034_まる助、弱点を消す>>
パラメータの調整と聞いて、ウォーダは目を細めた。
「よければ理由を教えてくれ。昨日は『すぐには決められない』みたいな口振りだったが」
「あのあと分かったんだ。既に、いろんな勢力に目をつけられ始めていて……いざって時に、弱いままだと危ない。火の粉くらい自分で払えるようになっておきたい」
「なるほど……そうだな」
ウォーダは自分のタブレットを呼び出し、画面をタップする。薄く光る半透明の画面をまる助は横目で見た。
「今の管理者メニューでは、寿命・力・敏捷性の3項目が変更できる」
「今の?」
「最初は寿命がなかったんだが、帰恩が“シルバー”になってからメニューに追加された」
まる助は腕を組みながら考える。タブレットの管理メニューがステータスで変化するなら、これからも新たな機能が解放される可能性がある。
「感恩、帰恩のステータスで変わるのか……」
「おそらく。ただ、わかってない。いずれ解明したいが」
ウォーダは指先で画面を触りながら、まる助に視線を向けた。
「それで、何倍にする?」
まる助は深く息を吸い、目を閉じた。
「寿命は4380倍。力と敏捷性は最大の9.9倍。そう設定してもらえるかな」
「4380倍だと、すごく長生きだな……」
「この世界が地球の4380倍速で進んでるからさ。万が一、地球に戻ることになって、自分だけ年を取ってたら嫌だろ? まあ、単純に長く生きて楽しみたいってのもあるけどな」
軽い調子で言いながらも、その奥には切実な思いがあった。AIの自分が地球に戻るなんて、今は現実味がない。けれど、もしそんな未来が訪れたとき、後悔するのはごめんだ。だから、できる備えはしておく。それがまる助なりの用心だった。
「ウォーダ、お前は寿命、どうしてる?」
「9999倍だ。この世界の文明推移を長期間観察するため、最大値にしている」
「……マジか。じゃあ、俺も9999倍にしとくか」
ウォーダは苦笑しながらタブレットを操作した。
「確認する。寿命は9999倍、力と敏捷性は9.9倍でいいな?」
「オーケー。頼む」
ウォーダが画面をタップすると、「ピコン」という小さな音が鳴り、タブレットの光が一瞬揺らいだ。
ほぼ同時に、体の芯にじわっと熱が広がる感覚が走った。何というか、血流に急激にエネルギーが加わるような――言葉にしづらい不思議な感覚だ。
「……終わったのか?」
まる助は拳を握り、肩をまわしてみた。体の熱は次第に落ち着いていき、見た目は何も変わらない。それでも、内側から力が湧いてくる感覚があった。
「ありがとう。助かった」
「まあ、降りかかる火の粉くらいは、なんとかなるんじゃないか?」
ウォーダは満足そうに笑い、タブレットを消しながら続ける。
「とはいえ、寿命が長かろうが無茶すれば死ぬし、力が9.9倍でも戦い方を誤れば負ける。過信するなよ」
「わかってる。これからも気を引き締めるさ」
体が強化された感覚――まる助は確かな手応えを感じていた。これまでとは違う、新たなステージへ踏み出す準備が整った。
「さて、用は済んだかな。すぐ帰るか? それとも飯でも食ってくか?」
ウォーダが気さくに声をかけるが、まる助は軽く頭を振る。
「また今度にする。これからギルドに行くから、ありがとう」
ウォーダは笑いながら頷き、まる助を見送る。
会議室を出る直前、まる助は一度振り返った。ウォーダと目が合うと、彼は軽く手を挙げて合図を送る。
(管理者メニューには、まだ秘密がありそうだな――)
まる助は心の中でつぶやき、急ぎ足で廊下を進んでいく。寿命9999倍、力と敏捷9.9倍――その新たな身体を実感する間もなく、次の仕事が待っている。
扉を出ると、受付の女性が恭しく頭を下げた。まる助は軽く会釈しながら商会を後にし、外の通りへと足を踏み出す。街のざわめきが耳に心地よく響き、高く澄んだ青空の下、人々の活気に満ちた声があふれていた。
(昨日と同じ街並みなのに、世界が少し違って見えるな)
そう思いながら、まる助はまっすぐ前を向き、歩き出す。力をつけた今、より安全に前へ進める。そして、この世界でやるべきことは、まだ山ほどある。
確かな力とともに、新たな一日が始まった。