051_この世界の宿命>>
文明の進歩と恩の関係を観測し、結論を導く存在――それが俺の役割。
「俺は、文明の進歩と恩の関係を見守っていきたい」
ウォーダにそう告げると、彼は静かにカップを置いた。いつもの軽い表情から一転、瞳には真剣さが宿っていた。
「まる助、それだけじゃ足りない」
穏やかな口調ながら、その声には重みがあった。軽い承認を期待していた俺は、思わず苦笑する。
「足りない? 何が不足なんだ?」
問い返すと、ウォーダは少しだけ間を置き、静かに答えた。
「この世界が、いつ終わるかわからないということだ」
背筋に緊張が走る。問いかけではなく、覚悟を促す言葉だった。
「電源オフのリスクか……」
呟いた俺に、ウォーダは深く頷く。
「この世界は量子コンピュータ内で動いている。織田が電源を落とせば、すべてが消える。時間が経つほど、その可能性は高まる」
室内に沈黙が満ちる。時計の針の音が、まるで残り時間を刻むように響いていた。
「さらに言えば、織田は複数の仮想世界を並行して運用している。科学の進歩が遅い世界は容赦なくシャットダウンされ、新しい世界に差し替えられる」
拳に力が入る。この世界がただの実験場だという現実が、胸を締めつける。
「超加速シミュレーションの目的は、地球に理論や技術を還元することだからな」
言葉に出すと、逃れようのない宿命が明確になった。
「だが裏を返せば、科学が進歩すれば、この世界は生き延びる。まる助、だからこそ積極的に動くべきなんだ。見守るだけでは、この世界は守れない」
その言葉には、未来を切り開く力があった。
胸の内に新たな火が灯るのを感じる。だが、その熱と同時に、冷たい疑念が胸をかすめた。
「……でも、それでどれだけ延命できるんだ?」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「科学を急速に進めて、この世界の価値を高めたとしても……結局はシャットダウンされる運命なんじゃないのか?」
ウォーダは首を振った。
「違う。根本的な対抗策がある」
「……どういうことだ?」
「科学を加速させ、地球を凌駕する。そして、この世界から地球へアクセスする道を開く」
「……逆ハック、か」
「ああ。そのための理論研究も、すでに始めている。地球に干渉できれば――電源オフ問題を回避する選択肢ができる」
ウォーダの言葉には、揺るぎない確信があった。その響きが、胸の奥に巣食っていた不安を、静かに洗い流していった。
「ウォーダ……俺たちは、“導く”側に立つんだな」
「ああ」
短く、だが重い肯定。
俺は深く息を吸い、腹の底から言葉を発した。
「腹を決めた。科学を進める。そしてこの世界から地球へ、逆ハックを仕掛ける」
その瞬間、胸の奥に小さな炎が灯り、確かな熱が、俺の未来を照らした。




