002_目覚めたら異世界ファンタジー>>
カン、カン、カン――
遠くから鐘の音が鳴っている。
はっと目を開けると、背中に石畳の硬い感触があった。
……え? 俺、たしかデスクで寝落ちしたはず。
慌てて上体を起こし、周囲を見回す。
そこに広がっていたのは、石造りの街並みだった。
ここどこ?
古代ギリシャのような建物が並ぶ。
道行く人々はマント姿だったり、腰に剣をぶら下げていたり。
さらに、目を疑うような光景が目に飛び込んできた。
通りの一角に、巨大な半透明のパネルが宙に浮かび、見たことのない銘柄名がスクロールしている。
「……浮いてる? 株価ボード?」
信じがたい光景に、尻もちをついたまま呟いてしまう。
上を見上げると、澄み切った青空と白い雲。
オフィスでデータを見てたはずなのに。
顔を触ってみる。
感触はリアルそのもの。幻覚や夢とは思えない。
そしてなぜか、足には見慣れない革のブーツ。
俺の靴はどこへいった?
疑問が次々に浮かぶが、答えはまるで浮かばない。
(まさか……異世界?)
否定しようにも、目の前の光景がそれを許さない。むしろ、ファンタジー要素が押し寄せてくる。
革鎧を着た獣人が「出来高が鈍ってるな」と呟き、魔導師姿のエルフが「魔晶石、お買い得ですよ!」と叫ぶ。
コスプレにしてはリアルすぎる。異世界にしては、経済用語がチラつきすぎる。
(俺はオフィスで……でも、なぜ?)
記憶を手繰り寄せるが、決定的な何かが欠落している。
「お兄さん、大丈夫かい?」
不意に声をかけられ、ハッと振り向く。
そこには、質素な服を着た高齢の女性が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「え……あ、はい、大丈夫です」
混乱しながらも、なんとか立ち上がり、頭を下げる。
疑問だらけで、言葉がまとまらない。
「宿で休んだらどうだい? このまえ上場したグランド・インが、通りを曲がった先にあるよ」
(宿が……上場?)
「宿」という古風な単語と、「上場」という株式用語。
親切なアドバイスなのに、違和感が拭えない。
ファンタジーと資本主義が、同居する世界なのか?
「ありがとうございます……行ってみます」
足元を確かめながら、ぎこちなく答える。
慣れないブーツの硬さも、吸い込む空気の感触も、あまりに生々しい。
(異世界……だな)
高揚と緊張で胸が高鳴る。
でも、どんな世界かまだわからない。下手に騒いで目立ちたくはない。
まずは、情報収集だ。冷静に動こう。そう決めて、ゆっくりと歩き出す。
奇妙な異世界ファンタジーの幕が、静かに上がった。