044_打ち明ける勇気>>
まる助さんのタブレットに顔を向けると、“感恩”と“帰恩”の文字が目に映った。
(……やっぱり、グリーンなんだ)
その色を見た瞬間、胸の奥で何かが静かに沈んだ。
なぜ自分がこんなにもこだわっていたのか、言葉にするのは難しい。ただ、思っていた以上に、その“色”が心に響いた。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました……」
なんとか声を出すと、まる助さんは静かに微笑み、落ち着いた声で応えてくれた。
「理由を話してくれたから、俺も応えることができました」
その一言が、胸にすっと沁みた。私はうなずき、思わず視線を落としてしまう。そのとき、まる助さんが静かに尋ねた。
「満足できましたか?」
顔を上げることができず、ほんの少しうなずいた。
「……はい。少しだけ、気持ちが落ち着きました」
嘘ではない。でも、どこかにぽっかりと穴が開いたままなのも確かだった。その答えを探すように、私はまる助さんを見上げる。
彼は変わらぬ穏やかさで、私を見つめていた。責めるわけでも、詮索するでもなく、ただ受け止めようとしてくれている――そのやさしさが胸に痛かった。
「ただの興味というには、ずいぶん熱心でしたね。どうして、そこまで知りたかったんですか?」
まる助さんの問いかけに、肩がわずかに震えた。
知られたくない。でも、わかってほしい。
その矛盾が、胸の奥でせめぎ合う。
理由を言葉にしても、どれも核心に届かない気がして、私は唇をかみしめる。
「……言いたくありません」
そう告げたとき、胸の奥がきゅっと締めつけられた。何かを隠したというより、自分自身の弱さから目をそらした――そんな痛みだった。
まる助さんは何も言わず、「わかりました」とだけ静かに応じた。その思いやりがありがたかったのに、心のどこかで――本当は、もっと強く問いかけてほしかった気持ちも、確かにあった。優しさが沁みるのに、それを素直に受け取れない自分が、つらかった。
沈黙の中、私はゆっくり顔を上げた。視線が合うのが怖くて、一瞬だけためらう。けれど、このまま何も言わなければ、私はきっと心を閉ざしたまま。
もし拒まれたら――そんな不安が頭をよぎる。でも、伝えなければ前には進めない。それだけはわかっていた。
「まる助さんになら……見せてもいいかもしれません。正直、もう……ひとりで抱えきれなくて」
聖女として人々を導いてきたはずなのに――いざ、自分の弱さを見せるとなると、どうしてこんなにも心細いのだろう。
それでも、もう止められなかった。
「とても恥ずかしいのですが……個人的なことを、相談してもいいでしょうか?」
まる助さんは落ち着いた表情のまま、静かにうなずいた。
「もちろん。どうぞ」
その一言に、そっと背中を押された気がした。私は両手を膝の上に重ね、一度だけ深く息を吸い、タブレットを呼び出す。
淡い光が、神殿の静けさをやさしく照らす。その光を見つめながら、私は口を開いた。
「……これを、見てください」
――感恩:レッド
――帰恩:レッド
そこには、私がずっと隠してきた赤が映っていた。もう、目をそらすことはできない。
恥ずかしさ。不安。恐れ。込み上げる感情を飲み込みながら、私はまる助さんの反応を待った。
彼の瞳には、どんな色が映るのだろう。拒絶か、同情か――それとも、まったく別の何かか。
(……お願い)
心の中で、そっと祈る。
静かな神殿の一室で、私の鼓動だけが響いている気がした。




