041_エリナのまなざし>>
聖歌が響く厳かな式典の場で、私は最前列の一角に立ち、壇上を見つめていた。
まる助さんのはからいで、こんな特等席を用意してもらったのだ。少し場違いな気もするけれど、彼が用意してくれた場所なら、胸を張って立っていようと思った。
オルデス商会の会長就任式。その中心にいるのは、まる助さん。1ヶ月ぐらい前まで寮の小部屋でパンをかじっていた人が、いまやこの場に立っている。それだけでも現実感がないのに、聖女様まで加わって、この場の空気はどこか浮世離れしていた。
けれど――私は「視線」が気になっていた。
(……セシリア様、また)
私は違和感に、小さく息をのむ。
まる助さんがタブレットを呼び出した瞬間、セシリア様の視線が、ほんのわずかにその画面へと滑った。首の角度、目線の揺れ……一瞬の動きに過ぎない。おそらく、気づいた人はほとんどいないだろう。
けれど私は、ギルドで何年も受付嬢をしてきた。人の目の動きや、視線の意図――そういう些細なサインに、少しばかり敏感になっている。
セシリア様の視線は、まる助さん“本人”ではない。“彼の持つ情報”を見ようとしている――そう感じた。
(どういうこと……?)
純粋な祝福なら、もっと柔らかいまなざしになるはずだ。けれど、そこにあったのは、わずかな“執念”のようなものだった。
まる助さんも、それに気づいているように見えた。彼の動きはいつになく慎重で、タブレットの角度やタイミングを絶妙に調整していた。気づかれないように、でも確実に“見せないように”していた。
まる助さんは普段、おちゃらけたり、冗談めいたことを言ったりもするけれど――あのときの彼は、いつもとは違っていた。最初に出会った頃の、ちょっと頼りない感じはもう、どこにもなかった。
(ほんと、どこまで行くんだろう……この人)
そんなことを思いながら、私は壇上を見つめ続けていた。
まる助さんは、これからセシリア様と個別に話すことになるそうだ。それがどういう展開になるのかは、想像もつかない。でも――
(……気をつけて。まる助さん)
私の中で、妙なざわめきが広がっていた。
それは嫉妬とか、好奇心とか、そんな単純なものじゃない。もっと複雑で、言葉にならない感情。でもきっと、彼が“この世界を変えようとしている”のを、私はもう、どこかで認めてしまっている。
だからこそ、見守りたい。
そして、見逃さないでいたい。
まる助さんの行く先も。
彼を見つめる“誰か”の視線も。




