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異世界は超加速シミュレーション  作者: まる助
第5章「色の意味」
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049_侍女リーネの気付き>>

朝の光が神殿の回廊に差し込んでいた。


冷たい石床に落ちた影が、ゆっくりと形を変えながら静かに時の流れを告げている。


セシリア様は、いつものように祈りの部屋へ向かっていた。


けれど、今朝はほんの少しだけ違った。


歩幅が、少し広い。


それだけのことだ。傍目には、きっと誰も気づかない。けれど私は、そのわずかな違いにすぐ気づいた。


数歩うしろを歩く。

呼吸を揃え、足音を消し、影のように従う。


それが私の日常だ。


けれど今朝は、その背中から目が離せなかった。


朝日に照らされた銀糸の髪がきらめく。祝福の光がそのまま降りているかのようだった。背筋はすっと伸び、揺らぎのない歩みには、聖女と呼ばれるにふさわしい威厳がある。


けれど私は知っている。


完璧であろうとするほど、セシリア様が孤独になっていったことを。


私は幼い頃から、お側に仕える侍女の一人だった。同い年の“友達役”として始まった関係は、長い時間の中で、言葉にしなくても機微が伝わる距離へ変わっていった。


だからこそ、ほんの少しの変化も見逃さない。


たとえば、朝のお茶。


「今日のお香は……カモミールかしら?」


そう微笑んで、お茶を口にされる。


以前なら、何も言わずに飲まれていたはずだった。香りを感じても、それを言葉にする余裕はなかった。感情をしまい込むように、静かに飲み下して終わりだった。


たとえば、窓辺に立たれたとき。


「この部屋、朝日が綺麗ですね」


そうつぶやかれた横顔は、やわらかな光の中で静かにほどけていた。そこにあったのは、切迫した義務感ではない。張り詰めた仮面でもない。ほんの小さな、安心のようなものだった。


ある朝、巡回の順番を自分で変えられたこともあった。


予定どおりに進めるのではなく、先に苦しむ老人のもとへ向かわれた。神官たちは少し戸惑っていたが、セシリア様は迷わなかった。あれは、誰かに言われた動きではなく、自分で選んだ行き先だった。


また別の日には、倒れた子どもの手をためらいなく取られた。


周囲が「お召し物が」と声を上げても、ほとんど耳に入っていないようだった。白衣の裾が汚れることより、その子の呼吸の方が大事だと、体が先に判断していたように見えた。


私は確信した。


これは偶然の揺らぎではない。


セシリア様は、もう自分の心で動き始めている。


もちろん、完全に変わったわけではない。


ふと黙り込むこともある。

巡回の途中で、遠くを見るように立ち止まることもある。


けれど、そのあとに小さくこぼれる「ありがとう」は、以前とは違っていた。形だけの言葉ではなく、ちゃんと相手の胸に届いていた。


何がきっかけだったのか、私は知らない。


けれど、今のセシリア様は、誰かを演じるために立っているのではない。自分の足で歩こうとしている。


癒やしの巡回を終えたあと、私が香炉の準備をしていたときだった。


ふと、セシリア様がこちらに目を向ける。


「リーネ、いつもありがとう。いい香りね」


胸が熱くなった。


昨日と同じお香だ。

置き場所も、焚く時間も、何ひとつ変えていない。


それなのに、今日はその言葉がまっすぐ心に届いた。


私は静かに頭を下げるしかなかった。言葉にしたら、たぶん泣いてしまいそうだった。


今日も私は、その背中を静かに追いかける。


セシリア様の背には、たしかな変化の兆しがある。


それだけで、私は嬉しかった。

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