055_確率六割の危機>>
兆候は明らかだった。冒険者の帰還率が落ちている。依頼のランクも、魔物の出現分布も、過去データと比べて変化はない。しかし帰還率だけが悪化している。
つまり危険そのものが増えたわけではない。なのに、冒険者が戻ってこない。
エリナの不安げな様子が頭から離れない。そして、特に気になる名前が脳裏に浮かぶ。
獣人の冒険者、ニック。遺跡探索を専門にするソロ。地図読みは堅実で撤退判断も的確。確かに豪快な性格だが、クエストで油断するような男ではない。
ただ、これまでも予定より遅れて戻ってきたことはある。だから今回も「まだだ」と言われれば、そうかもしれない。
「まだ捜索依頼として扱う段階ではないんです」
ギルドで聞いたエリナの言葉が、遅れて脳裏に蘇る。知り合いが戻らないまま、時間だけが過ぎていく。その焦りと違和感が胸の奥に残り続けていた。
――違和感。ばらばらの事象が、同じ方向を指している。頭の中で仮説が静かに形を取り始める。ウォーダが語っていた説明だ。
ウォーダによると、これは侵攻の前段階、あるいは、破壊に至るための“理解”の過程。魔王は斥候を放ち、冒険者を“サンプル”として捕らえ、この国の地形や防衛制度、そして人々の動きをスキャンしている。
とはいえ、システムが魔王――この世界における難易度調整装置――を発動させたと断定するには、まだ決定打がない。冒険者の帰還率低下も、他の要因で説明できる余地は残っている。街への侵攻や大規模な破壊も、まだ実際には起きていない。
(……五分五分。いや、解析モデルの確率は六割か)
六割という数字は、大規模な行動を起こすには足りず、無視するには重すぎる。判断を先送りするには、都合の悪い確率。
俺は頭の中で何度も条件を組み替え、確率を再計算する。兆候は濃い。だがやはり「魔王軍が侵攻を開始する」と言い切るには、わずかに早い。
だからこそ、俺ひとりの判断で断定的に動くべきではない。そして、この情報を抱え込む理由もない。だが、無差別に情報を広めれば、無用の不安と混乱を招く。伝える相手は、慎重に選ぶ必要がある。
情報は、この国の防衛機構――オダリオン市場維持軍と共有し、国全体を警戒と準備の段階へ進める。ならば、この情報を渡すべき相手は明確だ。
最高司令官、賢者クロノス。
俺は一度だけ深く息を吸い、クロノスとの早急な面会を手配した。




