 迂回路の状況が不明瞭で、かえって危険な目に遭う可能性がある場合。

* 夜間である場合: 視界が悪く、道路状況の確認が困難な夜間に無理に移動するのは非常に危険です。

 この選択肢を選んだ場合の注意点:

* 常に情報収集を怠らない: テレビ、ラジオ、インターネットなどで最新の気象情報、交通情報、災害情報を入手しましょう。地域の自治体が発表する避難情報にも注意を払ってください。

* 家族や関係者への連絡: 安全な場所にいることを伝え、心配をかけないようにしましょう。

* 節約: 食料、水、燃料はできる限り節約しましょう。

* 二次災害への警戒: 大雨が続く場合、民宿周辺でも新たな土砂崩れや浸水が発生する可能性があります。常に周囲の状況に注意し、異変を感じたらすぐに安全な場所に移動する準備をしてください。

 

 2. 道を迂回して戻る

 この選択肢が適切な場合:

* 迂回路の安全性が確認できている場合: ナビや地図アプリ、地域の情報源などから、迂回路が通行可能で、かつ安全であることが確認できている場合。

* 昼間である場合: 視界が良く、道路状況をしっかりと確認できる時間帯である場合。

* 民宿の安全性が低いと判断される場合: 民宿自体が土砂災害の危険性がある場所にある場合、より安全な場所へ移動することを検討する必要があります。ただし、その場合でも行政の指示に従い、危険を冒してはいけません。

 この選択肢を選んだ場合の注意点:

* 無理な運転は絶対に避ける: 道路の冠水、倒木、新たな土砂崩れなど、予期せぬ障害があるかもしれません。少しでも危険を感じたら、すぐに引き返す勇気を持ちましょう。

* 最新の交通情報を確認: 出発前に必ず、通行止めや交通規制の情報を確認してください。

* 複数の情報源を比較する: ナビの情報だけでなく、警察や道路管理者、自治体などが発信する情報を確認しましょう。* 最低限の備え: 車内に非常食、水、簡易トイレ、毛布などを常備しておくと安心です。

 

 結論

 予報で雨が止む気配がないとのことですので、まずは民宿の安全性を最優先に確認し、食料や水の備蓄が十分にあるのであれば、無理に移動せず民宿に留まるのが賢明でしょう。

 ただし、民宿周辺の状況が悪化する可能性も考慮し、常に最新の情報を入手し続けることが重要です。メンバー間で冷静に話し合い、全員が納得できる安全な選択をしてください。

 もし、どちらの選択も判断に迷うようでしたら、地元の警察や自治体に連絡を取り、指示を仰ぐことも検討してください。

 この状況で最も大切なのは、全員が無事に帰宅することです。どうかご安全に。

 

 

 ――――――――

 

 

「だってさ」

「警察……大袈裟じゃね?」

「まぁ、集落の人から連絡あると思うけど」

「この民宿、どの程度安全なの?」

「確か真ん前に森っていうか、斜面って言っていいのか、あったよね」

「見に行くか」

「ていうか、店主に話せば……」

「え、行くの? 小池?」

「行くって……もし、この民宿が危険だった場合、置いてくつもりなのか?」

「いや、そういうんじゃないけど、周り確認してからで良くね――」

 

 

 ◆

 

 

 一階に降りると、浮腫みおばさんがレインコートの老人と話をしていた。

 

「ああ、宿泊客の人。まぁ、タイミングが悪かったね――」

「あ。こんばんわ!」

「どうも、地元の方ですか?」

「そう、今、近所を回ってるとこ」

「あ、なるほど、大変ですね」

「そうそう、大変なんだ。そうだ、かこちゃん、やっぱり克己さんまだ戻ってないの?」

 

「……ええ、はい」

「まぁ、いいや。あのね、一応、○○村の道、土砂崩れで通れなくなったって。○○県の道もダメだから、完全に孤立集落だよ、参っちゃうねほんと」

「え、そんな……困りますよ、ああ、どうしよう」

「畑大丈夫? まだ手つけて無いの? よし、手伝うから」

「あ、ありがとうございます。合羽持ってきますから」

「あ、そう、先やってるから――」

 

「あ、俺たちも手伝います」小池の言葉に、他の3人は「え?」と驚いた顔をする。

「お、流石若人、助かるねぇ、頼むよ」

 

 

 ◆

 

 

 バタバタ手伝う中、小池は民宿の安全性について尋ねた。

 

「――まぁ、そうね。大丈夫だとは思うけど、地鳴りがするから、ほら、地崩れの前って」

「地鳴りですか、聞き取れるか自信が無いんですが」

「あー、そんなに心配なら神社って手もあるけどねぇ……。どうだろうねぇ」老人は腕組みし歯切れが悪くなった。あまり良い反応ではない。部外者に神域に入ってほしくないのだろうか、それとも泊まれるような場所では無いのか、小池はそう思った。

