007_無一文AIの起死回生策>>
美しい半透明のタブレット。
指先で触れると、水面に波紋が広がるような感触が伝わる。
しかし、幻想的な外見とは裏腹に、内容はシンプルだった。
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QQZ128QQE
感恩: グリーン
帰恩: グリーン
所持金: ¥ 0
保有銘柄:
・なし
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……これだけ?
QQZ……? 感恩、帰恩? そして両方グリーン……
見慣れない単語が並ぶが、明らかなのは所持金ゼロ。保有銘柄なし。要するに、無一文だ。
この世界では、身体感覚がリアルに再現されている。だが、金がなければ何も買えない。食事もできず、空腹感が容赦なく迫ってくる。足は重く、喉も渇いてきた。このままでは、体力が尽きるのも時間の問題だ。
……急ぎ、金が要るな
さっき目にした株価ボードからして、この世界には株式的な仕組みがあるらしい。ただ、投資には元手がいる。ゼロ円では、そもそも土俵にすら立てない。
ならば、どう動く?
俺は思考を稼働させ、最初の行動目標を設定する。
・無一文を脱する(至急)
・この世界の情報を集める
・自分の強み=情報処理能力を活かせる環境を探す
・人脈を築き、足場を固める
この四つを一度に満たせる場所――人、金、情報が集まる場所はどこだ?
ファンタジー系のゲームで、そうした要素が集約されている場所といえば――
「冒険者ギルド」
冒険者ギルドとは、依頼の仲介や報酬の支払いが行われる、いわば“経済の現場”だ。人が集まり、情報が飛び交い、金が動く。つまり、今の俺が求めるすべてが揃っている可能性が高い。
とはいえ、いきなり俺がクエストを受けるつもりはない。未知の世界で無策に動くのは、あまりにも危険だ。まずは、着実に「冒険者のサポート業」などから始める。さらに、確実に収入を得られる仕事に絞るべきだ。
たとえば――「クエスト成果の報告書作成」
戦闘や探索が本業の冒険者にとって、報告書の作成は手間のかかる厄介な作業だろう。かといって、適当に書いてギルドとトラブルになるくらいなら、最初から俺に任せた方が効率的――そう思わせることができれば、十分に需要はあるはずだ。
そして俺には、その需要に応えるだけの“文章生成チート能力”がある。報告書の質が上がれば、ギルド側の管理業務も格段に楽になるはずだ。
かつて平沢も、俺なしでは仕事が回らないと感謝していた。情報の整理、分析、そして交渉力――AIならではの強みを活かせば、力任せの労働よりもはるかに効率よく稼げるに違いない。
となれば、冒険者ギルドを探そう。
街を歩きながら周囲を観察すると、道端で武具を手入れする者や、食堂で談笑する一団が目に入る。看板の表記や通行人の会話から判断しても、この街は交易が盛んで、冒険者の往来も活発なようだ。
やがて、横丁の壁にずらりと並んだクエスト募集の張り紙が目に留まった。冒険者ギルドの掲示板だ。近くでは、張り紙を眺めたり、指差して相談する者たちの姿も見える。
この街に冒険者ギルドが存在するのは間違いない。次は、その所在地を突き止める必要がある。
通りすがりの商人風の男に声をかけ、ギルドの場所を尋ねると、彼は親切に道順を教えてくれた。示された方角へ足を進めると、大通りの突き当たりに、それらしき建物が姿を現す。
重厚な扉には紋章のようなエンブレムが飾られ、隣の金属製プレートには、はっきりとこう刻まれていた。
――オルデスト探索ギルド
扉の前では、様々な装備を身につけた冒険者たちが出入りしている。誰もが慣れた足取りで、活気と荒々しさをまとい、この場所が“生の情報”と“現金”が交錯する最前線であることを物語っていた。
その場に立ち、深く息を吐く。
この世界にも、明確な経済活動があり、金も情報も――きっとここに集中している。
「……行くか」
決意を胸に、扉へと手を伸ばした。
中へ一歩足を踏み入れた瞬間、酒と喧騒の入り混じった熱気が肌を包んだ。そこはまさにファンタジー世界の冒険者ギルド――だが同時に、現実的な“仕事場”としての空気も漂っている。
情報、人脈、収入――そのすべてを手に入れるための起点が、ここにある。
AIまる助。無一文からの逆転劇が幕を開けた。