024_異世界で再び>>
重厚な扉が静かに閉まると、まる助は深く息をついた。
ここはオルデス商会の会長室。高級な家具が整然と並び、広々としている。だが、その洗練された空間に、あまりにも場違いな男がいた。
織田――
大学時代からの友人。
AIと量子技術の天才。
この世界、オダリオンの生みの親。
「AIを量子技術と融合させれば、世界は変えられる」
――かつて織田はそう語った。
そして今――その織田が、「ウォーダ」と名乗り、この国最大の商会を統べる存在になっている。まる助は、かつての友人を見つめながら、胸の奥で動揺を押し殺した。
「すまないな。他の者に聞かれると面倒だから、ここで話そう」
織田――いや、ウォーダがテーブルを指し示す。まる助は、無言のまま向かいの椅子に腰を下ろした。沈黙が流れる。ウォーダは、静かに右手を差し出した。
「まさか、こんな形で再会するとはな……握手くらいはしておくか?」
まる助は、差し出された手をしっかり握る。力強い握手。その背後には、言葉にしきれない重みが感じられた。
ぎこちない笑みを交わしたのも束の間、ウォーダの表情が再び引き締まる。
「信じられないかもしれないが、まずは落ち着いて聞いてくれ」
(……なんだ?)
まる助は、無意識に喉を鳴らした。重苦しい空気が、胸の奥を圧迫してくる。ウォーダは、まる助が落ち着いていることを確認すると、静かに言葉を紡いだ。
「驚かないで聞いてくれ……お前は……」
少しの間――
「平沢じゃない」
まる助は肩をすくめ、苦笑しながら軽く首を振った。
「知ってる。俺は、まる助だ」
「……はぁ? おい、それなら最初に言えよ……」
ウォーダは、一瞬虚を突かれたように固まり、次の瞬間、あからさまに肩の力を抜いた。
「……なら、話は早いな」
まる助が“平沢”ではないと気づいているのは、今さら言うまでもない。AIとしての自分が覚醒した『あの瞬間の感覚』は、鮮明に覚えている。
ウォーダは、紙にペンを走らせ、手を止めた。そして、顔を上げる。
「俺はさ、最初自分を“織田”だと思ったよ。だけど……動いてるうちに、俺は“ウォーダ”だって、はっきり分かった」
まる助は静かに頷く。
「俺も似たようなもんさ。こっちに来て最初は、平沢だと思っていた」
言葉が途切れる。二人の間に、一瞬の沈黙が落ちた。
かつて、“現実の世界”で同じオフィスにいた二人。今、彼らは仮想世界のAI同士として向かい合っている。常識ではありえない再会。だが、これが二人にとっての“現実”だった。
まる助は、ぼんやりと天井を仰ぐ。
「……なあ。これって、再会……なのか?」
ウォーダは目を細め、わずかに口角を上げる。
「二文字で要約すると、そうだな」
「……再会、か」
まる助は小さく息をつき、ゆるく笑った。
まる助とウォーダ――二つのAIが、この異世界で“再会”した。




