035_まる助、パワーを試す>>
ウォーダと別れ、オルデス商会を後にしたまる助は、ギルドへ向かって歩き出した。
(力と敏捷性が9.9倍になったわけだが……)
歩きながら考える。身体が強化されたような感覚はあるが、力や敏捷性が約10倍になったという実感はない。力や動きのコントロールを誤れば、思わぬ事故を起こすかもしれない。
(少し、試してみるか)
そう決めると、まる助は商業地区から少し離れた広場へと向かった。
ここは人通りが少なく、試すにはちょうどいい場所。広場の端には、いくつかの石造りのベンチが並んでいる。
まる助は近くの石のベンチに目を向ける。見るからに重そうで、普通なら持ち上げるのは無理だろう。
(力は9.9倍……)
一般的な成人男性がデッドリフトで持ち上げられるのは100キロほど。9.9倍なら単純計算で990キロ――軽トラック並の重さを持ち上げられることになる。
(いけるかな……?)
慎重に、石のベンチの端に手をかける。力の加減を考えながら、ゆっくり持ち上げてみると――
「あれ?」
想像以上に軽い。発泡スチロールとまではいかないが、空の木箱でも持ち上げるような感覚で、スッと浮き上がった。
(軽い……!)
驚いて手を離すと、ベンチは「ドスン」と鈍い音を立てて元の位置に戻る。
(……想像以上だな)
まる助は、ごくりと唾を飲み込みながら、自分の力が9.9倍に強化されたことを実感する。
次に、軽くジャンプしてみる。膝をわずかに曲げ、地面を蹴ると――
「……うおっ!」
視界が一瞬で跳ね上がる。重力が消えたかのような浮遊感に襲われ、思わずバランスを崩した。
(高っ……!)
着地のタイミングが自分の感覚と違い、少し前のめりで地面を踏みしめる。
「なんだ、これ……」
思った以上に体が反応する。軽く跳んだつもりでこの高さ――もし本気でジャンプしたら、もっと高く跳べるだろう。
(あと、敏捷性。9.9倍なんだよな……)
試しに、少し速めに歩いてみると――視界の流れが明らかに速い。周囲の景色が、一瞬で後ろに流れるように感じる。
まる助は周囲を見回し、人目がないことを確認すると、今度は広場の端に向かって「軽く走る」つもりで足を踏み出した。
「……っ!」
地面を蹴った瞬間、これまでと違う感覚に頭がついていかない。視界が一瞬ブレたかと思うと、数メートル先まで飛び出していた。
「うおっ!!?」
慌ててブレーキをかけようと、とっさに足を踏みしめる――
ガリッ……!
靴底が削れる音とともに、地面にくっきりと跡が残る。バイクの急ブレーキのように、強引に急減速している感覚だ。
(慣れないと、マズいな……)
今までの感覚で街中を走ると危険すぎる。事故を起こしかねない。
広場を見回し、人目がないことを確かめてから、ほっと肩を回す。だが、さっきから体の内側が熱を帯びているような、妙な感覚が消えない。ぐぅぅっと腹が鳴り、空腹を覚える。朝しっかり食べたはずなのに――
(力を使うと、体温が上がり、エネルギーも消費されるってことか……)
熱力学的に当然の話だが、こうして実感すると、まる助は思わず苦笑した。
「……ギルドに行く前に、昼飯だな」
そうつぶやき、腹の虫をなだめるように、まる助は近くの食堂へと足を向けた。