006_異世界タブレットに驚愕>>
人々でにぎわう大通りを歩きながら、この世界を改めて観察する。
人間だけではない。エルフ、ドワーフ、獣人――ファンタジーゲームのような多種多様な種族が行き交い、店先からは威勢のいい呼び声が響いてくる。
だが、見た目こそファンタジーでも、営みは現実そのものだった。人々は商品を売り、買い、値段を交渉し、取引を成立させている。異世界の装いの下には、確かな経済の仕組みが息づいていた。
観察を続けていると、ふと違和感に気づく――紙幣も硬貨も、まったく見かけない。
代わりに人々は、半透明の板のようなもの――まるでタブレットのような物体を使い、それを店員の持つ同様の板にかざすだけで、決済を済ませていた。
(電子マネー的なものか……?)
感心しながら眺めていたその時、さらに驚く光景を目にした。
――あのタブレット、最初から手に持っていたわけではない。どこからともなく手のひらの前にポンと現れ、宙に浮いているのだ。
(俺にも出せるか……?)
試しに、手のひらにタブレットが浮かぶイメージを思い描きながら、「タブレット!」「いでよ!」などと小声で唱えてみる。
……何も起きない。
周囲をさりげなく見回し、誰も気にしていないのを確認してから、もう一度試す。だが、やっぱり出ない。じわじわと恥ずかしさがこみ上げてくる。
そういえば、周囲の誰もが呪文のようなものを口にしている様子はなかった。どうやら発動条件は言葉ではなく、別の何かのようだ。
注意深く観察を続けると、ある共通点に気づく。タブレットを出す人々は、皆似たような手の動きをしていた。
薬指・小指・親指の指先を軽く合わせた後、それを弾くように離し、最後にパーの形で開く――じゃんけんのチョキからパーに移るような動作だ。
(……これか?)
緊張しながら同じ動作を試す。チョキを作り、パッと開くと――
ふわりと、半透明の板が手のひらの上に現れた。
「おお……出た!」
叫びそうになるのをぐっとこらえる。
浮かび上がったそれは、ガラスのような質感の板で、磁力で浮いているかのように手のひらの上に漂っている。表面には文字や数字が淡く表示されていた。
じっくり内容を確認しようと目を凝らしたその瞬間――スッと、消えた。
「あれ?」
もう一度チョキからパーの動きを試す。再び出現。次に手をグーにしてみると――また消えた。
(なるほど、グーで消えるのか)
何度か繰り返してみる。左手でも出せるが、同時に二つは出せないようだ。一度に出現するのは、一枚のみ。
ただ、たまに動作しても出ないことがある。だが、数秒おいて再試行すると、普通に出る。
(意識を感知してる?)
手の動作だけでなく、出したいという意識も必要らしい。意識+ジェスチャーの複合UI――これは驚異的な技術だ。さすが魔法と科学の融合世界。
現代の電子決済やスマホ操作が、これに比べたらいかに原始的か――そう思いながら、半透明のタブレットを畏敬の念をもって眺めた。
質感はガラスのようでありながら、指で触れると水面のように波紋が広がる。硬質ながら、どこか柔らかさを感じる不思議な感触だ。これが、この異世界における「個人端末」らしい。
だが、その感動は一瞬で打ち消される。
ふと目に入った『所持金』の表示に、思わず目を疑った。
「所持金:¥0」
……ゼロ円?
何度見直しても、数字は変わらない。どうやら本当に、俺は無一文らしい。
「織田のやつ……!」
せめて最初くらい、ボーナスポイントをつけといてくれよ!