「ああ、いえ、そんな、無理を言うつもりは無いので」

「悪いね、まぁ、大丈夫だと思うけど、何かあったら、すぐ隣に居るから、息子もいるし。いざとなったら集落の人達もいるから、呼んでね」謎の牽制じみた言葉と、何の根拠もない台詞を残して、老人は雨の中を去っていった。

 

 

 ◆

 

 

 老人の話が本当なら、結局とどまるしかない。さっきの老人は既に警察に連絡を入れていたとのことだった。浮腫みおばさんによれば、物資も十分あるという。

 幸いネットは繋がっているので、各々暇をつぶしていた。まだニュースにはなっていないようだ。

 

 そんな中、小池が声を上げた。

 

「おい、ちょっとコレ」

 

 差し出されたスマホに写っていたのは、民間伝承(フォークロア)まとめサイト、この集落にまつわる伝承が載っていた。そこにはこう書かれていた。

 

 

 ――此の地の奥なる山中に、深淵あり。これこそ、村人の命脈を司る水神の御坐(おわしまし)の地なり。

 ゆめゆめ、此の(ひじり)なる水脈(みお)を穢すべからず。もし、人の不浄なる行いありて、御水(おんみず)汚穢(おえ)すことあらば、水神の御心激しく忿怒を覚えん。

 水神の御咎(おとがめ)蛇抜(じゃぬ)けと顕れん――

 

 ちなみに蛇抜けとは土石流のことだ。

 

「――なぁ、この深淵って、俺たちがションベンした所じゃね?」

「え、そのせいで雨が降って、崖崩れで閉じ込められたって言いたいの?」

 

 小池は神妙に頷いた。

 

「いや、流石に考えすぎだろ、小池さん」

「そうだよ、偶然に決まってんじゃん」

「オカルトとかあり得な」パン ――

 

 

「「「「――!」」」」

 

 絶妙な間のラップ音。部屋を無言で見渡す一同。

 小池は幽霊の気配を感じた。「(追って来た――?)」塩を撒いただけでは効果は薄かったようだ。

 

「あれだ、はは、屋鳴り。屋鳴りだよ」その後もラップ音は断続的に続いた。

 

 

 ◆

 

 

 夜半。一人が起き出した。

 

「なに」眼が冴えて眠れないのか、仲間はすぐに気が付いた。

「トイレ」

 

 部屋を出ていく。

 

 

 ギィィィィィ――

 

 

 バタン

 

 

「おい、うるせーよ、なにイラついてんだよ」しかし返答は無かった。その声に他の仲間も起き出す。

「どうした、喧嘩かー」

「あれ? 居ないけど」

「トイレだよ」

 

「え、じゃぁ、さっきの大声何?」

「しらねぇよ、なんかドアを勢いよく閉めたから」

「まぁ、帰ってきたら事情聴けばいいじゃん」

「……」

 

 果たして帰って来た彼にはまったく心当たりは無いものだった。

 

「――いや、俺閉めてねーし」

「とぼけんてんじゃねーよ」

「え、なんで喧嘩腰?」

 

 

 ―― パン ――

 

 

「ほらー、幽霊の人も言ってるよー」

「いや、それはいろいろ違うと思う」

「はは……」小池には笑えなかった。今も視線を感じるからだ。

 

 

 ◆

 

 

「――でも、あのおばさん、変だよね」

「え、何、急にどうしたの」

「いや、結構な年齢だけど、子供とかいてもおかしくないし」

「まぁ、生涯未婚率50%に迫る勢いだし、普通じゃね?」

 

 そんな時、雨音に混じり幽かに声が聞こえてきた。

 

 

 ――おぎゃあ、おぎゃあ……

 

 

 皆耳をそばだてていた。その証拠に声を潜め誰一人喋らない。

 

「え、外……だよね」

 

 いまだ雨足に衰えはない。確かに外から声がするのだ。

 

「確かめに行くか」

 

 外へ出ると、雨が吹きつけてきた。街灯が路面を流れ下る濁流に反射していた。じっとりとした湿気が体にまとわりついてくる。

 出るまでの間、断続的に続いていた泣き声はぴたりと止んだ。声の主は確実にこちらを認識していた。

 

「たしか、家の横あたりだったよね」

 

 果たして、横の壁の隙間を覗き込む。

 

 み゛ゃァァァァァァァ!

