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039_聖女セシリアとささやかな企み>>

「セシリア様、本日はオルデス商会の会長就任式でございます」


 侍女の声が、部屋に静かに響く。聖女の務めとして、私も参列しなければならない。


 新しく会長になるのは、“まる助”という、少し変わった名の人物。神殿内でも、その話題がよく耳に入るようになった。


「ギルドの混乱に乗じて、のし上がったのでしょう」

「いえ。混乱を収めて秩序を築いたという話です。手腕は見事かと」


「運に恵まれただけの成り上がりだわ」

「いいえ、時流を読み、果断に動いた才覚の現れでしょう」


 運か、実力か。その評価は定まっていない。ギルドや商会の改革を次々と進めているそうだが、具体的な指示は何も出していないという噂もある。


(どんな人なのかしら)


 つい最近まで、その名すら聞かなかったのに、今ではオルデス商会の頂点に立ち、世間の注目を集めている。それに比べ、私は、ずっと“レッド”のまま。こんな私が参列して、何の意味があるのだろう?


 ……もちろん、意味は分かっている。


 祝福を与えるため。

 聖女としての威光を添えるため。

 つまり、今日もまた“聖女の役”を演じるため。


(まる助さんは、何色かしら……)


 不意に、そんな疑問が浮かんだ。オルデス商会長になるほどの人物の感恩と帰恩――その色が気になってしまう。


(感恩は……きっとグリーン)


 神殿に届く噂だけが根拠の想像だけど、耳にした多くの話が、そう印象づけている。


「彼は関係者の声をよく聞き、物事を良い方向に進める」という噂。


 自分の力だけを信じて突き進むような人ではないし、周囲を都合よく操るような冷たさも感じられない。むしろ、多くの人に支えられていることを自覚した振る舞い。感謝の心がなければできないこと。


(帰恩は……どうかしら)


 ギルドや商会の改革に力を尽くしていると聞くと、誰かに報いようとする行いにも思える。受け取った恩を返したいという気持ちが、彼の中にあるのかもしれない。


(やっぱり……グリーン?)


 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。どれだけ人々を癒し、微笑みを返しても、私はずっと“レッド”のまま。


 “ありがとう”と口にしても、それは聖女としての言葉。

 “お返ししたい”と祈っても、それは聖女としての務め。

 感謝も、報いたい気持ちも、どこか形だけの私。


 おそらく彼は違う。そんな現実を直視するのが怖い。


 でも――


(ビジネスなんて、綺麗ごとだけじゃ成り立たないはず)


 利益を追えば、どこかに犠牲が出る。まる助さんも、裏では誰かを切り捨てているかもしれない。


(もしかして、“レッド”かも)


 そんな可能性にすがりたくなる。同じ“赤”を抱えながら、大きな成果を上げている人がいるのだとしたら……そう願ってしまう私は、きっと弱い。


 それでも気になる。彼は何色なんだろう。グリーンを突きつけられるのが怖いのか、それともレッドを見て安心したいのか、自分でもわからない。


(でも、普通は見せてもらえないわ)


 相手はオルデス商会の会長。軽々しく頼めるはずもない。


(でも、儀式なら……)


 ふと、一つの策が浮かんだ。


 会長就任の祝福儀式――儀式を口実にすれば、色を見られるかもしれない。


「聖なる光の記録に照らして、誠実を確かめる……」


 今では形骸化して、めったに使われない古い言い回し。けれど、れっきとした儀式の文言。これを告げられた者は、神前でタブレットを表示する決まりになっている。形式さえ整えれば、誰も不審に思わないだろう。


(見たい……でも、見たくない……)


 感恩と帰恩。その色を目にしたら、きっと何かが決定的になる。だから怖い。けれど、このままでは迷いも終わらない。だからこそ――見たい。“赤”の私と、彼の“色”を照らし合わせて、何かを納得したい。


(だから、この機会を逃さない)


 祈りの言葉の裏に、小さな策略を忍ばせながら、私は聖女として壇上に立つ。そして、ほんの一瞬、タブレットを覗き見る――


「セシリア様、そろそろお時間です」


 侍女の声に、私は静かに立ち上がった。


 今日という日は、“聖女”を演じるために用意された舞台。


 その幕の裏に、ささやかな企みを隠すこと――それが私にできる、小さな抵抗なのかもしれない。

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