表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

~開演~

 ある夜。全てが静まり帰った廃城に、木霊する声。その声は、死んでもなお死にゆく同胞に対しての……

 一つの提案だった。

 

「……我々も永らく肉体を失って久しい。外部からの物見も乙なモノだが……些か興に欠ける。そこでだ、賭けをするとしよう。一番に撒き餌に食い付いた者を獅子の契約者とし、その手綱を握れるか。どうだ?我が同胞達よ」

 

 城の中央に位置する、幕の下ろされた壮麗な講堂の帳から発された、低い男の声。それは、窖に潜む獣の唸り声のような重圧を放っていた。


 その言霊は城中に響き渡り、この廃墟全体にその意志が行き届く。巨大な手で裂かれたような天井の亀裂から見るに、遥か昔、此処が人智を越えた戦場となっていたのは自明だった。


 外壁は見るも無惨に破壊し尽くされ、半ば野晒しになった城の内装は、全てが焼け焦げた痕しか残されておらず、月明かりが落とした影に呑み込まれている。何年経てども消えない死と戦場の匂いは、永い間生きた人間がここに立ち入らなかった事を物語っている。


 事実として、この場所に生命と呼べるものなど存在しなかった。だが、もし部外者がこの場を目撃してしまっていたとしたら……微塵も無人の廃墟だとは思えないだろう。


 赤い満月に照らされ、城の通路に散らばったステンドグラスに写る複数の影は、間違いなく人間を象っているのだから。その影達は老若男女様々な形をとり、各々が彼の賭け、とやらを聞いていた。

 

一見ただの戯れ。まるで夜な夜な酒場で行われるカードゲームに過ぎないかのような……彼の口調はその程度のものだった。

 

 しかし、確かに他の同胞達はその真の意味を理解していた。この賭けは一時の娯楽などではない。あの獅子をついぞ出すのなら、目的はただ一つ。


 私達を自由な現し世から、暗く無機質な檻へ追いやった神への反逆。神に叛きし奏者にこそ、0番目の獅子は味方すると皆は確信する。

様々な影が激しく蠢き始める。それは笑っていた。けたたましく、狂気に満ちて。

 

 これは号令だ。700年前の悲願を達成できる時が来た。その狂気的なまでの歓喜の渦が、次第に彼らの形を異形へと変化させていく。


 翼が。牙が。大爪が。尾が。角が。限りなく人間に近い形状をしていた影達に、人間のシルエットには決して写り混むことのないであろう部位が生えていく。


 そして、その影の一つ…最も人間に近く、最も小さい影がバックリと裂けた。その中から出づる少女を、彼らは大いに祝福する。新たな、そして最後の希望の誕生を。


「おお、愛しき我らが一人娘よ。どうか彼女に、同胞の加護があらんことを」

 

生まれ落ちた少女は一言も喋る事はなかった。だが、その焼け付くような紅い眼は、確かに……

 自分の『親』が居るであろう、蒸気立ち上る煙突街を見つめていた。


――――――――――――――――――――――


煉瓦造りの地面を打ち付けていた雨がやっと止み、工房街の煙突から昇る蒸気が、夕日に照らされ輝いている中───僕、リネット・カザキリはとぼとぼと俯きながら、一人街を歩いていた。ふと、鳥の羽ばたく音が聞こえて顔を上げ、脇道の水溜まりが小さくなっていることに気がついて、差していた傘を畳む。

 

 ……こんな姿をクラスメイトに見られたら、『あんたに見下されてる雑草の方が生き生きしてるわよ』とかどやされるだろう。


 今日は学校をサボって何処に行くわけでもなく、藍色の傘を揺らしながら、雨の中をただただ歩いていた。ここら辺の民家はどれも職人の家系で、昼間は物音さえあれど人の行き来は少ない。


 トントン、カラカラ、カンカン。工房から聞こえる物音は、自分一人で歩いているはずなのになんだか賑やかに思えて、心地いい。そんな調子で僕は時々、町中をふらふらと歩く奇癖がある。生温かい雨が肌を伝う日に、意味もなく。


 ……いや、意味はなくても理由はある。こんな雨の日に、父さんと母さんは消えてしまった。僕が8つの時だった。確かその日は帰っても誰も家にいなくて、少し時間が経った後に祖母が冷や汗をかきながら連絡してきたのを覚えている。


 なんの前触れもなく、本当に亡くなったのかもわからないまま、幼かった私はただただ、唖然とする他なかった。まだ明確な別れがあったのなら泣けただろう。

 諦めもついたのだろう。そうでなければ、こんな静かな街を一人歩く必要もないのだから。


 ……それにしても、だ。今日みたいな日は、街の衛兵さんが「学校はどうしたんだ」って追いかけてくる所なのだけれど、今日の街はやけに静かで人気がない。


 些細な街の違和感が、まるで僕を嘲笑っているように感じられる。……馬鹿馬鹿しい。今日は疲れてる。そんないまいち繋がらない思考で、自宅へ続く路地に足を踏み入れた瞬間。僕の視界が90°回転した。


 「ごえふッッ」

 背中、痛。お腹、重っ。

 「な、何……誰ぇ……」


 そのコは、僕のノスタルズィーな憂鬱を嵐の如く吹き飛ばして、突然やってきた。


 「今日からよろしくね!私のママ♥️」


 ……これから私たちに待ち受ける運命が、少しでも和らぐように、と。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