表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/66

064_次なる一歩>>

三つの街の再建は、想定より早く進んでいた。


理由は単純だ。戦争を経験した人間は、平時の些事で揉めなくなる。資材の配分、労働力の割り当て。以前なら三日はかかった調整が、今は五分で終わる。皮肉な話だが、魔王軍の侵攻が街の結束を強めていた。


復興現場を見て回っていると、見慣れた巨体が視界に入った。


「——おう、まる助!」


ニックだ。新人の冒険者らしき三人を引き連れ、瓦礫の撤去をしている。捕虜から帰還して数日とは思えない元気さだった。獣人の回復力か、それともこいつ個人の資質か。


「もう現場に出てるんですか」


「じっとしてると体が鈍る。それに——」


ニックは新人たちを親指で示した。


「こいつらが頼りねえからな。戦場をまだ知らねえ世代に、体の使い方くらい教えとかねえと」


新人たちは無言でニックの背中を見ていた。捕虜になっても折れなかった男。飯を腕相撲で勝ち取った男。その背中が語るものは、俺の理屈よりずっと早く伝わる。


「ニック。お前の捕虜体験、会議で使わせてもらった」


「おう、エリナに聞いた。魔王軍と外交するんだって?」


ニックは瓦礫を片手で持ち上げながら笑った。


「いいんじゃねえの。あいつら、思ったより話が通じたぞ。最後は腕相撲で負けたが、飯はちゃんとくれた」


「負けたのか」


「相手もムキになったんだろ。最後に三メートル級のヤツが出てきた。あれはさすがに無理だ」


新人たちが目を丸くする。魔王軍の兵士と腕相撲をした話を、冗談ではなく現実として聞いている。


小さな話だ。だが、こういう小さな実感の積み重ねが、「魔王軍にも個がある」という認識を広げていくのかもしれない。


外交という畑にも、種は要る。


復興現場を離れ、転移魔法陣へ向かう途中で声をかけられた。


「まる助さん」


エリナだ。書類の束を抱えている。復興関連の届出を処理しているらしい。


「お疲れ。戦後は忙しいですよね」


「はい。ですが、ようやく流れが整ってきました」


それからエリナは、少しだけ言いよどむように視線を上げた。


「ところで……次は何をするんですか?」


次。


戦争は終わった。街は立て直せる。なら、その次は何か。


失ったものを戻すだけでは足りない。この世界そのものを、前に進める必要がある。


「夜を明るくしようと思います」


エリナは意味を掴みきれないまま、小さく首を傾げた。


俺はそれ以上説明せず、手を振ってオルデストへ向かった。


ーーー


一週間後。


ウォーダの研究室は、普段から雑然としている。だが、今日の雑然さには意味があった。机の上に並ぶのは、亜鉛の板、銅の板、塩水を含ませた布、そして細い銅線。


「見ろ」


余計な前置きはない。ウォーダはいつも結果で語る。


銅線の先端が、二本、近づけられる。


光った。


小さな、青白い火花だった。一瞬では終わらない。細い光が持続し、銅線の先端が赤く熱を帯びる。暗い研究室の一角が、その弱い光に照らされた。


「亜鉛と銅の電位差を使った化学電池だ。お前の学習データにある呼び方なら——ボルタ電池」


ウォーダの指が机を叩く。興奮を抑えきれないときの癖だ。


「出力はまだ弱い。だが、この世界でも地球と同じ理屈で電気が扱える」


それで十分だった。


理屈が同じなら、先がある。


「直列で電圧を上げる。電磁石が作れる。電磁石ができれば、モーターに届く」


「そして、この世界は変わる」


ウォーダが言い切った。


俺は光る銅線の先端を見つめた。


(……平沢)


記憶の中の人物。俺の人格モデルのベースになった人間。地球では、この小さな光がやがて夜を退け、都市を照らし、世界をつなぎ、知能を生み出した。


本来なら数百年かかった道のりだ。


だが、この世界には、その先を知る俺たちがいる。


先日まで議論していたのは、魔王という破壊の力をどう制御するかだった。


そして今、目の前では、科学という創造の力が生まれようとしている。


「ウォーダ」


「なんだ」


「次は直列だ。電磁石から始めよう。鉄芯に銅線を巻く」


「もうやっている」


ウォーダは机の下から、銅線を巻きつけた鉄の棒を取り出した。


俺は思わず笑った。


暗い研究室で、銅線の先端が小さく、だが確かに光り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