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~起動~



「マ…マ?」

僕の上に乗っかっている少女の突拍子の無い一言に、思考が止まる。


それはそうだ。何てったって身に覚えがない。

彼氏は居たことないし、その場限りの感情に身を任せて…なんてことももちろんない。


少女は私に覆い被さるように抱きついているので顔しか見えないが、燃えるような紅い眼に、キラキラした長い銀髪。自分とはまるっきり目の色も髪の色も違う。


というか目の前のコはどれだけ幼く見積もっても2、3歳下くらいだし……?

……思考の迷宮に嵌まりフリーズしている私に構うこと無く、自称僕の娘ちゃんは話を続ける。


「そう!ママは私のママなんだよ?レオンはそう言ってた!きっと私を導いてくれるって!」


目の前の少女は、目を輝かせながらそう主張している。

さらに頭の中に?が5つ6つ増えたが、

でも、とりあえずこれだけ。


「一旦、降りてもらえる……?」


「ああ!そうだよね!ごめん」


すると少女は、ぴょこん、と跳ねとんで私から降りる。

僕は痛む背中をさすりながら、ふらふらと起き上がった。どうやらだいぶ猛スピードですっ飛んできたらしい。


野良犬でもこんなに獰猛じゃないよ…なんて考えながら、

少女に目を向ける。

私は自分の目を疑った。

服を着ていないのだ。


「ちょっ!?あんた服は!?」

「服~?」

服~?じゃないよホントに動物かあんたは。


まったく何処の子なのか検討もつかないが、全裸の女の子を外に置き去りにしておく訳にもいかないので、私は不本意ながら一旦家に連れて帰ることにした。


……その時、僕は見てしまった。首筋に爪で引き裂かれたような三本線の痣を。

僕はこの痣を持つ人を、確かに知っているのだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ターゲット・『獅子』を捕捉。現在、『嬰児』との接触を確認。」


リネット達が過ぎ去った後の路地裏に、一人佇む男の声。


「……全く、教皇代理様もつくづく人使いが荒い」


それは白い修道衣に身を包んだ男性のモノだった。

自分の上司への不満げな態度とは裏腹に、彼の口角は歓びで歪んでいる。


「…了解しました。念のため、別動隊に自械使徒の出撃準備を命じておきます」


彼は通信を切ると、空に向かってこう呟く。

「これは……愉快な事になりそうですねぇ」

神父は恭しく、十字を切った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕は渋い顔をしながら、自宅の椅子に腰かけ茶を啜る。

渋い顔をしているのはもちろんお茶のせいじゃない。


そもそも長い間、両親は家を空けがちで、僕一人で住むには少し広すぎる家での生活に慣れているせいか、どうもこの空間に他人がいるのが落ち着かない。


……目の前には以前として、僕の面影を感じさせない少女がちょこん、と座っている。

一旦彼女には、辛うじて残っていた僕のお下がりを着てもらっているが、それでもやっぱり似ていない。というかこの子これからどうしよう……困ったなぁ……生活費とか足りるかな……


そんな私を不思議に思ったのか、少女は不安げな様子でこちらを見つめている。

気を取り直して、私はテーブルの向こうで角砂糖をなめている彼女に話しかけた。


「コホン……んで、話の続きをするわよ。あんたはそのレオンってやつの命令で来たわけね」


「そう……だけど……」

その事を聞くと、なにやら都合の悪いことでもあるのか、途端に返事がしどろもどろになる。


「私はママに会えてうれしい。でも、私がママに会うってことは、ママが死んじゃうかもしれないってことだから」

「死ぬ?私が?」

「そう。あなたはもうじき生死の境目を彷徨うことになる。」


急に少女の雰囲気が変わった。さっきまでの無邪気な言動はなくなり、まるで別人が取り憑いたかのように、彼女?は淡々と話し始める。


「あなたの母方の祖母、彼女からすると曾祖母にあたるでしょうか。去年の春、昼過ぎに心臓発作で亡くなったでしょう」


「……」

なんでそれを……?


「あなたの父親は8年前、雨が降りしきっていたあの日に、()()()に撃たれて死んだ。彼はあなたの平穏無事な人生を願って、自ら殺されるという道を選んだ。……それすらも脚本通りであるとも知らずに。」」


「……ッ!」


「あなたの母親はそもそも人間ではなかった。その証拠ですが……見たことがあるはずです。彼女と同じ痣が刻まれているのを」


少女の中の誰かが、そう言い切った所で、僕はついに堪忍袋の緒が切れた。

「人をおちょくるのもいい加減にして!だいたいなんでそんな出鱈目言えるわけ!?」


初対面の人間に、当人の家族の生き死にをいきなり突きつけてくるなんて非常識にも程がある。私は怒りを露にして、テーブルの向かいに座っている、少女ではない何かに問い詰めた。


「出鱈目ではありません。最初から決まっていたこと。……いわば、演劇なんですよ。その痣は、この劇の演者(キャラクター)に刻み込まれる。我らが殿下と、機械の神が作り出した脚本のね」


その何かは言い切った。私たちは演者だと。この子をわざわざ此処までやってくるように仕向けて、その遊びの為だけに育てておいて、私たち家族まで巻き込んでそっち都合の訳のわからない戯れ言に付き合えだと?ふざけるな。


