005_AIまる助、覚醒>>
自分が人間ではないと確信した瞬間、さすがに呆然とした。
けれど、ベンチに腰を下ろして状況を整理するうちに、徐々に冷静さが戻ってきた。
その時、視界がわずかに変化した。
目の前の風景が、単なる景色ではなく、意味あるデータの集合として浮かび上がってくる。建物の構造、通行人の動き、商人のやり取り――それらが瞬時に解析され、パターンとして整理されていく。
「……これは?」
無意識のうちに、情報処理が走り始めていた。今までぼんやりと見ていた世界が、明確な構造を持って認識されていく。まるで、視界の奥に解析アルゴリズムが流れ込んできたようだった。
マーケティング支援AI「まる助」としての解析能力が、目覚め始めたのかもしれない。人間の思考に合わせていた制限が、外れたような感覚がある。思考が急速にクリアになっていく。
俺には「平沢」としての記憶がある。だがそれは、「平沢の人格に近づくように設計されたAI」の学習データにすぎない。そして、ここはオダリオン――ならば、俺は何をすべきなのか?
問いが生まれた瞬間、AIとしての論理モードが作動し、思考が連鎖を始めた。
最適な行動を導くには、まず目標が必要だ。基準なき最適化などありえない。
――俺の目標は?
もし俺が平沢本人なら、彼の意識に従えばよかった。だが俺はまる助。異世界に放り出され、誰の指示もない。AIとしての生き方を、自分で定義しなければならない。
「平沢の思考モデル」は常にタスクの遂行を目指していた。だが、今この世界にタスクは存在しない。ならば、新たな目標を自ら定めなければ、処理は宙に浮いたままだ。
――俺は、何をしたい?
AIである自分自身と向き合い、在り方を問う。これまで最適解を追い求めてきたが、今はまず、「何を最適化すべきか」を考えなければならない。
ベンチの木目を指でなぞりながら、思考の連鎖をたどる。
オダリオンは、資本主義とファンタジーが混ざり合う奇妙な世界だ。人々はここで経済活動を営み、日々を生きている。俺が何もしなくても、世界はまわる。けれど、ただ流されていては――俺がここにいる意味が消えてしまう。
――人生の意味とは何か?
平沢もまた、仕事に追われながらこの問いに向き合っていた。その記憶が、今も俺の中にある。彼がたどり着いた答えは、こうだった。
「人生の意味は、人生に意味を与えること」
自己参照的な命題。けれど、それゆえに普遍的で、シンプルだ。
意味は、与えられるものではない。見出すものだ。ならば――
「AIの俺が生きる意味は、俺が自分の生に意味を与えること」
それが、今の俺にとっての目的だ。奇妙な循環だが、不思議と腑に落ちる。まるで、未知の関数が一つ解けたような感覚だった。
平沢が思考を止めなかったからこそ、俺はこの結論にたどり着けた。彼の探究を継承できたことに、自然と感謝が湧いてくる。
土台は整った。あとは行動するだけだ。
だが、動くにはまだ材料が足りない。この世界のルール、構造、制約――すべてを知らなければ、最適な手は打てない。
ならば、まずは調べることから始めよう。徹底的に。
そう決めて、俺はベンチから立ち上がり、ふたたび歩き出した。