036_まる助、ベルザに打ち明ける>>
昼食を終えたまる助は、石畳の街路を足早に進み、冒険者ギルドへ向かった。
頭の中では、これから話す「とんでもない内容」が渦を巻いていた。
オダリオンが仮想世界であることは、すでに理解していた。だが昨日、ウォーダとの再会を通じて、ここが恒星間移動の実現を目指すシミュレーション実験の舞台だと知った。
――誰に、何を伝えるべきか……?
まずはベルザだけに話そう。彼女なら冷静に受け止め、適切な判断を下してくれるはず。そんな思考を巡らせながら、まる助はギルドの扉を押し開けた。
扉の向こうには、いつものように賑わうギルドの光景が広がっていた。冒険者たちが受付で依頼を受け、奥では事務員たちが書類を整理している。その中で、カウンターにいたエリナが、まる助の姿を見るなり、ぱっと目を開き、受付を出て駆け寄ってきた。
「まる助さん! 昨日はお疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」
心配そうな眼差しが向けられる。商会との交渉後の疲れ切ったまる助が、脳裏に浮かんだのだろう。だがすぐに表情を引き締め、声を落とした。
「ベルザさんから伝言です。まる助さんが来たら、最優先で執務室に通すようにと。すぐに行ってください」
まる助は「ありがとう」と短く礼を返し、そのままギルドの奥へと足を向けた。
執務室のドアをノックすると、「どうぞ」と返ってきた。
まる助がドアを開けると、ベルザは机に向かい、書類を整理している。だが、まる助の姿に気づくと手を止めた。
「聞きたいことが山ほどある。お前も、言いたいことがあるだろう?」
琥珀色の瞳が、まる助を見据える。そこには、昨日の衝撃が色濃く残っていた。長い歳月の中で多数の者を見届けてきた彼女だからこその、深く静かな眼差しが、心の奥を射抜いてくる。
まる助は椅子に腰を下ろすと、ベルザに正面から向き合い、深く頭を下げた。
「商会との交渉では、助け舟を出していただき、ありがとうございました」
ベルザは軽く肩をすくめ、「当然のこと」と言わんばかりの表情を浮かべる。
まる助は息を整え、意を決して切り出した。
「今日は……“この世界の真実”について、そこから、話をさせてください」
ベルザの眉がわずかに動いた。
「世界の真実か……」
低く落ち着いた声だったが、その奥には強い探求心と、警戒が滲んでいた。まる助はその鋭い視線を受け止め、この話の重みを改めて噛みしめる。そして、息を整え、冷静な口調で語り始めた。
「まず……俺もウォーダも、地球という世界で作られた人工知能――AIなんです」
カツン。ベルザの指が、机を軽く叩いた。考え込むときの無意識の癖なのだろう。慎重に言葉を選びながら、まる助は続けた。
「そしてこの世界は、地球の人間が科学の力で作った世界です。魔道士が水晶玉に町を映すように、地球の人間は“計算”によって世界を創ります。そして、この世界の人たちも、計算という台本に沿って演じる役者のようなものなんです」
短い沈黙が落ちた。ベルザの表情に大きな変化はない。だが、机の上で動いていた指が止まった。
「突拍子もない話だが……どう受け止めろと?」
低く落ち着いた声。だが、わずかな揺らぎがあった。長い年月の中で、数多の異才を見てきた彼女でも、この話は飲み込めない。まる助は小さくうなずく。彼女の反応は当然だ。
「納得は難しいと思います。だから……順に説明させてください」
深く息を吸い、ベルザの表情を探る。
ベルザに真実を話す理由――それは、AIとNPCが協力し、この世界を新たなフェーズに移行させるため。この話を彼女がどう受け止めるか――それが、今後の展開を大きく左右する。
マーケティングAIのまる助は、人の感情や個性を観察・分析することに長けている。その思考から導かれた結論は――
(ベルザなら、世間の常識にとらわれず、“真実と向き合うこと”を選ぶはず)
まる助は、覚悟を決め、静かに言葉を紡ぎ始めた。