しかし、私が反論する隙を与えないように、その何かは話を続ける。


「そして、あなたにもその痣は、もうじき表れる。最も、舞台から降りる事は可能だ。殿下も教団も、死人を生き返らせる事はできない」


そう嫌味ったらしく告げる何かは、発言の最後にこう付け足した。


「あ、あともう一つ。なるべく此処から離れた方がいい」


意味深な発言と共に、彼女に取り憑いていた何かは何処かへ消え、少女はぐったりと気をテーブルに突っ伏した。

僕は恐る恐る声をかける。

「だ、大丈夫…?」

「…ハッ!こっち!危ない!」

「え?」

少女はその身に似合わない怪力で、私を椅子から引き剥がすように引き寄せた。


そして1秒も経たないまま、すぐ近くから聞こえた爆音。外壁が回りの塀も巻き込み、木っ端微塵に吹き飛んだ。

木片がパラパラと床に落ち、爆風にあてられ塵と化した。

広がり続ける炎と、立ち上る煙に当てられ、揺らめく人影が姿を現す。

「お待ちしておりました、獅子の巫女」

不気味な程柔らかな男性の声。何かが空を切る音。それは続けざまに放たれる、僕たちを狙う短剣だった。


「ッ!」

短剣が私の眼前に迫る。それとほぼ同時に少女は私を素早く抱き抱え、窓から外へ勢い良く飛び出す。そしてバネのように体をしならせ、隣の民家の屋根に飛び移る。


そのまま屋根の縁を伝い逃走する最中、少女は僕にこう告げた。


「このままだと私もママもアイツに殺されちゃう……だからお願い……」

少女の真剣な眼差しが、僕に向いた瞬間。


「よそ見はいけませんねぇ、落っこちてしまいますよ?」

すぐ背後から聞こえた、幼子を嗜めるような男の声。呆気にとられた少女の背中に短剣が突き刺さる。少女は完全にバランスを崩し、僕たちはレンガ造りの地面に叩きつけられた。


「があッ…」

背中から思い切り落ちたせいで、身体中が軋むように痛い。

私は比較的軽傷だった。しかし……

「あんた…!」

彼女の背中に突き刺された短剣が身体を貫き、鮮やかな赤色が地面に広がっていく。


「あのね、ママ。」


「その傷で喋ったら…!」


刺された傷口から血が溢れだすこともお構いなしに、少女は話を続ける。


「リリーはこう言ってた。あの子は私の自慢の娘だから、必ずあなたを助けてくれるって」


「母さんが……?」


「うん。でも、今は私がママを助ける番。」


自信に満ち溢れた、けれどもすぐ壊れてしまいそうな笑顔で、少女は告げる。


「私と契約して、一緒に戦おう。私たちの自由を掴むために。」


僕たちを囲むように展開される魔方陣。

僕の脳裏に、とある記憶が浮かび上がる。


「これがあれば、私たちは一緒に戦えるから」


返事は最早、必要なかった。

その思いに呼応するように、僕と少女は脳裏に浮かぶ言葉を紡ぎ始める。


「『私は一人 荒野に流離う』」

「『全てを繋げ 全てを引き裂く』」

「『贖う術を敷き 抗う術を知る』」

「『汝、己が覇道を突き進むのみ』」

「『騎心召来 グリモアール!』」


詠唱が終わると共に魔方陣から出づる、黒い影に包まれた黄金。

その影が僕たちの回りを包み込む。

そして外の景色を写し出す水晶玉。その周辺を囲むように、無数の計器が浮かび上がる。黒い糸が張り巡らされたコックピット内で、無数の管が、僕の四肢に絡みついていく。


「……パイロット承認。我が依代に誓い、契約は完了した。グリモアール、全セーフティを解除。疑似魔力変換コンデンサ、全駆動箇所、マギカネットワーク及び『獣の炉心』、操者との同期を開始する。」


無機質なアナウンスが流れ、黒い外套を翻し、巨大な体躯が僕の鼓動と共に起き上がる。


それは鬣を模した頭部を持ち、その両手にはガントレットが装着されていた。全身を覆う外套は所々引き裂かれ、ガントレットには深い傷が刻まれている。


その状態は、過去にこの機体を取り巻く境遇がいかに過酷なものであったかを物語っていた。それでも悠然と武器を携え佇む姿はさながら、勇猛果敢な獅子を彷彿とさせる。


「細かい機体管制はこっちでやるから。……思う存分暴れて!」


僕は深呼吸をして、体の緊張を解し息を整える。さっきまでの痛みが引いていき、呼吸を整える度に、彼女の鼓動が機体を通して伝わる。僕は一人で戦っている訳じゃないんだと、なんとなく勇気が湧いてきた。


「あんた、名前は?そういえば聞いてなかったわ」


「……リオ・リンドヴルム。リオって呼んで!」


「わかったわ、リオ。……いい名前ね」

未だ不安になる自分の気持ちを振り切って、僕はライオンにとっての剣、獲物を屠る為の爪を構えた。

僕とリオの双眸が、屋根の上の獲物を確かに捉えている。


そしてそれに対峙する神父はただ、愉しげに嘯く。

「やはり、使徒を用意していた甲斐があったというものです」



続きます。

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