 

 猫が壁の上に飛び上がり、逃げていった。

 

「はぁ、猫だよ」

 

 

 と――

 

 

「あれ――」指さした先には光が瞬いていていた。紛れもなく山の稜線の光が揺れていた。

「人魂?」

「まさか」

 

「あ、消えた」

「なんだったんだ」

 

 戻り際、小池は相変わらず、脅かすだけで姿を見せない幽霊の意図を計りかねていた。

 

 

 ◆

 

 

 アアアァァァァァァァ――

 

 

「今度は何だよ!」

 

 

 ガタガタガタ――

 

 

 雨戸が激しく揺れる。風が出てきたのだ。

 

「風の音だろ」

「いい加減眠らせてくれ、頭がおかしくなっちまう」

 

 そ、その時。

 

 

 イヤァァァァァァァァァ

 

 

 明らかに音質が違った。間違いなく人の声だった。

 

「え、今の、浮腫みおばさんの――」

「泥棒?」

「熊とか?」

「とにかく、行ってみよう」

 

 箒に塵取りを持って一階へ向かう。

 

 

 果たして――

 

 

「ああああああああああああああああああ!」

 

 

 浮腫みおばさんが暴れていた。

 

 

「な――んだコレ!」

「なになになに、どしたのコレ!」

 

 壁に頭を打ち付けたり、転げまわったり、明らかに尋常ではない様子だった。

 

「憑依? 悪霊に憑依されてるの!?」

 

 その時、3人の脳裏に、この村の言い伝えが閃いた。

 

 ――此の地の奥なる山中に、深淵あり。これこそ、村人の命脈を司る水神の御坐(おわしまし)の地なり。

 ゆめゆめ、此の(ひじり)なる水脈(みお)を穢すべからず。もし、人の不浄なる行いありて、御水(おんみず)汚穢(おえ)すことあらば、水神の御心激しく忿怒を覚えん。

 水神の御咎(おとがめ)蛇抜(じゃぬ)けと顕れん――

 

 小池には幽霊が乗り移ったものでは無いと感じられた。だとしたら、水神が乗り移った可能性。

 

「――どんな脈絡だ」考えを振り払うように頭を振ると仲間に呼びかけた「とにかく、押さえよう、このまま外に出たら、谷に転げ落ちて大怪我しかねない」

「ああ、なるほど、確かに」

 

「ああああああああああああああああああ!」

 

 ようやく押さえつけると、あることに気が付いた。傍には薬が落ちていた。

 

「フロセミド……? なんだコレ」

 

 

 ◆

 

 

 悪夢の夜が空けて救出された4人は後日、事の顛末を耳にする。

 

 それは、浮腫みおばさんの事情だった。

 

 浮腫みおばさん――こと小林さんは、自分の浮腫みを気にするあまり、違法に利尿薬を取り寄せ使用していたというのだ。

 強力な利尿薬の作用により、体内のマグネシウム欠乏を引き起こし、錯乱、譫妄症状を引き起こしたのだという。

 

 

 ◆

 

 

 雨で流された集落の神社跡に佇む小池。相変わらず、小池に幽霊は付いてきていた。

 

 小池は幽霊に問いかける「なぁ、なんで俺たちに心霊現象を仕掛けたんだ?」小池は答えると思って問いかけていなかった。独り言のつもりだったのだ。しかし、意外にも返答があった。

 

 幽霊は姿を現すと小池に三白眼を向けた「私は人柱。集落の習わしで水神様に捧げられた女」それは恨みというより、虚無に近いものだった。

 

 小池は幽霊に問いかける「人柱にされたから人間を恨んでるのか?」

 

「分からない。私は水神様を見てない。私が死んだあともずっとあの山にはそんなものは居なかった」

「じゃぁ、何に捧げてたんだ」

「何も。自分たちの思い込みで人柱を捧げてただけ」

「やりきれないな」

「分からない」

 

「なぁ、俺たちを襲った心霊現象、崖崩れ、ラップ音、霊障、赤ん坊の声、人魂、は全部お前の仕業なのか?」

「私は何もしてない。ただ、あなたたちが勘違いしただけ」

 

 赤ん坊の泣き声に聞こえたのは、発情期の猫の声がそう聞こえただけだった。

 山の光は車のヘッドライト。

 ひとりでに閉じたドアは、家が古く傾いているせい。開いたままにしようとしても勝手に戻って閉じてしまう。

 ラップ音の正体は、家の軋みが引き起こしたもの。タイミングよく鳴ったのは4人の動きがトリガーとなったせい。

 

「つまり、怖いと思えば怖い。独り芝居だったってことか、皮肉だな。水神を居るものと信じて人柱を捧げ続けた村人と同じだ」

「分からない――」

 

 それきり幽霊は二度と現れることは無かった。

 

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