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019_聖女と赤のステータス>>

 儀式を終え、ようやく一息ついた頃だった。神官の一人が慌てた様子で駆け寄ってきて、私の前で膝をつく。


「セシリア様、大変です! 隣町で流行り病が出て、病人が続出しています!」


 悲痛な声。私は息を飲む。周囲の信徒たちも一気に不安げな表情を浮かべた。放っておけば被害は広がる一方だし、聖女として見過ごすわけにはいかない。


「わかりました。治癒の奇跡を施しに向かいましょう」


 そう告げると、神官たちは安堵の息を漏らし、深く頭を下げる。

 私はローブの裾を握りながら、同行の準備に取りかかった。


 神官たちが出発の段取りを整える様子を横目に、私は自分のタブレットを呼び出しかけて……しかし、すぐに消した。


(……あの赤を、見たくない)


 表向き、聖女として人々の前に立つ私。しかし、誰にも言えない秘密を抱えている。


 ――感恩: レッド

 ――帰恩: レッド


 感謝の度合いを示すとされる“感恩”が赤なのは、納得できる。


(そんなに熱心に感謝の心なんて持てないわ、疲れてしまうもの)


 だが、“帰恩”の赤はなぜだろう。私は多くの人を救い、神の教えに従ってきたはず――どうしても納得できない。


(こんなに人助けをしているのに……)


 疑問が胸を刺す。誰一人として、私がレッドとは思っていない。聖女たる者、グリーンが当たり前と思われているのだから。


 ――だから言えない。誰にも打ち明けられず、悶々と想いを抱えながら、私は“聖女らしき立ち振る舞い”を続けるしかなかった。



 馬車を走らせること小一時間。隣町に着いた。


 病に伏せる家々を巡り、一人ひとりの容体を確かめる。苦しむ人々は、か細い声を絞り出し、すがるような目で私を見上げた。


「聖女様……お救いください」


 私は胸の前で両手を組み、神へと祈る。すると、淡い金色の光がわき起こり、病の根源を浄化していく。 熱に浮かされていた人々の顔色が、みるみる和らぎ、表情にも安堵の色が差していく。


「聖女様……! おかげで助かりました」

「なんとお礼を申せば……」


 そこかしこで感謝と歓喜の言葉が飛び交う。泣きながら何度も頭を下げる者、私の手を握って離さない者――今にも力尽きそうだった人々が、少しずつ活力を取り戻していく。その様子を、周囲の神官たちは静かに見守っていた。


 人々が回復していく様子を見届けながら、私は心の奥で安堵する。


(無事に奇跡が発動して、よかった)


 でも、奇跡が発動しなくなったら? 人々はどうするのだろう。それに、誰かが代わりに奇跡を施してくれたなら、私は奔走せずに済むのに――そんな“不謹慎な”思いが頭をかすめる。


(こんなことを考える私は、聖女らしくないのかしら)


 自嘲気味に唇を噛む。私は「立派な聖女」と称えられるほどの力を持っているのだろう。けれど、タブレットに映る“レッド”のステータスが、それを否定してくる。


 ――神への感謝が足りない? それとも、私の“帰恩”は本当は求められていないの……?


「セシリア様、ありがとうございました……」


 崇敬の視線を向ける村人に、私は優しく微笑み、穏やかな声で「大丈夫ですよ」と返す。周囲の神官たちは「さすが聖女様だ」と口々に讃えるが、そのたびに胸の奥がちくりと痛んだ。


(どうして私ばかり、背負わなければならないの――)


 そんな思いが浮かんでは消える。けれど、答えは出そうにない。


 光の余韻が残る室内で、私を囲む人々は、まるで救世主を見るかのような眼差しを向けている。彼らの苦痛が和らいでいくのを感じるたび、確かに心が温かくなるのも事実だ。


(なのに……帰恩が赤。納得できない)


 相反する感情が胸の奥で渦巻く。この現実を、誰にも打ち明けられないことが、さらに私を追い詰める。“帰恩”は神に近づく行いをすればグリーンになる――神官からそう聞いたことがある。けれど、私は十分すぎるほど人々を救ってきた。なのに、どうして。


 教会を出る頃には、日が沈み、町は落ち着きを取り戻していた。私は救済を終え、帰り支度を進める。ふと顔を上げると、夕暮れの空が薄紅に染まっている。けれど、その美しさはどこか遠く、心にさざ波を立てるだけだった。


(いつか本音が漏れてしまうかもしれない)


 聖女として、求められる役割は果たす。だからこそ、みんなが喜んでくれる。

 けれど――自分の“本心”は見えない場所に閉じ込めたまま。そして、タブレットを呼び出すたびに映る赤が、私を追いつめる。


 帰りの馬車に揺られながら、私は目を閉じる。人々の笑顔と、タブレットの赤が、頭の中でぐるぐると交差していた。

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