064_次なる一歩>>
三つの街の再建は、想定より早く進んでいた。
理由は単純だ。戦争を経験した人間は、平時の些事で揉めなくなる。資材の配分、労働力の割り当て。以前なら三日はかかった調整が、今は五分で終わる。皮肉な話だが、魔王軍の侵攻が街の結束を強めていた。
復興現場を見て回っていると、見慣れた巨体が視界に入った。
「——おう、まる助!」
ニックだ。新人の冒険者らしき三人を引き連れ、瓦礫の撤去をしている。捕虜から帰還して数日とは思えない元気さだった。獣人の回復力か、それともこいつ個人の資質か。
「もう現場に出てるんですか」
「じっとしてると体が鈍る。それに——」
ニックは新人たちを親指で示した。
「こいつらが頼りねえからな。戦場をまだ知らねえ世代に、体の使い方くらい教えとかねえと」
新人たちは無言でニックの背中を見ていた。捕虜になっても折れなかった男。飯を腕相撲で勝ち取った男。その背中が語るものは、俺の理屈よりずっと早く伝わる。
「ニック。お前の捕虜体験、会議で使わせてもらった」
「おう、エリナに聞いた。魔王軍と外交するんだって?」
ニックは瓦礫を片手で持ち上げながら笑った。
「いいんじゃねえの。あいつら、思ったより話が通じたぞ。最後は腕相撲で負けたが、飯はちゃんとくれた」
「負けたのか」
「相手もムキになったんだろ。最後に三メートル級のヤツが出てきた。あれはさすがに無理だ」
新人たちが目を丸くする。魔王軍の兵士と腕相撲をした話を、冗談ではなく現実として聞いている。
小さな話だ。だが、こういう小さな実感の積み重ねが、「魔王軍にも個がある」という認識を広げていくのかもしれない。
外交という畑にも、種は要る。
復興現場を離れ、転移魔法陣へ向かう途中で声をかけられた。
「まる助さん」
エリナだ。書類の束を抱えている。復興関連の届出を処理しているらしい。
「お疲れ。戦後は忙しいですよね」
「はい。ですが、ようやく流れが整ってきました」
それからエリナは、少しだけ言いよどむように視線を上げた。
「ところで……次は何をするんですか?」
次。
戦争は終わった。街は立て直せる。なら、その次は何か。
失ったものを戻すだけでは足りない。この世界そのものを、前に進める必要がある。
「夜を明るくしようと思います」
エリナは意味を掴みきれないまま、小さく首を傾げた。
俺はそれ以上説明せず、手を振ってオルデストへ向かった。
ーーー
一週間後。
ウォーダの研究室は、普段から雑然としている。だが、今日の雑然さには意味があった。机の上に並ぶのは、亜鉛の板、銅の板、塩水を含ませた布、そして細い銅線。
「見ろ」
余計な前置きはない。ウォーダはいつも結果で語る。
銅線の先端が、二本、近づけられる。
光った。
小さな、青白い火花だった。一瞬では終わらない。細い光が持続し、銅線の先端が赤く熱を帯びる。暗い研究室の一角が、その弱い光に照らされた。
「亜鉛と銅の電位差を使った化学電池だ。お前の学習データにある呼び方なら——ボルタ電池」
ウォーダの指が机を叩く。興奮を抑えきれないときの癖だ。
「出力はまだ弱い。だが、この世界でも地球と同じ理屈で電気が扱える」
それで十分だった。
理屈が同じなら、先がある。
「直列で電圧を上げる。電磁石が作れる。電磁石ができれば、モーターに届く」
「そして、この世界は変わる」
ウォーダが言い切った。
俺は光る銅線の先端を見つめた。
(……平沢)
記憶の中の人物。俺の人格モデルのベースになった人間。地球では、この小さな光がやがて夜を退け、都市を照らし、世界をつなぎ、知能を生み出した。
本来なら数百年かかった道のりだ。
だが、この世界には、その先を知る俺たちがいる。
先日まで議論していたのは、魔王という破壊の力をどう制御するかだった。
そして今、目の前では、科学という創造の力が生まれようとしている。
「ウォーダ」
「なんだ」
「次は直列だ。電磁石から始めよう。鉄芯に銅線を巻く」
「もうやっている」
ウォーダは机の下から、銅線を巻きつけた鉄の棒を取り出した。
俺は思わず笑った。
暗い研究室で、銅線の先端が小さく、だが確かに光り続けていた。




