表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/59

057_クロノスの止まった時間>>

 ここは、オダリオン市場維持軍・最高司令官の執務室。だが、武器も軍旗などの威圧的な装飾も置いていない。威圧は判断を速くするが、正しくはしない。


 今日はオルデス商会の会長と会う予定だ。名は、まる助。一風変わった名前だが、あのウォーダが後を託した男。


 どんな人物か。ウォーダは多くを語らなかった。その沈黙自体が評価であることは確かだが、それが肯定か否定かは、まだ判断できない。


 ほどなくして扉が開いた。案内され、男が入ってくる。オルデス商会の代表、まる助だ。男の視線が、一瞬だけ揺れた。


(……外見で測るな)


 私の姿を見て、そう自分に言い聞かせたのだろう。小学生の外観。街にいれば、ただの子どもに紛れる。この反応は想定内だ。私は何も言わず、ただ視線を返した。


 だが、彼はすぐに気づいた。視線が合った瞬間、評価の基準を切り替えたのが分かる。好奇心でも警戒でもない。感情を排した、純粋な評価の目。


(……これでいい)


 短い沈黙のあと、私は名乗った。


「エイレン・クロノスだ」


 幼い声が響く。だが、言葉に迷いはない。必要な情報だけを出す。


 小学生の外観。不便ではあるが問題はない。過去の市場崩壊事件で、時間圧縮魔術の事故に巻き込まれ、肉体は成長を止めた。だが、判断に必要なのは肉体ではなく、論理と経験の積み重ねだ。


 彼も名乗った。まる助。肩書きと要件を簡潔に述べる。余計な感情は挟まない。


「聞いている。ウォーダの後釜だろう」


 それで十分だった。社交は不要。彼は腰を下ろし、資料を広げた。


「結論から言います。魔王軍侵攻の兆候――準備段階に入った可能性を、複数の指標が示しています」


 報告は整理されていた。感情は抑制され、数値だけが並ぶ。冒険者の消失率、標準偏差、発生間隔の短縮。仮説と感想は切り離されている。


「魔王軍の侵攻が発生する確率、五割から六割。確定条件には未達です」


(……信用できる言葉だ)


 私は途中で口を挟まない。最後まで彼の論理を読み切る。沈黙は、思考のために使う。


「……なるほど」


 返す言葉は、それで足りた。


「まだ始まってはいない。だが、兆候は十分だ。いずれにせよ、臨界点は近い」


 結論を最短距離で返す。彼の報告と、私の認識は一致している。


 ――いや、それ以上だ。論理の組み立て、変数の選び方、確率の置き方。そのすべてが、私の思考より深く、しかも数歩先を捉えている。知識量の差だけではない。世界の構造そのものを理解している。彼は、私より数段高い場所から、この世界を俯瞰している。


 だが――私は動けない。

 軍を動かすとも、警戒レベルを引き上げるとも言えない。


 過去の早すぎた判断が脳裏をよぎる。危機を察知し、早めに介入した。結果として、市場は過剰に反応して流れが止まり、被害はかえって拡大した。


 理由は単純だ。軍が動いた瞬間、市場はそれを戦時と解釈する。


 私は、ゆっくりと口を開いた。


「市場維持軍は常設軍じゃない。全ての街を物理的に守れる規模でもない」


 淡々と告げる。


「軍が動いた瞬間、市場は戦時として反応する。経済の血流は歪み、人々は備え、溜め込み、活動を止める。我々が動くこと自体が、市場に対する最大の攻撃になりかねない」


 わずかに視線を落とす。


「だが、判断が遅れれば……物理的な破壊により、街は機能を失う」


 早すぎれば、経済を壊す。

 遅れれば、街が壊れる。


 私は判断を決めることができないまま、時間の中で立ち止まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