045_セシリアはグリーンになりたい>>
タブレットの画面が、神殿の薄明かりの中で淡く浮かび上がる。
セシリアの指先がわずかに震えていた。それは、俺に見せる覚悟と、なお隠していたいという迷いのあらわれだろう。
ステータスは、赤。
――感恩:レッド
――帰恩:レッド
俺は何も言わず、画面を見つめた。
ああ、そういうことだったのか。点と点がつながっていく。
だから、俺のステータスにあれほど強く興味を示した。
だから、儀礼という建前を使って“確認”したかった。
この色が、彼女の心をどれほど追い詰めていたのか――やっと理解できた気がした。
「……だから、悩んでいたんですね。俺の色に興味を持った理由、今ならわかります」
セシリアは何も言わなかった。ただ唇を結び、目を伏せる。
そして――
「どうして……どうして私が、赤なんですか……!」
声が震えていた。けれど、それは悲しみではなかった。
あふれ出す悔しさ、怒り、自分では抱えきれない疑問。そんな感情が激しくこぼれ落ちていた。
「私は、人のために祈って、尽くして、笑って……それなのに、なぜ!」
セシリアの拳が膝の上で握り締められていく。その肩がかすかに揺れながら、まっすぐに俺を見た。
「努力しても、誰かの役に立っても、私はレッドのままなんです! まる助さんはグリーンなのに、どうして私は!」
俺は黙って彼女の言葉を受け止めていた。
何も遮らず、何も否定せず、ただ最後まで、全部吐き出してほしかった。
やがてセシリアは、少しずつ呼吸を落ち着け、か細い声で問いかけてきた。
「……私は、どうすればいいのでしょうか」
俺は静かに返す。
「それは、あなたがどうしたいかによると思います」
セシリアは目を瞬かせ、少しだけ顔を伏せたあと、ぽつりと答えた。
「……グリーンに、なりたいです。感恩も、帰恩も」
「なぜ、そう思うのですか?」
問い返すと、セシリアは一瞬言葉に詰まりながらも、ゆっくり言葉を紡いだ。
「人目が、気になります。レッドのままでは、誰かに見られるのが怖い……でも、それだけじゃなくて……」
言いかけて、彼女は目を細める。
「納得がいかないんです。自分の心が、こんな色だと“決めつけられている”ようで……認めたくなくて」
「なるほど」
俺は深くうなずいた。
彼女の感じている苦しみは、複雑で繊細なものだ。だからこそ、答えを急ぐのではなく、問いを重ねていくしかない。
「では、どうして“レッド”なのか――その理由を一緒に考えてみませんか。仮説でもいい。答えは、きっとそこから見えてきます」
セシリアは驚いたように俺を見た。そして、少しだけ笑った。
それは、希望と疑念が入り混じった、人間らしい笑みだった。




