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063_五者の選択>>

円卓。五つの椅子が向かい合う配置では、嫌でも全員の顔が見える。


ウォーダ、ベルザ、クロノス、セシリア、それに俺。


戦後処理の会議はこれで三度目だが、今日の議題はこれまでとは毛色が違う。復興の話でも、戦力の再編でもない。


「——魔王をどうするか、です」


俺が切り出すと、空気が一段冷えた。クロノスが腕を組み直し、ベルザの長い耳がわずかに動く。セシリアだけが表情を変えなかった。前回の対話で、ある程度は覚悟していたのかもしれない。


「排除の話なら乗る」クロノスが低く言った。「次の侵攻に備えた殲滅戦略——」


「逆なんです」


遮ると、クロノスの目が鋭くなった。


「排除しません。魔王をこの世界の構造に組み込みます」


沈黙。ウォーダだけが指先で机をとんとんと叩いている。こいつは俺の考えなど読みきっているから驚かない。


「……組み込む、とは?」ベルザが促した。三百年を生きたダークエルフの声に、感情の色はない。純粋な問いだ。


「魔王の侵攻は、この世界にとって強制的なリセット圧力として機能しています。放っておけば世界は停滞しがちなんです。内部腐敗、権力の固着、技術の秘匿。外敵がいなくなった文明が何をするか、歴史が証明しています。互いに殺し合うんです」


クロノスの眉が動いた。軍人として、その理屈は聞き覚えがあるのだろう。


「魔王を完全に排除すれば、次の脅威は内側から来る。だったら外圧として温存しつつ、被害を制御可能な範囲に収める仕組みを作る方がいい」


「今回の戦争がその試金石だった、と?」ベルザが静かに言った。


「はい、結果論ですけど。空の街を渡し、補給を断ち、犠牲を出しながらも凌ぎました。完璧には程遠くても『制御しながら耐える』ことが不可能じゃないことはわかりました」


クロノスが椅子の背に体を預けた。その目は冷たい。


「最小限とは言えない犠牲だ」


釘を刺す声だ。俺は目を逸らさなかった。


「ええ。言えません。あの防衛線で倒れた兵士たち。それを最小限と呼ぶのは、彼らへの冒涜です」


クロノスは何も言わなかった。ただ視線で続きを促した。認めたわけじゃない。だが、聞く気はあるということだ。


「だからこそ、次はもっと精度を上げる。制御の仕組みを、もっと洗練させる。そのための議論を今日から始めるわけです」


セシリアが口を開いた。


「魔王すら道具にするのですか」


責めているわけではなかった。あの夕暮れの対話の続きだ。あの時セシリアは「あなたたちも苦しんで選んだのは、わかる」と言った。その上で、もう一歩踏み込んでいる。


「道具にしなければ、次は俺たちが魔王になる」


セシリアの瞳が揺れた。


「……外敵を失った勢力が、自らの内に敵を作り出す。聖典にも似た記述があります」


「信仰の言葉で言えばそうなります。俺の言葉で言えば、この世界には負荷が要る。魔王をこの世界に組み込まれた負荷と捉える。壊すんじゃなく、負荷を制御する」


ウォーダが指を止めた。


「制御するには、相手を知る必要がある。知るには——」


「対話が要る」


俺が引き取ると、ウォーダが小さく頷いた。


ーーー


「外交ルートの確立。それが次の一手です」


五者の視線が集まる。


「正気か」クロノスが即座に返した。「魔王側と交渉する? 街を焼いて兵士たちを殺した相手と?」


「そういう相手だからこそなんです。今回の戦争で判明した事実——魔王軍には撤退判断をする指揮系統がある。交渉できる相手なんです」


クロノスは反論しなかった。軍人として、敵の指揮系統の存在は認識しているはずだ。


「傍証もある」俺はベルザに目を向けた。「ニックの件です」


ベルザが頷いた。


「捕虜となったニックの報告書は私も読んだ。魔王軍は彼を殺さなかった。それどころか——」


「腕相撲で食事を勝ち取った、でしたっけ」


セシリアの口元にかすかな笑みが浮かんだ。あの報告書は、聖女にとっても新鮮だったらしい。


「獣人の腕力に物を言わせただけとも取れる。だが重要なのはそこじゃありません。魔王軍の兵士が『勝負に応じた』という事実です。応じない方が合理的な場面で、娯楽を選んだ。そこに交渉の余地を感じます」


クロノスが眉間に皺を寄せた。


「一兵卒の事例を軍全体に適用するのは危険だ」


「その通りです。だから今は可能性の話。確実性じゃありません」


「外交とは相手を信じることだ。信じられない相手と何を話す?」


「いいえ。私の考えは少し違います」


俺はクロノスの目を見た。


「外交とは相手を信じることじゃない。相手の合理性を利用することです。魔王軍が撤退したのは、こちらの抵抗が相手のコストを上回ったから。そこに合理性がある。合理的な相手とは取引ができる」


クロノスは長い沈黙の後、腕を組み直した。否定はしなかった。


「具体的なルートは?」


ベルザが手を挙げた。


「冒険者ギルドを使おう」


全員の目がベルザに向いた。


「冒険者は国境を越える存在。人間の領域も、魔族の領域も、依頼があれば踏み入る。ギルドは特定の国家に属さない。その中立性を、接触の足がかりにする」


「ギルドの中立性を政治に使えば、中立性そのものが損なわれませんか?」セシリアが問う。


「中立とは無関心のことではない」ベルザの声には、三百年分の重みがあった。「中立とは、各勢力との距離を保つことだ。魔王軍との接触ルートを持つことは、人間側に偏っている現状をむしろ是正する」


見事な理屈だ。ギルド長としての矜持と、合理的な判断が一致している。


「すぐに成果が出る話ではありません。そして相手あっての話です」俺は全員を見回した。


「でも方向性は合わせておきたい。次にぶつかるときは——ぶつかる前に、話す選択肢を持つ。その方向でよいですか」


ウォーダが指で机を一つ叩いた。賛成。


ベルザが頷いた。


セシリアが目を閉じ、小さく息を吐いてから頷いた。


クロノスは——


「軍の技術部門を新設する。外交が失敗した場合の保険だ。これは譲らん」


「望むところです」


クロノスは答えなかった。ただ、組んでいた腕をゆっくりと解いた。

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